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ヒップホップ・R&B

フレンチトラップ

French Trap

パリ / マルセイユ / ブリュッセル / フランス / 西欧 · 2015年〜

別名: Trap Français / Rap Français Nouvelle Vague / French Trap-Rap

2015年以降のフランス+ベルギー仏語圏で、Booba を先駆けに PNL・Ninho・SCH・Damso・Jul が確立した808トラップ×verlan スラング×オートチューンのラップ様式。

どんな音か

フレンチトラップの音は、アメリカ合衆国 Atlanta trap を聴き慣れた耳には最初「音色は同じで言語だけ違う」と感じられるかもしれない。それは半分正しい。技術的な骨組みは Atlanta 系と共有され、808 sub-bass、TR-808 のスネアとクラップ、triplet hi-hat、そして AutoTune の恒常使用がフレンチトラップも支える。しかし語られる言葉と感情の質感は決定的に異なる。PNL の兄弟が歌う《Le Monde ou Rien》(2015)を聴くと、パリ南郊 Corbeil-Essonnes の路上の孤独と、コルシカ系父親の物語、アルジェリア系母親の物語、そしてフランス社会の内側に外部者として在ることの感覚が、メランコリックなオートチューンの旋律線に載せられている。SCH のマルセイユ・シチリア系マフィオーソ美学、Damso のベルギー・コンゴ系ラッパーの息で詰めた囁き、Jul のマルセイユ訛りの雑多なシンセ・トラップ、そして Booba の90年代 boom-bap 期からの威圧的な低音 —— これら5つの声質と美学の並存が、フレンチトラップの多様性を定義する。

生まれた背景

決定的な起点は2015年、PNL(兄弟デュオ Ademo と N.O.S.、パリ南郊 Corbeil-Essonnes 出身)のミックステープ《Le Monde Chico》とそのシングル《Le Monde ou Rien》の YouTube 大ヒットで、彼らのアルジェリア移民背景、コルシカ人の父の物語、そしてメランコリックなオートチューン+808 の組み合わせがフランス語ラップの完全な世代交代を告げた。同時期に Ninho(1996-、パリ・エソンヌ、コンゴ系)がストリート・ラッパーとして頭角を現し、SCH(1993-、マルセイユ、シチリア系移民)が《A7》(2015)でマフィオーソ美学を持ち込んだ。決定打は Booba(1976-、ブローニュ=ビヤンクール、セネガル系)が90年代 rap français から一気に trap 様式へ移行した2010年代半ばの一連の作品《Nero Nemesis》(2015)、《Trône》(2017)、《Ratpi World》(2018)で、彼の存在がフランス旧世代の rap français と新世代の french trap を接続する役を果たした。Damso《Ipséité》(2017)、Ninho《Destin》(2019、仏ダイヤモンド)、Jul《La Machine》(2021)がそれぞれの様式を頂点まで書ききった。

聴きどころ

第一に、フランス語の音節構造との噛み合わせ。仏語は英語と違って母音の伸ばしとリエゾンが多いため、triplet hi-hat の細かい下敷きの上に「Booba」「Sombré」「Nommé」など2音節ずつが載る独特のフローが生まれる。第二に、verlan スラング(音節逆転)の頻用。「meuf」(femme=女性)、「keuf」(flic=警官)、「reuf」(frère=兄弟)といった逆転語がリリックに恒常的に現れる。第三に、多言語混入。北アフリカ・アラビア語(「hbibi」「wallah」)、リンガラ語(コンゴ)、そしてマルセイユ語のイタリア借用が頻出する。第四に、AutoTune の音色化。アメリカ合衆国 trap では AutoTune はしばしば技術補助だが、仏語ラップでは意図的に強く効かせて音色そのものとして扱われる(PNL、Damso が顕著)。第五に、SCH のマフィオーソ美学のような、映像文化の内側からの引用(スカーフェイス、ゴッドファーザーへの言及)。

発展

2016-20年、Ninho《Jefe》(2019)がフランスのダイヤモンド(50万枚相当)常連となり、Damso(1992-、コンゴ民主共和国生・ブリュッセル育ち)の《Ipséité》(2017)と《Lithopédion》(2018)がフランス+ベルギー同時1位を獲得、SCH の《JVLIVS》三部作(2018-22)が仏語ラップのマフィオーソ美学を完成させた。Jul(1990-、マルセイユ)は年間5-6枚のアルバムを出す圧倒的な多産で、Marseille アクセントを仏語ラップ全体の当たり前にした。ポップ・クロスオーバーでは Aya Nakamura(1995-、マリ生・オルネー=スー=ボワ育ち)の《Djadja》(2018)がフランス発の世界的ヒットとなり、フランス語トラップの女性ポップ側の顔になった。2020年代後半には Central Cee(英国)や Rema(ナイジェリア)との仏語圏コラボ、そして Werenoi や La Mano 1.9 のような新世代の頭角が続いている。

