WorldMusic

伝統・民族

OPM

Original Pilipino Music

フィリピン / 東南アジア · 1970年〜

別名: Original Pilipino Music

フィリピンの自国産ポップの総称。1970年代のマニラサウンド(Freddie Aguilar、APO Hiking Society)、90年代のPinoy rock(Eraserheads、Rivermaya)、2010年代以降のインディー系(Ben&Ben、Cup of Joe)と、半世紀にわたって更新されてきた国民音楽。

まずはここから

ひとことで言うとフィリピンの自国産ポップの総称。1970年代のマニラサウンド(Freddie Aguilar、APO Hiking Society)、90年代のPinoy rock(Eraserheads、Rivermaya)、2010年代以降のインディー系(Ben&Ben、Cup of Joe)と、半世紀にわたって更新されてきた国民音楽。

まずはこの曲からFreddie AguilarAnak ▶ YouTube

代表的な人APO Hiking Society

どんな音か

OPM(OPM)は文字通り「フィリピン人の手による音楽」の総称で、1970年代のマニラサウンド、90年代のPinoy rock、2010年代以降のインディー/バラード、という半世紀分のフィリピンポップをまるごと括る言葉だ。現代の用法では英語混じりのタガログ語で歌われる、アコースティック寄りのインディーポップ/バラードを指すことが多いが、その手前にFreddie Aguilar『Anak』のフォーク、Ryan Cayabyabの合唱編成、EraserheadsのタガログRock、と何層もの音の記憶が積み重なっている。2020年代の主流フォーマットはBPM70〜100のスロー〜ミドルテンポ、アコギのアルペジオ、ハモンドオルガンやウーリッツァーの暖かい音色、息混じりのファルセット。録音はあえてローファイ気味に残し、声の鼻息やフレットノイズを消さず、部屋鳴りを抱えたまま仕上げる手触りが好まれる。

聴きどころ

歌詞のタガログ語と英語のスイッチに耳を立ててほしい。サビだけ英語、Aメロは深いタガログ、というコード・スイッチングがOPM固有の質感で、これが「英語ポップ」ともK-POPとも違う感触を生む。コーラスのハーモニーが分厚く、Ben&Benは双子兄弟ボーカルを中心に5〜6声を重ねるので、サビで声が空に開く瞬間があるが、この多声の作法はAPO Hiking Societyの三声ハーモニーから続く伝統だ。Cup of Joe『Multo』はワルツ的3拍子に近い揺れを持ち、最後のラスサビで転調せずに同じコードのまま感情だけ盛り上げる、フィリピン的な「我慢」の作法が聴ける。古典側ではFreddie Aguilarのフォーク・ギター一本、Basil Valdezのクルーナー・バリトン、Eraserheadsのざらついたインディー・ロックと、質感が世代ごとに大きく変わるので、代表曲を年代順に辿ると音の系譜が見えてくる。

初めて聴くなら

現代側からはCup of Joe『Multo』。深夜にひとりで聴くタイプの曲で、3拍子の揺れに身を委ねるのが正しい入り方だ。次にBen&Ben『Kathang Isip』、アコギと多声コーラスの厚みを存分に味わえる。Moira Dela Torre『Tagpuan』はバラードの王道で、ピアノとストリングスだけで押し切る潔さが分かる。ここで古典に遡ってFreddie Aguilar『Anak』(1978)——OPMを世界に紹介した曲——を聴くと、いま2020年代のインディー勢が持つアコースティック的な内省が半世紀続いてきた作法だと分かる。仕上げにEraserheads『Ang Huling El Bimbo』(1996)を通しで、Pinoy rockの詩情の頂点を体感してほしい。この5曲でOPMの縦の時間軸がほぼ掴める。

代表アーティスト

  • APO Hiking Societyフィリピン · 1969年〜2010
  • Basil Valdezフィリピン · 1972年〜
  • Freddie Aguilarフィリピン · 1977年〜2024
もっと見る(あと7件)
  • VST & Companyフィリピン · 1977年〜2011
  • Ryan Cayabyabフィリピン · 1978年〜
  • Eraserheadsフィリピン · 1989年〜2002
  • Rivermayaフィリピン · 1993年〜
  • Ben&Benフィリピン · 2015年〜
  • Moira Dela Torreフィリピン · 2016年〜
  • Cup of Joeフィリピン · 2017年〜

