演歌
20世紀初頭の日本で成立した、日本的旋法と義理人情の歌詞を特徴とする大衆歌謡。
どんな音か
ゆったりした4拍子(BPM 60〜100)に、声を揺らす節回しが乗る——演歌は何より「歌い手の声」を聴く音楽だ。歌唱には独特の技巧が欠かせない。代表的なのが、一音節の中でメロディを上下に回す「こぶし」、音に向かって下から声をすくい上げる「しゃくり」、そして声を小刻みに震わせるビブラートだ。日本的に響く正体はヨナ抜き音階で、西洋の長音階から4番目と7番目の音を抜いた五音音階を指す。伴奏はスティール・ギター、ブラシで叩くドラム、エレキ・ベース、幾重にも重ねたストリングス。そこへシンセサイザーの柔らかな持続音とコーラスが層をなし、ときに三味線がひと節の彩りを添える。歌詞は日本語で、テーマは故郷への想い、酒、別れ、雪、海、寒い夜、人生の苦み。録音では歌い手の声を最前面に置き、歌の表情が一音一音まで聴き取れるように仕上げられている。
生まれた背景
明治時代(1868〜1912)の自由民権運動で、政府批判を歌に乗せた「演歌師」が街頭で歌った政治宣伝歌が起源だ。「演歌」はもともと「演説歌」の略だった。大正から昭和初期にかけて、流行歌(歌謡曲)の中の哀愁を帯びた一群として育ち、戦後はこの哀愁歌謡が大衆へ広く浸透した。1960年代後半になると、若い知識人・批評家層が大衆歌謡を再評価する流れの中で、彼らがこの哀愁歌謡を「演歌」と呼び直し、ジャンルとしての概念が確立される。1960〜70年代には、朗々たる低音の北島三郎を筆頭に、五木ひろし、八代亜紀、都はるみ、千昌夫らが黄金期を作り、「演歌は日本人の心」という国民的なイメージが定着した。1990年代以降、商業的には縮小したが、坂本冬美、氷川きよしら新世代が継承し、いまも紅白歌合戦の重要枠を占める。
聴きどころ
「こぶし」(節回し)が一音節の中で何回どう揺れるか。歌い手それぞれの個性は「節(ふし)」と呼ばれ、五木ひろしなら「五木節」、八代亜紀なら「八代節」と称される。サビ前の「タメ」(歌い出しを少し遅らせる)も聴きどころだ。もとはハワイアン音楽の楽器だったスティール・ギターは、演歌では中心楽器となり、すすり泣くような「泣き」の音色を響かせる。
代表アーティスト
- 美空ひばり
- 北島三郎
- 都はるみ
- 吉幾三
代表曲
- 悲しい酒 — 美空ひばり (1966)
- まつり — 北島三郎 (1984)
- 川の流れのように — 美空ひばり (1989)
- 北の宿から — 都はるみ (1975)
- 雪国 — 吉幾三 (1986)
日本との関係
初めて聴くなら
1曲だけ聴くなら、美空ひばり『川の流れのように』(1989)。生前最後のシングル(1989年1月発売)で、演歌の最高峰の一つ。北島三郎『与作』(1978)、八代亜紀『舟唄』(1979)、五木ひろし『よこはま・たそがれ』(1971)も定番。
