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ラテン・カリブ

パゴーヂ

Pagode

リオデジャネイロ / ブラジル / 南米 · 1978年〜

別名: Pagode carioca / Pagode romântico / Backyard samba

リオの裏庭サンバ。Fundo de Quintal の三点セットが1980-2020年代の都市サンバを規定した。

どんな音か

音の中心は三つの新楽器 — 小型片面太鼓 tantã(サンバ・スクールの大型サーヂを縮小した手持ち版)、サンバ用にリチューンされた4弦バンジョー(cavaquinho より低音域が広く、和音の下支えを担う)、そして手で叩き分ける repique-de-mão(棒で叩く従来型 repique から手打ちに変え、より会話的なリズム応答が可能になった)。この三点にサンバ伝統の cavaquinho、pandeiro、surdo、そしてハーモニー・ボーカルが乗り、テンポは95-110BPMの中庸に絞る。パゴーヂ全体の音像的特徴は「円卓感覚」 — 大観衆に向かうサンバ・エスコーラ・パレードの拡張性ではなく、テーブルを囲んで演奏者同士が目を合わせて微調整する近距離の合奏感が音そのものに現れる。歌詞は職業サンビスタの日常生活、恋、街の逸話、時に社会批評を扱い、Zeca Pagodinho のマランドロ(路地の遊び人)キャラクター、Beth Carvalho の女性視点、Jorge Aragão の詩的抒情が世代ごとの声を代表する。

生まれた背景

パゴーヂは、リオ北部オラリア地区のカーニバル・ブロック Cacique de Ramos(1961年設立)の裏庭で1978年頃から始まった水曜夜のジャム・セッションから生まれた。中心にいたのは Bira Presidente、Ubirany、Sereno、Sombrinha、Almir Guineto、Jorge Aragão、Arlindo Cruz といった若手職業サンビスタで、彼らが1979年に Fundo de Quintal(「裏庭のグループ」)というアンサンブルとして録音を始めた。既存のサンバ・スクール用の巨大バテリアを裏庭サイズに圧縮する必要から、Sereno が小型片面太鼓 tantã を、Ubirany が手打ちに改造した repique-de-mão を、そして banjo をサンバ用にリチューンしたものを持ち込んだ楽器革新が「パゴーヂの音」を作った。1980年 Fundo de Quintal『O Mapa da Mina』でスタイル確立、Beth Carvalho が同世代の女性サンビスタとしてこの世代の若手作曲家を全国に押し出す仲介者役を担った。1990年代の Só Pra Contrariar、Raça Negra、Grupo Revelação によるロマンティック第二波、2002年 Zeca Pagodinho『Deixa a Vida Me Levar』の国民的アンセム化、2010年代 Ferrugem、Turma do パゴーヂ、Sorriso Maroto、Menos é Mais の pagode romântico 第三波を経て、パゴーヂブラジル大衆音楽の現在の中軸の一つを占めている。

聴きどころ

Fundo de Quintal『O Mapa da Mina』(1980)の冒頭30秒で、tantã の乾いた高音と surdo の低音の掛け合いが最初に耳に飛び込む — サンバ・スクールの大パレードでは surdo が支配的だが、パゴーヂでは tantã が対等な会話相手として拍を握り返してくる。この応答関係を聴くのがパゴーヂのリズム観察の基本。次に Zeca Pagodinho『Deixa a Vida Me Levar』(2002)ではボーカルのフレージングに注目 — 語尾を微妙に遅らせる「マランドロ感覚」の話し方で、伝統的なサンビスタの朗誦とは異なる路地の会話のリズムが音楽化されている。Ferrugem『Coincidência』(2016)以降の pagode romântico 第三波では、パゴーヂの三点セットが電化ベースとキーボード・パッドと共存する新しい編成に注目 — 会話感覚は保持されつつ、ラジオ/Spotify向けのポップな厚みが加わっている。

発展

1980年 Fundo de Quintal『Samba É No Fundo de Quintal, Vol.1』が最初の商業録音、続く『O Mapa da Mina』(1980)でスタイルが確立。Beth Carvalho は同世代の女性サンビスタとして Cacique グループを積極的に紹介・共演し、若手作曲家を全国に押し出した。1980年代半ばまでに Almir Guineto、Jorge Aragão、Zeca Pagodinho、Jovelina Pérola Negra ら個人シンガーが独立し、ラジオ・ヒットを重ねた。1990年代のロマンティックな第二波(Só Pra Contrariar、Raça Negra、Grupo Revelação、Exaltasamba)はブラジル最大級の売上を記録、2000年代の Zeca Pagodinho『Deixa a Vida Me Levar』(2002、ダイヤモンド認定)で国民的アンセム化した。2010年代以降は「pagode romântico」の第三波(Turma do Pagode、Ferrugem、Sorriso Maroto、Menos é Mais、Dilsinho)がスポティファイ・ブラジル年間ストリーム上位常連。

