シュラーガーのルーツは19世紀末ウィーンのオペレッタやドイツのカフェ・ハウス音楽だが、ジャンルとして固まったのは戦後の1950〜60年代。第二次大戦後の復興期、ドイツ国民が「楽しい音楽」を求めるなかで、米国産ジャズと土着の歌謡が融合して生まれた。1970年代にユーロビジョン・ソング・コンテストで欧州を席巻、Heino、Roy Black、Udo Jürgensらが国民的スターになる。1990年代以降は一度時代遅れと見なされたが、2000年代後半にHelene Fischerが登場し、「Atemlos durch die Nacht」(2013)を国民歌レベルに押し上げて完全復活。現在はテレビ番組「シュラーガーnacht」や巨大野外フェスティバルが定番化、ドイツ最大規模の音楽産業のひとつになっている。
聴きどころ
まずサビのキャッチーさに耳を傾けてほしい。シュラーガーは「一度聴いたら口ずさめる」を絶対の設計思想とし、メロディは長3度・5度の音程をシンプルに駆け上がる構造が多い。Helene Fischerの「Atemlos durch die Nacht」のサビは4小節で完結し、誰でも覚えられる。次にプロダクションで、ストリングスとシンセは厚く、しかしどこか80年代風の懐かしさを残す手触り。ホーンやアコーディオンが時折アクセントを入れる。歌詞は韻が完全に揃い、子音が前に出る朗々とした発声で、ドイツ語が分からなくてもメロディだけで踊れる仕掛けになっている。
日本での認知度は限定的だが、Helene Fischerの「Atemlos durch die Nacht」はYouTube経由で日本のドイツ語学習者やドイツビール愛好家のあいだに浸透した。Udo Jürgens、Nana Mouskouriら過去の世代は1970〜80年代に日本のFMラジオでも一定の放送があった。日本でいえば演歌・歌謡曲のポジションに近く、世代論的にも「年配層の音楽」と若年層の「ダサい音楽」というスティグマも構造的に似ている。一方でドイツ系ホテル・温泉地のBGM、オクトーバーフェスト(東京・横浜のドイツビール祭り)では今も定番で流れる。
初めて聴くなら
入口は迷わずHelene Fischer『Atemlos durch die Nacht』(2013)。4分弱でシュラーガーの設計思想がすべて分かる、現代の決定版。古典派ならUdo Jürgens『Griechischer Wein』(1974)、ギリシャ移民の郷愁を歌った静かなバラードで、シュラーガーのもう一つの顔(情感系)を体験できる。明るいクラシックならRoy Black『Ganz in Weiß』(1965)。結婚式・誕生日パーティで流すと、ドイツ語圏出身者は全員口ずさみ始める音楽だ。
Helene Fischerは2018年のドイツ・ハンブルク巨大野外コンサートで国内最大級の動員(約13万人)を記録、ドイツのスタジアム公演史を書き換えた。彼女はシベリア生まれ、両親がドイツ系ロシア人移民で、子供時代にドイツへ移住した経歴を持つ。シュラーガーはオランダ(ネーデルポップ schlager)、ポーランド(disco polo)、スカンディナビア(dansband)と隣接国にも姉妹ジャンルが存在し、欧州大陸の「大衆向け4つ打ち歌謡」の総称として機能してきた。日本の演歌が「演歌の女王」(美空ひばり、坂本冬美)の系譜で世代継承されるように、シュラーガーも「シュラーガーの女王」(Helene Fischer)が定期的に交代する構造。