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ヒップホップ・R&B

メロディック・ドリル

Melodic Drill

ロンドン / ブライトン / マンチェスター / イギリス / 西欧 · 2020年〜

別名: Melodic UK Drill / Pop Drill / Melodic Rap-Drill

2020年以降の UK ドリルにポップ寄りのメロディック・フックとブライトなサンプル・ループを乗せた変種。Central Cee、PinkPantheress、ArrDee、Nemzzz が2022-23年に世界チャート上位を占めた。

どんな音か

メロディック・ドリルの音は、既存の UK ドリル(Headie One、Digga D の初期作)に慣れた耳には最初『同じ書式で、メロディが甘い』と感じられる。それは正しい。技術的な骨組み——sliding 808 sub-bass、UK ドリル特有の三連ハイハット、Chief Keef 系のスネアパターン——は共有される。しかし違いは決定的だ。Central Cee《Doja》(2022) を聴くと、Eve《Let Me Blow Ya Mind》(2001) のポップな女性ヴォーカル・サンプルが4小節ループとして冒頭から鳴り、リリックはストリート・バイオレンス主題から離れて恋愛と自己肯定の話題に軸をずらす。PinkPantheress《Boy's a Liar Pt. 2》(2023) では UK ガラージ系のスウィング・ハイハットとロー・ファイなヴォーカル処理が加わり、ドリルの書式が完全にポップ的なものに翻訳される。ArrDee のブライトン訛りと若い層向けの語り、Nemzzz のマンチェスター発の暗めシンセパッド——これらが並存することで、メロディック・ドリルは UK ラップの国際的な突破口となった。

生まれた背景

決定的な起点は2020年、Central Cee(1998-、Shepherd's Bush 出身)が SoundCloud 経由でヴァイラルを狙う戦略に切り替え、《Loading》(2020)、《6 for 6》(2021)を経て2022年3月、Eve《Let Me Blow Ya Mind》(2001)をサンプリングした《Doja》を発表、これが TikTok の恋愛系リールでバイラル化しイギリスシングル・チャート2位・Spotify Global 上位に到達したことだ。同時期に PinkPantheress(2001-、Bath 出身、ロンドン移住)が SoundCloud で UK ガラージ+ドリルの折衷ロー・ファイ・ポップを発表、《Break It Off》(2021)、《Pain》(2021)がバイラル化した。決定打は2023年、PinkPantheress + Ice Spice《Boy's a Liar Pt. 2》が Billboard Hot 100 で3位・Spotify Global で首位となり、UK ドリル系譜の楽曲が米国主流ポップの頂点に届いた瞬間となった。

聴きどころ

第一に、サンプルの選び方。Central Cee は 90-00年代 R&B・ポップ楽曲(Eve、Cassie など)からブライトな女性ヴォーカル・ループを頻繁に採用、これが UK ドリルの荒いサンプルとは対照的な『甘さ』を作る。第二に、リリックのテーマ・シフト。ストリート・バイオレンスから恋愛・パーティー・自己肯定へ、これがメロディック・ドリルの決定的な pop-crossover の鍵。第三に、UK ドリル特有の sliding 808 の質感。ベースラインがピッチスライドする書法は本流と共有、しかしメロディック・ドリルではベースが控えめで、代わりにメロディック・フックが前景化する。第四に、PinkPantheress の UK ガラージ由来のスウィング・ハイハット。彼女は本流 UK ドリル出身ではないが、書法の融合点として重要。第五に、TikTok 15秒ループでの再生を意識した楽曲構造(サビ即出しの構成)。

発展

2023-24年、Central Cee は Dave とのジョイント・アルバム《Split Decision》(2023)からの《Sprinter》(2023)で英国シングル・チャート首位を10週維持、Spotify Global で首位、Billboard Hot 100 で40位入りを達成、《Band4Band》(2024、Lil Baby フィーチャリング)で米国 rap 首位に接続した。ArrDee(本名 Riley Davies、2002-、Brighton)は Tion Wayne《Body》(2021)のリミックスと《Cheeky Bars》(2021)、《Oliver Twist》(2021)で若い層に訴求、Nemzzz(本名 Nemzzz、2003-、Manchester)は《Do It Again》(2022)、《We Ain't The Same》(2023)で北イングランド発のメロディック・ドリルの代表格となった。2024年以降、Central Cee は Drake《Rich Baby Daddy》(2023)などの米国主流ラッパーとの共作を通じて、メロディック・ドリルは UK 国内シーンから米国 rap 主流と本格的に融合する段階に入った。

