オーストラリアン・ゴス/ポストパンク
The Birthday Party、Nick Cave & The Bad Seeds、Dead Can Danceが1979-85年のメルボルン/ロンドン/ベルリンで作った、暗黒ポストパンク。
まずはここから
ひとことで言うとThe Birthday Party、Nick Cave & The Bad Seeds、Dead Can Danceが1979-85年のメルボルン/ロンドン/ベルリンで作った、暗黒ポストパンク。
まずはこの曲からThe Birthday Party — Nick the Stripper ▶ YouTube
代表的な人Rowland S. Howard
どんな音か
オーストラリアン・ゴス/ポストパンクは、1978年前後のメルボルン、特にセント・キルダ地区で結成されたThe Boys Next Door(後のThe Birthday Party)、Dead Can Dance、The Moodists、Hunters & Collectorsといったバンドが1979-85年に作り上げた暗黒色ポストパンクの総称だ。初期の音像はキャプテン・ビーフハート的な不協和ブルースをパンクの初期衝動で解体したような、金属的なノイズ・ロックだった。Nick Cave率いるThe Birthday Partyは1980年にロンドン、1982年にベルリンへ拠点を移し、1983年解散後にNick Cave & The Bad Seedsが発足、以降のゴス/オルタナ・ロックの語彙そのものを書き換えた。
聴きどころ
The Birthday Party『Nick the Stripper』のRowland S. Howardのギターは、金属を擦るような不協和なフィードバック多用のトレモロで、これが以降のポストパンク・ギターの標準語彙となった。Nick Caveのボーカルは低音でナレーションのように歌い、聖書の旧約とオーストラリアアウトバックの情景を混ぜた歌詞を淡々と語る。『Into My Arms』(1997)ではピアノ弾き語りで、神を信じない語り手が「もし神がいるなら」と条件付きで祈るという、20世紀ポップ最深部の宗教詩を歌い上げる。Dead Can DanceのLisa Gerrardは実際の言語ではなく無意味語(グロッソラリア)で歌い、この技法が後にリサ・ジェラード自身のハリウッド起用に繋がった。
初めて聴くなら
代表アーティスト
- Rowland S. Howard
- The Birthday Party
- Dead Can Dance
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- Nick Cave & The Bad Seeds
- HTRK
- RVG
代表曲
- The Birthday Party — Nick the Stripper (1981)
- The Birthday Party — Release the Bats (1981)
- Dead Can Dance — Cantara (1987)
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- Dead Can Dance — The Host of Seraphim (1988)
- Nick Cave & The Bad Seeds — The Mercy Seat (1988)
- Nick Cave & The Bad Seeds — Red Right Hand (1994)
- Nick Cave & The Bad Seeds — Where the Wild Roses Grow (1996)
- Nick Cave & The Bad Seeds — Into My Arms (1997)
- Rowland S. Howard — Shivers (1999)
生まれた背景
起点は1978年結成のThe Boys Next Door(Nick Cave、Mick Harvey、Rowland S. Howard、Tracy Pew、Phill Calvertの5人組)で、1980年ロンドン移住と同時にThe Birthday Partyに改名、代表曲『Release the Bats』『Nick the Stripper』で英ポストパンク最速のカルト的地位を得た。
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1983年ベルリンで解散、翌1984年にThe Bad Seedsが結成される。同時期のDead Can Dance(Lisa Gerrard、Brendan Perryの2人組、1981メルボルン結成、1982ロンドン移住)は中世音楽・北アフリカ音楽・古典ギリシャの旋法をエレクトロニック処理で融合し、「ゴス」の概念を大幅に拡張した。
音楽的特徴の詳細
楽器エレキギター(不協和なスライド多用)、ベース、ドラム、時にピアノ、オルガン、ハンマーダルシマー、Dead Can Danceは古楽器と民族楽器を常用
リズムパンク由来の疾走4/4から、Nick CaveのバラードのゆったりとしたR&B寄り3拍子、Dead Can Danceの中世舞踏由来6/8まで
発展
1988年Nick Cave『Tender Prey』(『The Mercy Seat』収録)、1994年『Let Love In』(『Red Right Hand』収録、後に映画『ピーキー・ブラインダーズ』主題歌)、1996年『Murder Ballads』(Kylie Minogueとのデュエット『Where the Wild Roses Grow』)、1997年『The Boatman's Call』(『Into My Arms』)と、Bad Seedsのカタログは10年連続で世代を代弁する作品を出し続けた。Rowland S. Howardはソロで2000年代まで活動、2009年メルボルンで死去。Dead Can Danceは1996年『Spiritchaser』で世界的なアンビエント・ワールド・ミュージック層を掌握、Lisa Gerrardは映画『グラディエーター』(2000)のサントラでハンス・ジマーと共作、ゴールデングローブ最優秀作曲賞を受賞した。
出来事
- 1978: The Boys Next Door結成
- 1980: The Birthday Partyロンドン移住
- 1984: Nick Cave & The Bad Seeds結成
- 1996: Nick Cave & Kylie『Where the Wild Roses Grow』
- 1997: 『Into My Arms』
- 2000: Lisa Gerrard『グラディエーター』
派生・影響
post-punk、gothic rockの決定的な形。以降のPJ Harvey、Cat Power、Warpaint、Fontaines D.C.、Sharon Van Ettenまで直接の系譜が伸びる。
その後の代表曲
- RVG — A Quality of Mercy (2017)
- Nick Cave & The Bad Seeds — Bright Horses (2019)
- RVG — Feral (2020)
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- HTRK — Kiss Kiss and Rhinestones (2021)
- Nick Cave & The Bad Seeds — Wild God (2024)
日本との関係
Nick Cave & The Bad Seedsは1984年の結成後、1985年に初来日、以降ほぼ全ての新譜ツアーで日本公演を組んできた。2009年フジロック、2018年ソニックマニア、2022年サマーソニックと日本のフェス回路の常連で、日本のカルト的信奉者は他のどのオーストラリアアーティストより深い。日本の暗黒系ロック(Buck-Tick、DIR EN GREY、初期GAZETTE)のスタイルには、Nick Caveの詩性とNick Cave本人が言及する日本カルチャー(能、荒木経惟)の相互浸透がある。Dead Can DanceはLisa Gerrardの『グラディエーター』(2000)サントラで日本の映画ファンにも広く知られる。
豆知識
Nick Caveは息子二人、アーサー(2015年に15歳で崖から転落死)とジェスロ(2022年に31歳で急逝)を早くに失っており、その経験は2019年『Ghosteen』というアルバム全体に色濃く反映されている。The Birthday Partyのベーシスト、トレイシー・ピュー(1957-1986)は、1984-85年に武器所持で服役、釈放後の1986年11月にメルボルンでてんかん発作による転倒事故で28歳で急逝した。
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Rowland S. Howardは2009年12月30日にメルボルンで肝がんで死去(享年50歳)、彼のトレモロ奏法は以降のPJ Harvey、Cat Powerに直接受け継がれた。
影響・派生で結ばれたジャンル
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感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル
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