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伝統・民族

歌い手・歌ってみた

Utaite (Utattemita)

東京(ネットワーク上) / 日本 / 東アジア · 2007年〜

別名: Utaite / 歌ってみた / Utattemita / Nico Nico Utaite / ニコニコ歌い手

2007年の初音ミク登場以降、ニコニコ動画で他人のボカロ曲を『歌ってみた』として自分の声で歌唱・投稿することを職能化した匿名/半匿名の歌手集団。Ado・yama・まふまふ・Reol が2020年代 J-Pop 主流に接続した。

どんな音か

『歌い手』の音は、初めて触れると『J-POP に似ているが、何かが違う』と感じるかもしれない。それは正しい。歌い手たちの楽曲は、彼ら自身が書いたものではなく、ニコニコ動画に集うボカロP(ボーカロイド プロデューサー)が初音ミクや他のバーチャル歌手のために書いた楽曲を、生身の歌手が独自の解釈とアレンジで歌い直したものだ。したがってこの音は、書き手と歌い手が別人であるという J-POP 業界とは根本的に異なる分業の中から生まれる。Ado《うっせぇわ》(2020) を聴けば、Syudou が書いた挑発的な歌詞を、当時18歳の匿名歌手が咆哮するように歌い上げる緊張感が耳を打つ。まふまふ、Reol、そらる、yama、ikura(YOASOBI) —— 彼らはいずれも顔を出さないか、あるいはアニメ調イラストのアバターで自己表現し、しかし声だけで数千万の再生数を集める。この匿名性は隠蔽ではなく、むしろ声そのものに聴衆の関心を集中させるための美学的選択として機能する。

生まれた背景

決定的な起点は2007年8月、Crypton Future Media が Yamaha 開発の ボーカロイド 2 音源『初音ミク』を発売、キャラクター化された女性 AI シンガーが即座にニコニコ動画のコンテンツ生態系の中核となったことだ。翌2008年、supercell の ryo《メルト》がニコニコ内で爆発的にヒット、以降『歌い手・歌ってみた』の名でこの《メルト》を生身の歌手が独自解釈で歌い直す文化が定着した。第一世代の Piko、Nano、そらる、valshe、Amatsuki らは2008-11年頃に頭角を現し、ニコニコ内でスター化した。彼らは顔出しをせず、アニメ調イラストをアバターとして用い、匿名/半匿名の状態のまま人気を獲得する新しい歌手像を確立した。2020年10月、Ado《うっせぇわ》のオリコン週間1位獲得は、この流れが J-POP 主流と接続した歴史的な瞬間となった。

聴きどころ

第一に、原曲(ボーカロイド曲)と歌い手・歌ってみたの対比。同じ楽曲を ボーカロイド ヴァージョンと歌い手ヴァージョンで聴き比べると、生身の歌手が加える息遣い・情動の押し引き・独自のフェイクや装飾音が浮かび上がる。第二に、匿名性の美学。歌い手たちは顔を出さず、しかし声質と歌唱スタイルは明確に個性的で、聴衆は『誰か』ではなく『どんな声』に注意を集中させる。第三に、ボカロP へのクレジット明示。歌い手・歌ってみた動画の説明欄には必ず原曲の作曲者(Syudou、DECO*27、Ayase、みきとPなど)がクレジットされ、この分業の可視化がジャンルのアイデンティティ。第四に、ライブ・パフォーマンス様式。まふまふや Ado は顔非公開のまま、アニメ調のアバターとステージ演出を組み合わせた『2.5次元』的なライブを実現している。

発展

2010年代前半、まふまふ(1991-)が『天ノ弱』(2013)などのカバーとオリジナル曲で頂点に立ち、2010年代後半には Reol(1993-)が『ギミアブレスタッナウ』(2016)でロック寄りの声質を確立、2020年 Ado(2002-)が Syudou 作曲の『うっせぇわ』でメジャーデビュー、この楽曲がオリコン週間1位となり歌い手を J-Pop 主流に完全接続した。同年 yama(1998-)が『春を告げる』でブレイク、2022年 Ado は映画『ONE PIECE FILM RED』の劇中歌『新時代』『逆光』『私は最強』を担当し、Adele や Taylor Swift と並んで Spotify Global Weekly の日本語楽曲上位に入る初のケースとなった。まふまふは2021年 NHK 紅白歌合戦初出場、Reol は2020年代 Netflix『THE FIRST TAKE』出演で顔出しなしの歌手像を国際的に流通させた。