出来事

  • 1978: Cacique de Ramos で「pagode do Cacique」開始
  • 1980: Fundo de Quintal『O Mapa da Mina』で三点セット確立
  • 1985: Zeca Pagodinho『Zeca Pagodinho』ソロデビュー
  • 1993: Raça Negra『Raça Negra Vol.1』でロマンティック第二波
  • 2002: Zeca Pagodinho『Deixa a Vida Me Levar』ダイヤモンド
  • 2010年代: pagode romântico(Ferrugem、Menos é Mais)がストリーミング時代を代表

派生・影響

Pagode romântico(1990年代-)、samba de raiz 再興運動(2000年代)、現代ブラジル R&B の一部リズム引用。

音楽的特徴

楽器tantã、サンバ用4弦バンジョー、repique-de-mão、cavaquinho、pandeiro、surdo、ハーモニー・ボーカル

リズムサンバの2/4を95-110BPMに絞り込み、tantã と repique-de-mão の掛け合いで拍を刻む、コーラス応答型

代表アーティスト

  • Almir Guinetoブラジル · 1977年〜2017
  • Jorge Aragãoブラジル · 1978年〜
  • Grupo Fundo de Quintalブラジル · 1979年〜
  • Sorriso Marotoブラジル · 1997年〜
  • Grupo Revelaçãoブラジル · 1998年〜
  • Turma do Pagodeブラジル · 2000年〜
  • Menos é Maisブラジル · 2015年〜
  • Ferrugemブラジル · 2016年〜

代表曲

その後の代表曲

日本との関係

日本でのパゴーヂ受容は極めて限定的で、Zeca Pagodinho の名は日本ブラジル音楽ファンの間でのみ知られている。1990年代の日本におけるサンバ受容は Elis Regina、Marisa Monte、João Gilberto を通じた MPB/ボサノヴァ系が主流で、リオの裏庭サンバとしてのパゴーヂはほぼ紹介されなかった。例外は東京の一部サンバ・スクール(ASA、Liberdade)が2000年代に Cacique de Ramos 系のレパートリーを演奏用に取り入れたケースと、大阪サンバ祭(2010年代)の一部演目でパゴーヂ曲がプログラム化されたケース。2020年代の Spotify ブラジル プレイリスト経由で Ferrugem、Menos é Mais を若干の日本人リスナーが聴くようになったが、独立ジャンルとしての認知は依然として低い。

初めて聴くなら

最初の一曲は Zeca Pagodinho『Deixa a Vida Me Levar』(2002、5分)。国民的アンセムの威力を体験するのに最良で、ライブ盤の観客の合唱と Zeca の会話的フレージングでパゴーヂの円卓感覚がわかる。次に Fundo de Quintal『O Mapa da Mina』(1980)で三点セットの原点、Beth Carvalho『Vou Festejar』(1978)で女性視点の入口、そして Ferrugem『Coincidência』(2016)で現在の pagode romântico へ。アルバムとしては Zeca Pagodinho『Ao Vivo』(2003、EMI)、Fundo de Quintal『サンバ É No Fundo de Quintal, Vol.1』(1980)、Ferrugem『Chá Preto』(2016)を推す。

豆知識

パゴーヂの三点セットのうち、サンバ用にリチューンされた banjo は Cacique de Ramos の Ubirany が自ら楽器を手作業でチューニング変更し完成させた実質的な発明品で、後にリオの楽器製作者 Delta が量産版を作った。tantã の考案者 Sereno は自身の名前(「静か」の意)とは対照的に、この乾いた高音打楽器で以降40年間パゴーヂのリズムを騒がしくし続けた。Zeca Pagodinho『Deixa a Vida Me Levar』(2002)は録音の直前まで別のミュージシャンが書いた曲としてリハーサル中で、Zeca の即興的なコード変更とフレーズ調整でスタジオ内で最終形が決まった逸話が有名。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1910年代1960年代1970年代1980年代パゴーヂパゴーヂサンバサンバMPBMPBアシェ・ミュージックアシェ・ミュージック凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
パゴーヂを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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ブラジル · 1978年前後 (±25年)