代表曲

もっと見る(あと9件)

生まれた背景

OPMという言葉は1970年代、フィリピンが「自分たちの言葉で歌うポップ」を意識的に立ち上げようとした文化運動から生まれた——作曲家Ryan Cayabyabの『Kay Ganda ng Ating Musika(我らの音楽はなんと美しいことか)』(1978)がそのマニフェスト曲だ。同時期にFreddie Aguilar『Anak』(1978)が26言語に翻訳され全世界で3000万枚超を売り上げ、フィリピン発の音楽として最大の国際的成功を記録、その姉妹曲『Bayan Ko』は1986年ピープルパワー革命でマルコス独裁へのヌエバ・カンシオンとなった。

続きを読む

APO Hiking Societyの『Panalangin』『Batang-bata Ka Pa』、Basil Valdezの『Ngayon at Kailanman』『You』、VST & Companyの『Awitin Mo at Isasayaw Ko』が、マニラサウンドの合唱バラードとディスコ・ハイエナジーの両輪を作った。90年代に入るとEraserheadsが『Ang Huling El Bimbo』『Alapaap』でタガログ語ロックを国民言語に昇格させ、Rivermaya『Elesi』『214』と並んでPinoy rock世代を築いた。2010年代後半にBen&BenがYouTubeから国民的バンドに育ち、フォーク・ポップ的なOPMが復権。決定的だったのは2024年〜25年のCup of Joe『Multo(亡霊)』現象で、フィリピン・スポティファイで27週連続1位、史上最多の5億1300万ストリーム超を記録し、長期ヒットの記録を全部書き換えた。経済的に不安定なまま海外出稼ぎ世代を抱える社会で、「会いたい人に会えない」感情を歌うOPMが、文字通り国民歌になっている。

その後の代表曲

日本との関係

日本での認知はまだ局所的だが、在日フィリピン人コミュニティ(30万人弱)を通じてカラオケで歌い継がれてきた歴史は長い。Moira Dela Torreの『Tagpuan』は2010年代後半の在日フィリピン人結婚式の定番曲だが、その前の世代にはFreddie Aguilar『Anak』——日本語カバー版が杉田二郎により1979年に「アナック(息子)」としてリリースされNHK紅白歌合戦でも歌われた——というつながりがある。J-POPフォーク/バラード(あいみょん、藤井風、Vaundyあたり)の音像と現代OPMは耳の感触が近く、藤井風を好む日本のリスナーがBen&BenやCup of Joeに流れる導線は理屈の上では非常に近い。Spotifyの東南アジア・プレイリスト経由で日本のリスナーが偶然出会うルートが、いま少しずつ太くなっている。

豆知識

『Multo』はタガログ語で亡霊・幽霊の意。Cup of Joeはバギオ市出身の6人組で、メジャー資本に頼らずFlying Lugawという小規模レーベルから出した曲が世界記録級のロングヒットになったのが象徴的だ。

続きを読む

フィリピンは英語が事実上の第二公用語なので英語で歌っても通じるのに、わざわざタガログで歌うこと自体がOPMの政治性で、これは1970年代の言語ナショナリズム運動の遺産——Ryan Cayabyabの『Kay Ganda ng Ating Musika』がまさにその宣言曲——でもある。Eraserheads『Alapaap(雲の上へ)』(1995)はフィリピン上院がドラッグ隠喩と判定して物議を醸したが、そのままバンドの反権威的アンセムとして国民歌になった。海外出稼ぎ労働者(OFW)が約220万人いる国で、母語で歌うバラードは「故郷の音」として機能している。

影響・派生で結ばれたジャンル

系譜図を見る
ジャンル関係図1940年代1950年代1970年代2000年代2010年代OPMOPMフォークフォークソウルソウルインディー・フォークインディー・フォークP-POPP-POP凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
OPMを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

OPM の系譜全体図(多段)を見る

感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル

OPMが好きな人は、この6つも刺さる可能性が高いです。系譜図には出てこない、意外な隣人たち。

関連ジャンルを探す