ポップ

歌謡曲

Kayōkyoku

日本 / 東アジア · 1950年〜

戦後の日本で成立した、ジャズ・ラテン・洋楽要素を取り入れた大衆歌謡。J-POPの直接の前身。

どんな音か

歌謡曲は、戦後日本のテレビ、ラジオ、映画、レコード産業の中で育った大衆歌。ジャズ、ラテン、ロック演歌フォーク、洋楽ポップを取り込みながら、日本語の言葉をメロディに乗せる技術が磨かれた。美空ひばりの明るさと哀しみ、坂本九の開いた声、山口百恵の低い緊張感など、時代ごとの声がはっきり残る。

生まれた背景

1950年代以降、戦後復興、高度経済成長、テレビの普及、レコード会社と作詞作曲家の職業制作によって形が整った。歌手、作詞家、作曲家、編曲家が分業し、映画スターやアイドルも歌謡曲の中心になった。1980年代以降のJ-POPへつながる前段階であり、日本の都市生活や家族観、恋愛観を映す鏡でもある。

聴きどころ

メロディの強さと日本語の置き方を聴くとよい。母音を伸ばす場所、サビ前の転調、ストリングスやブラスの入り方が、歌手の表情を支える。古い録音では伴奏が控えめでも、歌詞の一語が前に出るように作られていることが多い。

代表アーティスト

  • 美空ひばり日本 · 1949年〜1989
  • 坂本九日本 · 1958年〜1985
  • 山口百恵日本 · 1972年〜1980
  • 松任谷由実日本 · 1972年〜

代表曲

日本との関係

日本そのものの大衆音楽史であり、世代ごとの記憶と結びついている。テレビ番組、紅白歌合戦、カラオケ、商店街のBGM、家族のレコード棚を通じて広がった。現在のJ-POPやアイドル歌謡にも、歌謡曲の作曲法や歌詞の感覚は残っている。

初めて聴くなら

戦後の明るい始まりとして「東京キッド — 美空ひばり (1950)」。国際的に知られた日本の歌なら「上を向いて歩こう — 坂本九 (1961)」。70年代の強い歌手像は「プレイバックPart2 — 山口百恵 (1978)」でよく分かる。

豆知識

歌謡曲という言葉は、いま聴くと懐メロのように感じられがちだが、当時は最新の洋楽要素を貪欲に取り込む現代的な音楽でもあった。古さと新しさが同時に入っているのが面白い。作詞家、作曲家、編曲家、歌手が分業する職業制作の強さがあり、一曲の中に時代の流行と歌手の人格がきれいに封じ込められている。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1900年代1920年代1950年代1970年代1980年代歌謡曲歌謡曲演歌演歌マンダリンポップマンダリンポップアイドル(現代)アイドル(現代)J-POPJ-POP凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
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