出来事

  • 2007: 初音ミク発売、ニコニコ動画で Vocaloid 文化開始
  • 2008: supercell《メルト》で歌ってみた文化定着
  • 2009-11: Piko・Nano・Soraru・Amatsuki の第一世代確立
  • 2013: まふまふ、Reol の中期世代登場
  • 2020: Ado《うっせぇわ》オリコン1位、yama《春を告げる》
  • 2021: まふまふ NHK 紅白歌合戦初出場
  • 2022: Ado『ONE PIECE FILM RED』劇中歌担当
  • 2023: 歌い手世代が J-Pop 主流の中心となる

派生・影響

vocaloid(sibling、Vocaloid Pの書いた原曲を歌い手が歌唱するという相補関係)、anison(sibling、アニメ主題歌への提供でしばしば交差)、j-pop(derived_from、2020年代の主流ポップ産業への完全吸収)。

音楽的特徴

楽器オリジナル・ボカロ曲の DAW プロダクション(ピアノ、シンセ、エレクトリック・ギター、ドラムマシン)を土台に、生身の男女ヴォーカル、しばしば AutoTune・ハーモナイザー・エフェクトを重ねる

リズム原曲(Vocaloid曲)のテンポと拍節構造をそのまま継承。100-180 BPM 幅の J-Pop 標準拍節、4/4 主体、時に6/8。

代表アーティスト

  • そらる (Soraru)日本 · 2008年〜
  • ピコ (Piko)日本 · 2009年〜
  • まふまふ (Mafumafu)日本 · 2010年〜
  • Reol日本 · 2013年〜
  • Ado日本 · 2017年〜
  • yama日本 · 2018年〜

代表曲

その後の代表曲

日本との関係

歌い手はほぼ完全に日本国内の文化現象だが、2020年代に入り Ado の《うっせぇわ》と YOASOBI の《アイドル》が海外の日本文化ファンにも受容され、TikTok と Spotify Global を通じて東アジア圏(韓国中国台湾)、東南アジア(インドネシアタイフィリピン)、そして北米・欧州のアニメ・J-POP コミュニティに広がった。日本のリスナーにとって歌い手は、10代後半-20代の音楽消費の中核ジャンルの一つで、Spotify 日本 の年間チャート上位に Ado・YOASOBI・ikura が定着している。歌い手出身の音楽家がメジャー移行する際の摩擦(顔出しの是非、活動名の統一)は日本の音楽産業に固有の議論として続いており、まふまふ2021年紅白初出場は歌い手アイデンティティの主流化を象徴する事件となった。

初めて聴くなら

まず Ado《うっせぇわ》(2020) から。歌い手の J-POP 主流化を象徴する2020年の記念碑。次に YOASOBI《夜に駆ける》(2020) と《アイドル》(2023) で、ボーカロイド P (Ayase) +歌い手系 (ikura) の融合体を体験。まふまふ《天ノ弱》(2013) と《ロストアンブレラ》(2018、そらる作曲) で第一世代の系譜、yama《春を告げる》(2020) で歌い手第二世代の女性ヴォーカル、Reol《第六感》(2020) で歌い手出身のロック・ポップ路線を並列に聴き比べると、歌い手の多様な発展が見える。深く入るなら supercell《メルト》(2007) の ボーカロイド 原曲と、複数の歌い手による『メルト歌い手・歌ってみた』を並べて聴くと、原曲/カバーの関係が解体される感覚が体験できる。

豆知識

Ado(2002-)は活動時に本名・顔を非公開にしているが、2020年12月のメジャー・デビュー時点で18歳だったことは公開されている。彼女は中学時代からニコニコ動画に歌い手・歌ってみたを投稿しており、2017年時点で既に十代の匿名歌い手として一定の認知を得ていた。彼女の2023年国立競技場級ライブ『マーズ』は、顔を出さないまま実現された最大規模の日本国内公演で、アリーナのステージ・スクリーンにアニメ調のアバターを投影する演出で行われた。もう一つ:まふまふは自分でボカロ曲を書く『ボカロP』としての側面も持ち、《病名は愛だった》(2018、そらると共作) は自ら書いた楽曲を歌い手として歌い直した作品で、書き手と歌い手の分業が同一人物の中で二重化する希有な事例。

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日本 · 2007年前後 (±25年)