アシェ・ミュージック
1985年以降サルバドールのカーニバル発祥、トリオ・エレトリコから広がったバイーア発ポップ。
どんな音か
アシェ・ミュージック(ヨルバ語axé「生命力・パワー」に由来)は、ブラジル・バイーア州都サルバドールのカーニバルで1985年以降発達したポップ・ダンス歌謡だ。編成はカーニバル特有のtrio elétrico(音響機材を積んだ大型トラック)から鳴らされることを想定した、電化ギター・ベース・キーボード・ホーンセクション・そしてサンバ・レゲエとイジェシャ由来の打楽器群(スルド、レピニキ、シェケレ、tantã)。テンポは90-120BPMの2/4、リズムは1970年代半ばにブロコ・アフロ(Ilê Aiyê、Olodum、Ara Ketu)が確立したサンバ・レゲエの3-2感覚を土台にし、そこにロック、ソカ、フレヴォの要素が上乗せされる。歌詞はポルトガル語で、恋、夏、身体の解放、そしてバイーアのアフロ文化への誇りを歌う。
生まれた背景
サルバドールのカーニバルは1950年代からDodô & Osmarが電化楽器を載せたトラック(trio elétrico)で街を練り歩く形式を発明していた。1970年代半ばにIlê Aiyê(1974年結成)、Olodum(1979年)、Ara Ketu(1980年)ら「ブロコ・アフロ」がバイーアの黒人アイデンティティを打楽器編成で表現するサンバ・レゲエを確立した。この2つの要素——trio elétricoの機材と、ブロコ・アフロの打楽器語彙——を統合し、若い世代の混血ミュージシャンが電化ポップの形にまとめたのが1980年代半ばのアシェ・ミュージックだ。Luiz Caldas『Fricote』(1985)以降ジャンル名が定着し、Daniela Mercuryの1991年ヒット『スウィング da Cor』で全国的なポップに拡大した。
聴きどころ
まずスルド(大型ベース・ドラム)の低音に耳を集中してほしい。アシェ・ミュージックのスルドは、サンバ・レゲエ由来の3-2感覚を刻む、しかしサンバの2/4よりも重く、レゲエのワン・ドロップよりも速いという独特の中間地点にある。次にホーンセクションのリフで、これはトリニダードのソカ・パラン・ソング(soca parang)から輸入された高音の反復リフに近い。Ivete Sangalo『Sorte Grande』(2001)はこの構造の完成形で、彼女の力強いボーカルとホーンセクションが交互に前面に出るサビの設計が、カーニバルの群衆合唱を前提としていることが分かる。歌詞のポルトガル語も、韻を踏むよりも音節のリズムが重視される点でカーニバル用に設計されている。
発展
1990年代のアシェ・ミュージックは全国的なブラジル・ポップ・カテゴリに成長した。Daniela Mercury(1965-)の1991年『Swing da Cor』はブラジル全国で爆発的にヒットし、彼女はTV Globoの夏休みプログラムを通して全国民的なスターになった。1990年代後半以降はIvete Sangalo(1972-)がBanda Eva出身で全国スターに登り詰め、彼女の2001年『Sorte Grande(Poeirinha)』はブラジル史上最も踊られたカーニバル曲の一つになった。同時期にNetinho(1966-)、Chiclete com Banana、Timbalada(Carlinhos Brownが1991年結成した打楽器集団)がアシェの多様な路線を牽引、2000-2010年代はBell Marques(Chiclete元リード)、Xandy Aviãoらがカーニバルの中心を担う。
出来事
- 1985: アシェ・ミュージック成立(Luiz Caldas『Fricote』ヒット)
- 1991: Daniela Mercury『Swing da Cor』全国的成功
- 1993: Timbalada『Timbalada』アルバム・デビュー
- 2001: Ivete Sangalo『Sorte Grande(Poeirinha)』
- 2010s+: サルバドール・カーニバル全国TV放送の中心
派生・影響
サンバ・レゲエの直接の子孫、フォホ、パゴーヂ、フレヴォと兄弟関係。ソカ(トリニダード)、レゲエ(ジャマイカ)、キューバ音楽と相互影響。近年はfunk carioca、sertanejo universitárioとも接続。
音楽的特徴
楽器エレクトリック・ギター、ベース、キーボード、ホーンセクション(サックス、トランペット、トロンボーン)、スルド、レピニキ、シェケレ、tantã、リード歌手+バッキング・シンガー
リズム2/4(90-120BPM)、サンバ・レゲエ由来の3-2感覚、trio elétrico向けの厚い低音とホーン・リフ、カーニバルの群衆合唱を前提とした反復コーラス
代表アーティスト
- Chiclete com Banana
- Daniela Mercury
- Netinho
- Timbalada
- Ivete Sangalo
代表曲
Beija Flor — Timbalada (1995)
Swing da Cor — Daniela Mercury (1991)
O Canto da Cidade — Daniela Mercury (1992)
Timbalada — Timbalada (1993)
Levada Louca — Chiclete com Banana (1995)
Milla — Netinho (1997)
その後の代表曲
Sorte Grande (Poeirinha) — Ivete Sangalo (2001)
Festa — Ivete Sangalo (2003)
日本との関係
日本でのアシェ・ミュージックの認知は限定的だが、ブラジル音楽ファン層の中で1990-2000年代を通してDaniela MercuryとIvete Sangaloの音源はある程度紹介されてきた。ただしジャンルとしての「アシェ・ミュージック」で語られるより、「ブラジルのカーニバル・ポップ」「サンバの現代形」と紹介されがちで、サンバ・レゲエ由来のリズム構造やブロコ・アフロの政治的背景まで届く紹介は稀だ。日本のブラジル系コミュニティ(浜松、豊田)では夏のカーニバル・イベントでアシェの楽曲が実際に踊られる場が存在する。
初めて聴くなら
最初はDaniela Mercury『スウィング da Cor』(1991)、アシェ・ミュージックが全国ポップに拡大した歴史的な一曲。次にIvete Sangalo『Sorte Grande(Poeirinha)』(2001)、彼女の代表曲であり2000年代アシェの完成形。ティンバlada『ティンバlada』(1993)は打楽器主体の路線、Chiclete com Bananaの1990年代のヒット群はダンスホール寄りの側面をそれぞれ代表する。バイーアのカーニバル本場の映像(YouTubeのSalvador Carnival公式チャンネル)を並行して視聴すると、trio elétricoから鳴らされるアシェの本来の「場」が体感できる。
豆知識
「axé」はヨルバ語で「生命力、パワー、生の祝福」を意味し、キューバ発サンテリアやブラジル・カンドンブレの宗教用語として使われる。それをジャンル名に転用した点が、アシェ・ミュージックがバイーアのアフロ・ブラジル・アイデンティティに根ざしていることを示す。Ivete Sangaloは2015年に自身のTV特番『Ivete Sangalo em Salvador』でブラジル史上最大級の視聴者数(1000万人超)を記録した。ティンバladaを結成したCarlinhos BrownはSepultura、Nação Zumbi、Kaoma『Lambada』などブラジル音楽の広範な系譜を横断するプロデューサーとして、アシェを他ジャンルに接続する役割も果たした。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- ラテン・カリブファンキ・カリオカ
- 伝統・民族テクノブレガ
- ラテン・カリブトロピカリア
- ラテン・カリブセルタネージョ・ウニヴェルシタリオ
- ラテン・カリブファンキ・BH