出来事

  • 2015: PNL《Le Monde Chico》
  • 2015: Booba《Nero Nemesis》
  • 2015: SCH《A7》
  • 2016: PNL《Le Monde ou Rien》YouTube 3億再生
  • 2017: Damso《Ipséité》
  • 2018: Aya Nakamura《Djadja》(仏発の世界的ヒット)
  • 2019: Ninho《Jefe》(仏ダイヤモンド)
  • 2020: PNL《Deux frères》仏1位
  • 2022: SCH《JVLIVS Prequel》

派生・影響

trap(米国、regional_variant)、french-rap(80-2000年代の umbrella lineage、derived_from)、UK drill および melodic drill と兄弟関係、北アフリカ rai の間接的先祖、Aya Nakamura を通じて afrobeats とも接続。

音楽的特徴

楽器808 sub-bass、Roland TR-808 スネア/クラップ、ハイハット・ロール、シンセパッド、時に北アフリカ/西アフリカ由来のリードシンセ、AutoTune を音色として恒常使用

リズム70-140 BPM、4/4を軸に half-time trap パターン、triplet hi-hat、そして仏語の音節構造に合わせた行末の音節分断

代表アーティスト

  • Boobaフランス · 1994年〜
  • Julフランス · 2013年〜
  • Ninhoフランス · 2013年〜
  • PNLフランス · 2014年〜

代表曲

その後の代表曲

日本との関係

日本のリスナーにとってフレンチトラップは、Spotify と YouTube を通じて出会う音楽で、ライブ体験の場は限られている。PNL は極端に少ないメディア露出で知られ、フランス国内でもライブがほぼないため、日本ツアーの可能性は現実的にはない。一方 Aya Nakamura(1995-、マリ生・オルネー=スー=ボワ育ち)の《Djadja》(2018)と《Copines》(2018)は、TikTok と YouTube のバイラルを通じて日本の Z 世代に到達しており、彼女は現代フランスのアイコンとして日本のファッション・音楽メディアに定着している。Damso と SCH の楽曲は日本の Spotify フランス プレイリスト経由で聴かれることが多く、Ninho は仏語ラップに関心を持つ日本ヒップホップ・ヘッズが最初に触れる名前の一つとなっている。日本ヒップホップ研究者の間では、仏語ラップの2015年以降の trap 移行は、アメリカ合衆国の trap 波及の国別事例として比較研究の対象となっている。

初めて聴くなら

まず PNL《Le Monde ou Rien》(2015)から。フレンチトラップの起点作の一つで、YouTube のミュージック・ビデオ(パリ南郊の街並みを走る映像)まで含めて完全体。次に PNL《Au DD》(2019)で、彼らの2019年時点の頂点作を体験。それから Ninho《Jefe》(2019)、Damso《N. J Respect R》(2020)、SCH《Pour de vrai》(2018)を順に聴くと、5つの主要様式(PNL のメランコリック、Ninho の低い落ち着き、Damso の囁き、SCH のマフィオーソ、Jul のマルセイユ雑食)が並列で見える。Booba《Ratpi World》(2018)は世代を接続する参照点として重要。ポップ・クロスオーバー側では Aya Nakamura《Djadja》(2018)と《Copines》(2018)。

豆知識

PNL の N.O.S. と Ademo はロマンス小説家のような大きな都市伝説的存在で、彼らはインタビューに応じず、ライブもほぼしない。彼らの2019年アルバム《Deux frères》は仏国内1位を獲得したが、それでもプロモーションのメディア出演は皆無で、YouTube ミュージック・ビデオが唯一の彼らの公的な露出だった。この徹底したメディア忌避は、フランスのラッパー像を根本から変えた。もう一つ:Damso はブリュッセルの街のスカールベーク地区で幼少期を過ごし、母語はフランス語だがコンゴ民主共和国のリンガラ語も理解する。彼の《Ipséité》(2017)のタイトルはラテン語で「自己性・アイデンティティ」を意味し、フランス語ラップに哲学的タイトルを持ち込んだ嚆矢となった。彼の低くて息で詰める発声法は、当初「不健康な喉」を心配する声もあったが、これは意図的な音色設計であることが後に本人によって明かされている。

同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル

フランス · 2015年前後 (±25年)