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伝統・民族

ファド

Fado

リスボン / ポルトガル / 南欧 · 1820年〜

19世紀のリスボンで成立した、サウダーデ(郷愁)を歌うポルトガルの伝統歌曲。

まずはここから

ひとことで言うと19世紀のリスボンで成立した、サウダーデ(郷愁)を歌うポルトガルの伝統歌曲。

まずはこの曲からAmália RodriguesUma Casa Portuguesa ▶ YouTube

代表的な人Alfredo Marceneiro

どんな音か

ギター二本と、声がひとつ。狭い酒場で、その声が空間をまるごと支配する——それがファドだ。ポルトガルの伝統的歌謡で、テンポは遅く(おおむね60〜100拍/分)、拍を厳密に刻まず感情に合わせて伸び縮みする(ルバート)。主旋律を奏でるのはポルトガルギター。洋梨のような形をした12弦の楽器で、金属弦ならではの高音がきらきらと鳴る。これに伴奏のクラシックギターが寄り添い、ときにベースギターが加わる。歌い手は男女を問わず、深く力強い胸声でサウダーデ(あきらめと郷愁が混じり合った感情)を歌い上げる。歌詞はつねにポルトガル語で、歌われるのは運命、別れ、海で失われた者、リスボンの街、そして貧困や移民の郷愁。録音では歌い手の声が最前面に立ち、伴奏は控えめに後ろへ退く。

このジャンルを特徴づける代表的なリズムパターン。再生ボタンでループ再生し、下のリズム譜で今どの拍が鳴っているかを確認できます。

ワルツ · 170 BPM

聴きどころ

まず耳を引くのはポルトガル・ギター(12弦)の高音のきらめきだ。歌のフレーズの合間に受け答えするように鳴り、短い間奏も取る。次に歌い手のサウダーデ表現——力強い高音、絞り出すような感情、長く伸ばす音にかかるヴィブラート、そして『こぶし』(節回し)を一節の頂点まで溜めてから一気に放つ瞬間に耳を澄ませたい。様式には二系統ある。決まった旋律の型に歌詞を乗せる『ファド・カスティーソ』(fado castiço、伝統的なfado corrido/menor/maior)と、一曲ごとに新しく作曲する『ファド・カンサォン』(fado canção)だ。もう一つ重要な区別は地理的なもので、リスボンのファド(酒場の女性歌手主導、拍手で応える)と、大学都市コインブラのファド(男性のみ、アカデミック・ガウン姿、拍手ではなく咳払いで応える)は同じ楽器を使いながら別の伝統として並走している。アルフレッド・マルセネイロの1950年代録音の男性ファドは、抑えた低音と、フレーズの終わりを『息が絶えるように』消すのが特徴で、女性ファドの華やかさとは対極の様式だ。マリーザ以降の現代世代は伝統様式を保ちつつ録音技術で声の距離感を計算し、頭上に反響するような発声を意図的に作っている。

初めて聴くなら

まず一曲ならアマリア・ロドリゲスの『Barco Negro』(1955、映画『過去を持つ女』主題歌)、あるいは『Estranha Forma de Vida』(1962)——この一曲にファドの様式が凝縮されている。古典をまとめて聴くならコンピレーション『The Art of Amália』。男性ファドはアルフレッド・マルセネイロ『A Casa da Mariquinhas』(1954)、抑えた歌唱の完成形が味わえる。現代のファドへの入口としてはマリーザ『Fado em Mim』(2001)、男性歌手ならカマネー『Esta Coisa da Alma』(2000)。より現代の耳にはアナ・モウラ『Desfado』(2012)、伝統ファドポップの境界を溶かした世代の到達点だ。深夜、明かりを落とした部屋で、ヘッドホンで一人で聴くのが本来の聴き方に一番近い。

代表アーティスト

  • Alfredo Marceneiroポルトガル · 1925年〜1982
  • Amália Rodriguesポルトガル · 1939年〜1999
  • Carlos do Carmoポルトガル · 1963年〜2021
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  • Camanéポルトガル · 1979年〜
  • Marizaポルトガル · 2001年〜
  • Ana Mouraポルトガル · 2002年〜
  • António Zambujoポルトガル · 2002年〜
  • Ricardo Ribeiroポルトガル · 2005年〜

代表曲

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生まれた背景

ファド」はラテン語の「fatum(運命)」が語源だ。運命にはあらがえず、その悲しみを歌うという哲学が、この音楽の根幹にある。

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成立したのは19世紀前半のリスボン下町——アルファマ、モウラリア、バイロ・アルト。当初は下町の女性や船乗り、労働者の歌で、上流階級からは「下品」と嫌われた。20世紀半ば、アマリア・ロドリゲス(Amália Rodrigues、1920〜99、「ファドの女王」)がこれを世界に広め、ポルトガルを代表する国民的な音楽として定着させた。1974年のカーネーション革命で独裁政権が倒れたあと、ファドは旧体制の象徴と結びつけられて一時タブー視されたが、1990年代以降、マリーザ(Mariza)、カマネー(Camané)、ミージア(Mísia)、カルミーニョ(Carminho)らが新世代のファドとして再生させた。現在もリスボンのカーザ・デ・ファド(ファドを聴かせる酒場)で毎晩演奏されており、2011年にはユネスコ無形文化遺産に登録された。

音楽的特徴の詳細

楽器ポルトガルギター、クラシックギター、声

その後の代表曲

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  • Ricardo RibeiroLargo da Memória (2013)

日本との関係

日本での認知は1990年代後半以降、Mariza、Ana Mouraのアジア・ツアーで決定的になった。Ana Mouraは2012年『Desfado』以降複数回来日し、東京・大阪で単独公演を続けている。ファドのCDは日本のクラシック/ジャズ系レコード店で常に一定の存在感を持ち、坂本龍一、伊賀拓郎、大貫妙子らがファド的な感性を取り入れた作品を残している。アマリア・ロドリゲスは1970年代前半に日本ツアーを行い、その時のNHK録音が近年再発された。

豆知識

ファド』の語源はラテン語のfatum(運命)で、抗えない運命の悲しみを歌うという哲学が根幹にある。20世紀前半のファドはサラザール独裁政権(1933-74)によって『国民の三本柱』の一つ(F=Fado、F=Fátima聖母崇拝、F=Futebol)として体制の道具にされた側面があり、1974年のカーネーション革命後、革命世代はファドを『体制の音』として一時忌避した。

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アマリアが晩年に極右政党を支持したとされたことも、この時期の若い世代のファド離れを助長した。1990年代のマリーザ、カマネーらの復権世代は、この政治的な負荷を意識的に洗い落として『民衆音楽としてのファド』を再構築したという背景がある。アマリア・ロドリゲスが1999年10月に79歳で亡くなった時、ポルトガル政府は3日間の国を挙げての服喪を布告し、国葬を執り行った——ポルトガルでも極めて異例の弔意だった。ファドは2011年11月にユネスコ無形文化遺産に登録されている。

影響・派生で結ばれたジャンル

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ジャンル関係図1820年代1850年代1880年代2010年代ファドファドモルナモルナクロンチョンクロンチョン新ポルトガル歌謡新ポルトガル歌謡凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
ファドを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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