エレクトロニック

スペクトル楽派

Spectral Music

パリ / フランス / 西ヨーロッパ · 1973年〜

1970年代パリで興った、音響スペクトル分析を作曲原理とする現代音楽の潮流。

どんな音か

スペクトル楽派は音の「倍音構造」を作曲の原理にした。ピアノのド(C)を叩くとき、実際には基音のドの上に、オクターブ上のド、さらにその5度上のソ、次の4度上のド、長3度上のミ……と「倍音列」が響いている。スペクトル楽派の作曲家はこの倍音列を音響分析装置で可視化し、それをそのまま和音や旋律に変換した。グリゼーの「Partiels(1975年)」はEの低音を倍音分析した結果を弦楽器・管楽器群に分配した曲で、倍音列が楽器の音として現れるにつれて音の質感が変化する。微分音(半音より小さい音程)が多用されるため、ピアノで再現できない音程が頻出する。

生まれた背景

1973年頃、パリ音楽院出身のジェルヴァシオ・グリゼーとトリスタン・ミュライユが「レ・アティテュード・スペクトラル」という演奏家グループを結成し、スペクトル分析を作曲に用いる方法論を組み立てた。フランスのIRCAM(音楽音響研究所、1977年設立)の存在が技術的な基盤を提供した。同時期の前衛音楽(シュトックハウゼン、ブーレーズ)が構造的・数学的であったのに対し、スペクトル楽派は「耳で聴こえる音の物理現象」に根拠を置いた。グリゼーは1998年に49歳で急死し、ミュライユはその後もスペクトル技法を発展させた。

聴きどころ

「Partiels — グリゼー (1975)」はオーケストラの大きな構成だが、冒頭の低弦のEが鳴り始めてから倍音が一つずつ現れるプロセスを追うと、音楽の設計が見える。各楽器が「一つの音の部分」を担っていることに気づく瞬間、聴き方が変わる。「Gondwana — ミュライユ (1980)」では音の「変態」——金属的な音が肉感的な音に変化する過程——が聴きどころだ。

発展

グリゼー「Périodes」(1974)、「Partiels」(1975)、ミュライユ「Gondwana」(1980)が初期傑作。1980年代以降カイヤ・サーリアホ、フィリップ・ユレル、ジェラール・ペソン、ジョージ・ベンジャミン(ポスト・スペクトル)らが拡張した。

出来事

  • 1973: 「アンサンブル・イティネレール」結成
  • 1974: グリゼー「Périodes」
  • 1980: ミュライユ「Gondwana」初演
  • 1986: グリゼー「Le Noir de l'Étoile」

派生・影響

ポスト・スペクトル音楽、現代電子音響音楽、現代映画音楽の音色重視書法、日本の細川俊夫の自然倍音志向にも影響した。

音楽的特徴

楽器管弦楽、室内楽、電子音響

リズム倍音列、音響スペクトル、緩慢な変容

代表アーティスト

  • ジェルヴァシオ・グリゼーフランス · 1970年〜1998
  • トリスタン・ミュライユフランス · 1970年〜
  • カイヤ・サーリアホフィンランド · 1980年〜2023
  • 細川俊夫日本 · 1980年〜

代表曲

  • Périodesジェルヴァシオ・グリゼー (1974)
  • Partielsジェルヴァシオ・グリゼー (1975)
  • Gondwanaトリスタン・ミュライユ (1980)
  • Désintégrationsトリスタン・ミュライユ (1983)
  • Le Noir de l'Étoileジェルヴァシオ・グリゼー (1990)

日本との関係

細川俊夫はスペクトル楽派の影響を受けた日本の現代音楽作曲家で、グリゼーやミュライユと同時代的な接触がある。日本の現代音楽・現代音楽祭の文脈では演奏される機会があるが、一般への認知は専門家や熱心な現代音楽ファンに限られる。

初めて聴くなら

「Périodes — グリゼー (1974)」は演奏時間が短く、スペクトル技法の基本的な質感が確認できる。次に「Partiels (1975)」で倍音展開のプロセスを追う。どちらも先に曲の解説を読んでから聴くと、音と理論の関係が見えやすい。

豆知識

グリゼーは倍音を「音の自然の文法」と表現し、12音技法が人工的な構造に頼っていることを批判した。スペクトル楽派の音楽はコンピュータなしに分析・作曲することも可能だが、IRCAMの電子機器が精度を大幅に上げた。ミュライユはその後アメリカ合衆国コロンビア大学で教え、スペクトル技法をアメリカ合衆国の作曲家世代にも伝えた。

影響・派生で結ばれたジャンル

スペクトル楽派を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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