シャンソン
20世紀のフランスで成立した、歌詞の文学性を重視した歌曲の伝統。
どんな音か
フランス語で歌い、文学的な歌詞を主役に据える伝統的な歌謡。テンポはBPM60〜95ほどとゆったりで、アコーディオン・ピアノ・ストリングスが声を包み、アコースティック・ギターやベースが土台を作る。ドラムはほとんど目立たないほど控えめで、録音はつねに歌い手の声を最前面に置く。歌い口はピアフのように胸の底から絞り出す絶唱型と、ブラッサンスのように台詞を運ぶように語る語り口型が併存し、いずれも男女両方で歌われる。同じメロディの繰り返しに頼らず歌詞の展開に沿って曲が進み、感情の起伏に合わせて転調することも多い。テーマは恋愛や別れ、パリの街や酒場、人生の苦み、そして世相や政治にまでおよぶ。現代の潮流(ヌーヴェル・シャンソン=「新しいシャンソン」)はエレクトロやインディーの音作りを取り込みつつ、言葉を主役に据える姿勢を保っている。
生まれた背景
19世紀末、パリ・モンマルトルのキャバレー(カフェ・コンセール)で、市井の暮らしを風刺をまじえて歌う「シャンソン・レアリスト(現実派シャンソン)」が芽生えた。アリスティード・ブリュアンやイヴェット・ギルベールらがその先駆けで、中世の吟遊詩人(トルバドゥール)にまで遡るという語り口もある。20世紀初頭に一つのジャンルとして確立し、前半にはエディット・ピアフ、シャルル・トレネ、モーリス・シュヴァリエが世界的スターになる。1950〜70年代がシャンソンの黄金期で、劇的に絶唱するジャック・ブレル、文学的な皮肉で聴かせるジョルジュ・ブラッサンス、挑発的なセルジュ・ゲンズブール、内省的なバルバラ、メロディの名手シャルル・アズナヴールといった歌い手が世代を作った。フランスではこうしたシャンソン歌手が、英語圏でボブ・ディランが受けるのと同じ敬意を集めてきた。1990年代以降は商業的に縮小したが、ヴァネッサ・パラディやバンジャマン・ビオレ、カーラ・ブルーニらがヌーヴェル・シャンソンとして伝統を引き継ぎ、現代では-M-(マチュー・シェディッド)、Christine and the Queens、Stromae(ベルギー)、Pomme、Clara Lucianiらがシンセポップやインディーフォークの音でその系譜を受け継いでいる。
聴きどころ
代表アーティスト
- Édith Piaf
- Jacques Brel
- Serge Gainsbourg
- Joe Dassin
代表曲
- La Vie en rose — Édith Piaf (1947)
- Ne me quitte pas — Jacques Brel (1959)
- Non, je ne regrette rien — Édith Piaf (1960)
- Je t'aime... moi non plus — Serge Gainsbourg (1969)
- Les Champs-Élysées — Joe Dassin (1969)
日本との関係
初めて聴くなら
1曲だけならエディット・ピアフ『ばら色の人生(La Vie en Rose)』(1947年)。これ一曲でシャンソンの呼吸がつかめる。もう少し踏み込むなら、絞り出すように歌うジャック・ブレル『行かないで(Ne Me Quitte Pas)』(1959年)、毒のあるセルジュ・ゲンズブール『ジュ・テーム…モア・ノン・プリュ(Je T'aime... Moi Non Plus)』(1969年)と聴き進め、最後に軽快な現代のストロマエ『アロー・オン・ダンス(Alors on danse)』(2010年)へ。古く遅いだけではないと分かるはずだ。
豆知識
エディット・ピアフは身長142cmと小柄で、子供の死や恋人の事故死など生涯で何度も大きな悲劇を経験した。伝記作家はその全曲集をそのまま自伝として読むことが多い。代表曲『ばら色の人生(La Vie en Rose)』の歌詞は1945年にピアフ自身が書いた。ただし当時のピアフは著作権管理団体SACEMの正規会員ではなく、作詞者として名前を出せなかった。そのため当初は作曲者ルイギ(ルイ・グリエルミの筆名)の単独名義で登録された。当初は周囲もこの曲を軽い出来と見なして脇に置いていたが、それがのちに、彼女を代表する一曲になった。なお「シャンソン」はフランス語で単に「歌」を意味し、本国では現代ポップも「chanson française」と呼ぶ。日本ではフランス語の伝統的歌曲を指す狭義の意味で使われる。
