伝統・民族

OPM

Original Pilipino Music

フィリピン / 東南アジア · 1970年〜

別名: Original Pilipino Music

フィリピンの自国産ポップの総称。バンド系(Cup of Joe、Ben&Ben)、シンガーソングライター系(Moira Dela Torre)が中心。

どんな音か

OPM(OPM)は文字通り「フィリピン人の手による音楽」の総称だが、現代の用法では英語混じりのタガログ語で歌われる、アコースティック寄りのインディーポップ/バラードを指すことが多い。BPM70〜100のスロー〜ミドルテンポ、アコギのアルペジオ、ハモンドオルガンやウーリッツァーの暖かい音色、息混じりのファルセット、というのが2020年代OPMの基本フォーマットだ。録音はあえてローファイ気味に残し、声の鼻息やフレットノイズを消さず、部屋鳴りを抱えたまま仕上げる手触りが好まれる。

生まれた背景

OPMという言葉は1970年代、フィリピンが「自分たちの言葉で歌うポップ」を意識的に立ち上げようとした文化運動から生まれた。当時はAOR/フォーク寄りのRey Valeraらが中心だったが、2010年代後半にBen&BenがYouTubeから国民的バンドに育ち、フォーク・ポップ的なOPMが復権する。決定的だったのは2024年〜25年のCup of Joe『Multo(亡霊)』現象だ。フィリピン・スポティファイで27週連続1位、史上最多の5億1300万ストリーム超を記録し、長期ヒットの記録を全部書き換えた。経済的に不安定なまま海外出稼ぎ世代を抱える社会で、「会いたい人に会えない」感情を歌うOPMが、文字通り国民歌になっている。

聴きどころ

歌詞のタガログ語と英語のスイッチに耳を立ててほしい。サビだけ英語、Aメロは深いタガログ、というコード・スイッチングがOPM固有の質感で、これが「英語ポップ」ともK-POPとも違う感触を生む。コーラスのハーモニーが分厚く、Ben&Benは双子兄弟ボーカルを中心に5〜6声を重ねるので、サビで声が空に開く瞬間がある。Cup of Joe『Multo』はワルツ的3拍子に近い揺れを持ち、最後のラスサビで転調せずに同じコードのまま感情だけ盛り上げる、フィリピン的な「我慢」の作法が聴ける。

代表アーティスト

  • Ben&Benフィリピン · 2015年〜
  • Moira Dela Torreフィリピン · 2016年〜
  • Cup of Joeフィリピン · 2017年〜

代表曲

日本との関係

日本での認知はまだ局所的だが、在日フィリピン人コミュニティ(30万人弱)を通じてカラオケで歌い継がれてきた歴史は長い。Moira Dela Torreの『Tagpuan』は2010年代後半の在日フィリピン人結婚式の定番曲だ。J-POPフォーク/バラード(あいみょん、藤井風、Vaundyあたり)の音像とOPMは耳の感触が近く、藤井風を好む日本のリスナーがBen&BenやCup of Joeに流れる導線は理屈の上では非常に近い。Spotifyの東南アジア・プレイリスト経由で日本のリスナーが偶然出会うルートが、いま少しずつ太くなっている。

初めて聴くなら

まずCup of Joe『Multo』。深夜にひとりで聴くタイプの曲で、3拍子の揺れに身を委ねるのが正しい入り方だ。次にBen&Ben『Kathang Isip』、アコギと多声コーラスの厚みを存分に味わえる。Moira Dela Torre『Tagpuan』はバラードの王道で、ピアノとストリングスだけで押し切る潔さが分かる。3曲聴けば現代OPMの輪郭がほぼ掴める。

豆知識

『Multo』はタガログ語で亡霊・幽霊の意。Cup of Joeはバギオ市出身の6人組で、メジャー資本に頼らずFlying Lugawという小規模レーベルから出した曲が世界記録級のロングヒットになったのが象徴的だ。フィリピンは英語が事実上の第二公用語なので英語で歌っても通じるのに、わざわざタガログで歌うこと自体がOPMの政治性で、これは1970年代の言語ナショナリズム運動の遺産でもある。海外出稼ぎ労働者(OFW)が約220万人いる国で、母語で歌うバラードは「故郷の音」として機能している。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1940年代1950年代1970年代2000年代2010年代OPMOPMフォークフォークソウルソウルインディー・フォークインディー・フォークP-POPP-POP凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
OPMを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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