出来事

  • 2020: Central Cee《Loading》
  • 2021: PinkPantheress《Break It Off》/《Pain》
  • 2021: ArrDee《Cheeky Bars》/《Oliver Twist》
  • 2022: Central Cee《Doja》で英2位・Spotify Global 上位
  • 2022: Nemzzz《Do It Again》
  • 2023/02: PinkPantheress+Ice Spice《Boy's a Liar Pt. 2》Billboard Hot 100 3位
  • 2023: Central Cee+Dave《Sprinter》英1位10週維持
  • 2024: Central Cee《Band4Band》米 rap 首位

派生・影響

uk-drill(derived_from、2020年代のポップ寄り変種)、drill(regional_variant)、trap(sibling、production 系譜として並行)、uk-garage(influenced、PinkPantheress を通じて)、pop(fused_with、2022年以降のチャート・ポップ主流との融合)。

音楽的特徴

楽器sliding 808 sub-bass、TR-808 系スネア、ドリル特有の三連ハイハット、ピアノ/ギター/女性ヴォーカルのサンプル・ループ、しばしば UK ガラージ由来のスウィング・ハイハット

リズム140-150 BPM 主体の UK ドリル拍節、half-time 感の重い 4/4、triplet hi-hat、ドリル特有の裏拍スネア、Central Cee はより 130-140 BPM の中速で pop-vocal 主体

代表アーティスト

  • ArrDeeイギリス · 2020年〜
  • Nemzzzイギリス · 2020年〜

代表曲

その後の代表曲

  • Boy's a Liar Pt. 2PinkPantheress (2023)
  • Band4BandCentral Cee (2024)
  • Do It AgainNemzzz (2022)

日本との関係

日本のリスナーにとってメロディック・ドリルは、2022-23年の TikTok 日本 と Spotify 日本 の海外ポップ・チャートを通じて出会う音楽で、Central Cee は日本ヒップホップ・ヘッズにとって『Drake 以降で最も国際的に注目されるイギリスラッパー』の位置。PinkPantheress《Boy's a Liar Pt. 2》は日本の若い層にとって、UK ドリル系譜の中で最も接近しやすいポップ楽曲として TikTok 日本 の恋愛系リールでバイラル化した。日本の Z 世代の音楽消費においては、UK ドリル本流(Headie One、Digga D)より、メロディック・ドリル系の Central Cee・PinkPantheress・ArrDee のほうが到達度が高い。日本国内では2024年時点で Central Cee のフェス出演等はまだ限定的だが、Spotify 日本 の海外ラップ・プレイリスト経由での恒常的な流通は定着している。

初めて聴くなら

まず Central Cee《Doja》(2022) から。Eve のサンプルが冒頭から鳴り、メロディック・ドリルの美学を最も分かりやすく体験できる。次に《Sprinter》(2023、Dave 共演) と《Band4Band》(2024、Lil Baby 共演) で彼の英米接続を体験。PinkPantheress《Boy's a Liar Pt. 2》(2023) と《Break It Off》(2021) で UK ガラージ+ドリル・ハイブリッド側、ArrDee《Cheeky Bars》(2021) と《Oliver Twist》(2021) でブライトン発の若年層側、Nemzzz《Do It Again》(2022) と《We Ain't The Same》(2023) でマンチェスター発の北イングランド側を並列に聴き比べると、メロディック・ドリルの分岐した多様性が見える。

豆知識

Central Cee(本名 Oakley Neil H. T. Caesar-Su)は西ロンドン Shepherd's Bush 出身、父はガイアナ系、母はアイルランド系という背景を持つ。彼のアーティスト名『Central Cee』の由来は諸説あるが、本人は西ロンドン内での自身の立ち位置(『中央でも周縁でもない』)を示すと2022年インタビューで語った。もう一つ:PinkPantheress は本人がインタビューで語ったように、Bath 大学在学中に SoundCloud で楽曲投稿を始めた際、90-00年代の UK ガラージ・楽曲を意図的にサンプリング材料として選び、両親世代の音楽的記憶を Z 世代の耳に翻訳する戦略を取った。彼女の《Boy's a Liar Pt. 2》(2023) のオリジナル・ヴァージョン《Boy's a Liar》(2022) は Ice Spice 参加以前は英国内でしか流通していなかったが、Ice Spice 参加版で米国主流ポップに接続したのは Interscope Records の戦略的な判断だった。

同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル

イギリス · 2020年前後 (±25年)