メキシコ・ロック・エン・エスパニョール
1980-90年代のメキシコシティで育った、スペイン語で歌うオルタナ/ポップ・ロックの中核系譜。Café Tacvba、Caifanes、Molotov、Maná、Zoé。
どんな音か
メキシコのロック・エン・エスパニョールは、スペイン語で歌われるメキシコ産オルタナ/ポップ・ロックの総称で、1980-90年代のメキシコシティが育てた音の総体だ。編成は基本的にエレキギター+ベース+ドラム+ボーカルの4-5人組だが、Café Tacvbaのように鍵盤、アコーディオン、ボレロのレキント、ハラナ・ヒターラといった伝統楽器を持ち込むバンドが多く、ノルテーニョやマリアッチ、クンビア、ソン・ハローチョをロック編成にすり合わせる編曲の癖が共通項になっている。歌詞は恋愛だけでなく、階級、政治、国境、都市の生活を直接題材にする。テンポは90-140BPM、サビでスペイン語のシラブルを短く畳みかける歌唱が、英語ロックにはない口跳ねの推進力を生む。同時期のスペインのロック(Héroes del Silencio)やアルゼンチンのロック・ナシオナル(Soda ビルマ・ポップ)と兄弟関係にあり、メキシコ・ロック・エン・エスパニョールブランドで一つの汎ラテン市場として成立した。
生まれた背景
決定打は1988年に始まったBMG Ariolaの「メキシコ・ロック・エン・エスパニョール(君の言葉のロック)」キャンペーンだった。それまでスペイン語ロックを軽視していた大手レコード会社が、一気にメキシコ、アルゼンチン、スペインのバンドをまとめてマーケティングした。メキシコ側の中核が1987年結成のCaifanes(サウル・エルナンデス率いる)と、1989年結成のCafé Tacvba(ルベン・アルバラン、エマヌエル・デル・レアルら4人組)だった。CaifanesはThe Cureのように暗く叙情的なポスト・パンク寄りのサウンドで、1990年『La Célula Que Explota』でメキシコらしい叙情ロックを提示。Café Tacvbaは1994年のアルバム『Re』——ロック、ボレロ、ノルテーニョ、スカ、ワルツを一枚に同居させた28曲——でメキシコ・ロックの表現の幅を一気に拡張した。同世代のGuadalajara出身Maná(1986結成)がバラード寄りソフト・ロックで汎ラテン市場を席巻、1997年結成のMolotovが反体制ラップ・メタルで別の極を作り、Zoé(1997結成)、Julieta Venegas(1997ソロデビュー)、Natalia Lafourcade(2002ソロデビュー)が2000年代以降の担い手となった。
聴きどころ
まずCafé Tacvbaの『Ingrata』を聴いてほしい。イントロのアコーディオンがノルテーニョ由来なのに、サビのギター・カッティングは完全にオルタナ・ロック——ジャンル横断の職人芸がこの一曲に凝縮されている。ルベン・アルバランの歌唱は「歌う」より「叫ぶ」に近い荒々しさで、そこがCaifanesのサウル・エルナンデスの叙情的テノールと対照的だ。Molotovの『Frijolero』は、Rap Metal寄りのビートに、アメリカ合衆国とメキシコの側から見た国境問題を交互に歌う二重視点の構造が最大の聴きどころ。Natalia Lafourcadeの『Nunca es Suficiente』(Los Ángeles Azulesとの2018年カヴァー)は、彼女の透明な高音がクンビアの粘るビートに乗る瞬間、メキシコ音楽の伝統ジャンルとロック世代がどう繋がるかを最も明快に見せる。
発展
1990年代半ばには、Guadalajara出身のManá(1986結成、フェル・オルベーラ率いる)がバラード寄りのソフト・ロックで汎ラテン市場を席巻し、1997年結成のMolotovがラップ・メタルと反体制的なスペイン語スラングで別の極を作った。Molotovの2003年『Frijolero』は米国の対メキシコ移民政策への直接的な抗議歌で、Vice/BBCが特集するほどの国際的反響を持った。2000年代以降はZoé(1997結成、León Larregui率いる)がドリーム・ポップ寄りの叙情路線を確立し、フェスの中軸バンドになった。並行してJulieta Venegas、Natalia Lafourcade、Ely Guerraといった女性シンガーソングライターが、アコーディオンとアコースティック・ギターを主役に据えたポップ・ロックを打ち出し、シーンの性別バランスを書き換えた。
出来事
- 1985: メキシコシティ大地震
- 1987: Caifanes結成
- 1988: Rock en tu idiomaキャンペーン始動
- 1989: Café Tacvba結成
