コリードスがストリーミングを乗っ取った日
国境の物語歌がZ世代の世界チャートに現れるまで
伝統・民族ヒップホップ・R&B
コリードとは、そもそも新聞だった
2023年、スペイン語のある曲がSpotifyの世界デイリー・チャートで首位を取った。歌っていたのはメキシコの20代、ペソ・プルーマ。アコーディオンとギターの生演奏に、太いベースが乗る。多くのリスナーにとっては初めて聴く音だったが、その骨格は100年以上前からメキシコにあったものだ。
まず「コリード」から説明しておきたい。コリードとは、メキシコの物語歌のことだ。ラジオもテレビもなかった時代、識字率も高くなかった土地で、誰かの武勇伝や事件、革命の顛末を、韻を踏んだ歌詞にして人から人へ伝える——コリードは娯楽であると同時に、庶民にとっての新聞であり歴史書だった。1910年代のメキシコ革命では、パンチョ・ビリャらの戦いがそのままコリードになって国中に広まった。
重要なのは、コリードが最初から「実在の人物の実話を、三人称で淡々と語る」形式だった点だ。恋の歌ではない。誰それがどこで何をして、どう死んだか。この報道めいた語り口こそ、のちに「麻薬密売人を主人公にした歌」ナルココリードへと直結し、さらに現代のコリードス・トゥンバドスの核にもなっていく。
国境が生んだアコーディオンの音
コリードを運ぶ器となったのが、メキシコ北部・国境地帯の音楽「ノルテーニョ」だ。19世紀後半、テキサスやメキシコ北部に入植したドイツ系・ポーランド系・チェコ系移民が、アコーディオンとポルカやワルツのリズムを持ち込んだ。それが現地のメキシコ音楽と混ざり、アコーディオンと、低音を刻む12弦ギター「バホ・セスト」を核とするノルテーニョが生まれた。ヨーロッパの蛇腹楽器とメキシコの物語歌が、国境という場所で出会ったのだ。
このノルテーニョを、単なる田舎の民俗音楽から、国境の両側に暮らす人々の生活そのものを歌う存在へ押し上げたのが、ロス・ティグレス・デル・ノルテだった。1970年代以降、彼らは麻薬密売、貧困、そして何より「アメリカ合衆国への越境」を正面から歌った。
下の一曲は、その到達点の一つ。曲名は「黄金の檻」。アメリカ合衆国で何年も不法移民として働き、金は稼げたが、故郷にも帰れず、暮らす国には根を張れない——豊かさが檻になった移民の孤独を、報道のように冷静に描く。派手なビートも決めゼリフもない。だが、国境の物語歌がここまで人の現実に食い込めるという証明であり、のちの世代が受け継ぐ「実話を語る」という背骨は、すでにここに完成している。
18歳が、アコーディオンに808を足した
サウンドが決定的に変わる前に、2010年代のメキシコ音楽の地形を一つ押さえておきたい。この頃すでに、レゲトンやラテン・トラップといった都市のヒップホップ系サウンドが、ラテンアメリカ合衆国の若者の共通言語になっていた。アトランタ発のトラップが持つ、腹に響く808ベースと細かく刻むハイハットは、スペイン語圏でもすっかり日常の音だった。
そこへ、メキシコ北西部ソノラ出身の10代、ナタナエル・カノが現れる。彼がやったのは驚くほど単純な足し算だった。祖父母の世代が聴いていたアコーディオンとバホ・セストの生演奏はそのまま残し、そこにトラップのビート感覚と、若者のスラングやドラッグ、ブランド名まみれの歌詞を重ねた。彼はこれを自ら「コリードス・トゥンバドス」と呼んだ。「トゥンバド」はだらしなく寝そべった、脱力した姿勢のニュアンスで、伝統のコリードをソファに沈み込ませたような気だるさが名前に込められている。
下の一曲が、その号砲となった。バッド・バニーを客演に迎えたことで、伝統音楽の枠を超え、ラテン・トラップのリスナーへ一気に届いた。聴けば分かるのは、鳴っている楽器はほとんど昔ながらのノルテーニョのままだということだ。新しいのは音色ではなく、態度と、それを聴く耳のほうだった。
アルゴリズムが国境を消す
カノが器を作ると、あとは各地の若手が一斉に走り出した。中でもグアダラハラ出身のペソ・プルーマは、2023年に世界を一変させた。彼の「Ella バイラ Sola」はビルボードのグローバル・チャート上位に食い込み、スペイン語かつアコーディオン入りのメキシコ音楽が、英語ポップと同じ土俵で世界的ヒットになるという、それまで考えにくかった事態が起きた。同じ年、彼はレヒオナル・メヒカーノ(コリードス系)のアーティストとして初めてアメリカ合衆国の深夜トーク番組の音楽ゲストを務めた。
この爆発を可能にしたのは、シカゴ・ドリルのときと同じ装置——ストリーミングとYouTubeだった。かつてノルテーニョは、国境をまたいで暮らすメキシコ系移民のコミュニティの中だけで、CDや地方ラジオを通じて回っていた。ところがアルゴリズムは出身地を問わない。ロサンゼルスの再生履歴とメキシコシティのそれが同じ推薦エンジンに流れ込み、国境は聴取データの上で意味を失った。カノやフエルサ・レヒダのような、アメリカ合衆国側で育ったメキシコ系の若者が牽引したのも偶然ではない。彼らは最初から国境の両側を一つの市場として生きていた。
もっとも、コリードが常に称賛だけを受けてきたわけではない。麻薬組織を英雄的に描くその内容ゆえに、メキシコのいくつかの州では公共の場での演奏が規制され、脅迫を受けた歌手が公演を取りやめる事態も起きている。100年前、革命の英雄を歌って広まった物語歌は、いまも実在の危険な人物を三人称で語り続けている。変わったのは、その報道が808のベースに乗り、地元のラジオではなく世界のスマートフォンに届くようになったこと——ただそれだけだ。そして、その一点が、国境の裏道の音楽を世界の音楽に変えた。
