スウィング
1930年代に大流行した、ビッグバンドによる踊れるジャズ。
どんな音か
15〜18人ほどの大所帯——サックス4〜5本、トランペットとトロンボーンが6〜7本、それにピアノ・ギター・ベース・ドラムのリズム隊——が、管楽器を幾層にも重ねて分厚い音の壁をつくり、ダンスホールを踊らせた——ジャズが通好みの趣味ではなく、誰もが踊る国民的ヒットだった、ほとんど唯一の時代の音だ。BPMは120〜200と幅広く、1曲は3〜4分。聴きどころは「スウィング感」と呼ばれる独特の跳ね方にある。本来は均等に並ぶはずの8分音符を、わざと均等にしない。最初の音を長く、次の音を短く(おおよそ2対1)、均等な「タッ・タッ」を、長く・短くの「ターン・タッ」へと変える。この揺れが、思わず体が動くノリを生む。楽器だけでなく歌も大きな聴きどころで、男女を問わず名歌手が生まれた。楽団は専属の看板歌手を「顔」として迎え、チック・ウェッブ楽団のエラ・フィッツジェラルド、グッドマン楽団のペギー・リーらが知られる。
生まれた背景
ビッグバンドの原型は1920年代を通じて、ニューヨークのハーレム(フレッチャー・ヘンダーソン、コットンクラブのデューク・エリントン)とカンザスシティ(ベニー・モーテン、続いてカウント・ベイシー)で育った。1935年前後に全国的な大流行となり、グッドマン、ベイシー、グレン・ミラー、トミー・ドーシー、アーティ・ショウらが楽団を率いて人気を競い合った。1935〜45年は「スウィング時代(スウィング Era)」と呼ばれ、ジャズがアメリカ合衆国の主流ポップ音楽だった最も顕著な時期である。第二次大戦中は、中にはグレン・ミラーの楽団のようにGI(米軍兵士)を慰問する軍楽団として活動を続けたものもあった。
だが戦後は事情が変わる。まず、ビバップのような少人数編成のジャズが台頭した。さらにダンスを伴う店には1944年に導入された重い娯楽税(通称キャバレー税。当初は売上の30%、後に20%へ)がのしかかり、大編成の楽団を雇う余裕を会場から奪った。1942〜44年にはレコード録音禁止令もあった。こうした事情が重なり、1946年以降ビッグバンドは急速に姿を消した。以後ジャズは、踊る大衆音楽から聴く芸術音楽へと性格を変えていく。今われわれが抱くジャズ像の、ひとつの分岐点だった。ただし踊りのほうは生き延びた。音楽と一緒に育ったリンディホップやジルバは1990年代に再ブームとなり、今も世界中の愛好家に踊り継がれている。
聴きどころ
サックス陣が全員で同じメロディをそろって吹く(ユニゾン)場面と、それにトランペットやトロンボーンが分厚く応える掛け合い(コール&レスポンス)に注目したい。そして、この跳ねるノリを実際に生み出しているのがリズム・セクションだ。ベースが4分音符で一歩ずつ歩くように動き(ウォーキング・ベース)、ドラムがハイハットを2拍目と4拍目で開閉する。この組み合わせがスウィング感の土台になっている。ソロの回る順番(サックス、トランペット、ピアノなど)もたいてい決まっているので、誰の番かを追うと曲の構成が見えてくる。
音楽的特徴
楽器ビッグバンド、サックス、トランペット、トロンボーン、リズムセクション
リズムスウィング・フィール、4/4
リズムを聴く
このジャンルを特徴づける代表的なリズムパターン。再生ボタンでループ再生し、下のリズム譜で今どの拍が鳴っているかを確認できます。
代表アーティスト
- Glenn Miller
- Count Basie
- Benny Goodman
- Ella Fitzgerald
- Billie Holiday
代表曲
- It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing) — Duke Ellington (1932)
- One O'Clock Jump — Count Basie (1937)
- Sing, Sing, Sing — Benny Goodman (1937)
- A-Tisket, A-Tasket — Ella Fitzgerald (1938)
- In the Mood — Glenn Miller (1939)
日本との関係
初めて聴くなら
1曲だけ聴くなら、Benny Goodman『Sing, Sing, Sing』(1937)。ジーン・クルーパのドラム・ソロが圧巻だ。ライブの熱量を浴びたいなら、Duke Ellington『Ellington at Newport』(1956)を。ポール・ゴンザルヴェスのサックスがテーマを27回も繰り返す長大なソロ(27コーラス)を吹き続ける間に客席は総立ちになり、人気の衰えていたエリントン楽団を一夜で復活させた伝説の名演だ(ただしスウィング全盛期ではなく、後年の復活ライブ)。アルバムで通して味わうなら、Count Basie『The Atomic Mr. Basie』(1958)。歌付きが聴きたければ、Ella Fitzgerald & Duke Ellington『Ella and Duke at the Côte d'Azur』(録音1966年)。エラの即興スキャットとエリントン楽団の掛け合いが、歌とビッグバンドが対等に渡り合う様を最もよく伝える。
豆知識
1942年、音楽家組合(AFM)は、録音音楽が生演奏の雇用を奪っているとして、失業した組合員を救済する基金へレコード会社が使用料を払うよう求める対立から、組合員によるレコード録音を全面的に禁止した。この禁止令は1944年末まで続く。ところが歌手は組合員ではなかったため録音を続けられた。演奏家が使えないため、歌手は人の声だけのコーラス・グループを伴奏にしてレコードを吹き込んだ。結果として歌手はバンドの陰から表舞台へ押し出され、トミー・ドーシー楽団の専属歌手から独立したフランク・シナトラのように、自分の名前でレコードを出すスター歌手の時代が訪れた(すでに独立スターだったビング・クロスビーが先例を示していた)。主役交代の時計の針を、誰も意図せず早めたのだ。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 宗教・霊歌ブラック・ゴスペル
- 古典映画音楽(オーケストラ)
- 宗教・霊歌カントリー・ゴスペル
- ブルース・カントリーカントリー
- 伝統・民族フォーク
- ブルース・カントリーブルーグラス
- ポップハパハオレ
- 宗教・霊歌ブルーグラス・ゴスペル