- 1994: Café Tacvba『Re』
- 1997: Molotov『¿Dónde Jugarán las Niñas?』
- 2003: Molotov『Frijolero』
派生・影響
アルゼンチンのロック・ナシオナル、スペインのRock uraldeと兄弟関係にあり、後のインディー・ロック(Zoé、Café Tacvba派生プロジェクト)、Latin Alternativeの北米市場での成立にも直結する。
音楽的特徴
楽器エレキギター、ベース、ドラム、キーボード、アコーディオン、レキント、ハラナ、ボーカル
リズムロックの4/4、時にノルテーニョ由来の跳ね2/4、クンビアの2/4スウィング、ボレロ系3/4
代表アーティスト
- Maná
- Caifanes
- Café Tacvba
- Molotov
- Julieta Venegas
- Zoé
- Natalia Lafourcade
代表曲・古典
Aquí no es así — Caifanes (1988)
La Célula Que Explota — Caifanes (1990)
Rayando el Sol — Maná (1990)
Oye Mi Amor — Maná (1992)
Afuera — Caifanes (1994)
Ingrata — Café Tacvba (1994)
María — Café Tacvba (1994)
Gimme Tha Power — Molotov (1997)
Eres — Café Tacvba (2003)
Frijolero — Molotov (2003)
Eres para Mí — Julieta Venegas (2006)
Labios Compartidos — Maná (2006)
Me Voy — Julieta Venegas (2006)
Nada — Zoé (2006)
代表曲・現在
Labios Rotos — Zoé (2011)
Hasta la Raíz — Natalia Lafourcade (2015)
Nunca es Suficiente — Natalia Lafourcade (2018)
日本との関係
日本でのメキシコ・ロックの認知はU2やColdplayに比べればずっと小さいが、いくつかの明確な接点がある。Café Tacvbaは2007年フジロックに出演し、この時のヘッドライナー級ステージが日本の音楽好きに衝撃を与えた。Manáは1990年代後半に来日公演を重ね、東京・大阪の在日ラテン系コミュニティが定着させたバンドの一つになっている。愛知県、群馬県、埼玉県のメキシコ移民労働者コミュニティの家庭ではManáとCafé Tacvbaのアルバムが日常的にかかっている。Julieta Venegasは2010年頃、渋谷の中古CD店の棚に定期的に並ぶ「日本人が知っているメキシコ女性シンガー」の代表格になった。
初めて聴くなら
最初はCafé Tacvbaの『Ingrata』(1994)、メキシコ・ロックの旨味が3分に凝縮されている。次にCaifanes『La Célula Que Explota』(1990)——1980-90年代メキシコの叙情ロックの完成形だ。より最新の入口ならNatalia Lafourcade『Hasta la Raíz』(2015)、Zoé『Nada』(2006)。政治的メキシコ・ロックを聴きたければMolotov『Frijolero』(2003)を必ず。夜のドライブ、あるいはヘッドホンで歌詞を追いながらが向いている——スペイン語が分からなくても、シラブルの跳ね方でメキシコの都市の空気が伝わる。
豆知識
Café Tacvbaはメキシコシティ北部のトラルネパントラのCafé de Tacvba(実在の1912年創業の伝統カフェ)から名前を取った。彼らは商標争いを避けるため綴りを「Tacuba」から「Tacvba」に変更している。ルベン・アルバランはコンサートごとに舞台名を変える奇癖で知られ、これまで「Anónimo」「Cosme」「Juan」「Rita Cantalagua」など少なくとも10種以上の別名でクレジットされている。Manáのフェル・オルベーラは環境保護活動家としても知られ、2009年にラテンアメリカ合衆国全体で植林活動を行うManá財団を設立した。Molotovの『Frijolero』は「frijolero」というスペイン語スラング(米国側からメキシコ人を「豆食い」と侮辱する語)を、逆にメキシコ側から誇りを込めて自称する反転の詩学で書かれている。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 伝統・民族クンビア・ソニデーラ
