トルコ90年代ポップ
Sezen Aksuを設計者に、Tarkan『Şımarık』1997を頂点とした、トルコ・ポップ黄金期の様式。
まずはここから
ひとことで言うとSezen Aksuを設計者に、Tarkan『Şımarık』1997を頂点とした、トルコ・ポップ黄金期の様式。
まずはこの曲からAjda Pekkan — Petrol ▶ YouTube
代表的な人Ajda Pekkan
どんな音か
トルコ90年代ポップは、シェゼン・アクスを作家/プロデューサーの中心軸に、Tarkan、Sertab Erener、Aylin Aslım、Levent Yükselら世代を国民的スターに押し上げたポップの様式を指す。編成はプログラミングされたドラム、シンセベース、ストリングス・パッド、時にエレキ・ギターのアタックとダルブッカ(逆さ杯型ドラム)、そしてバーラマ(サズ)の高音ラインを乗せる。ボーカルはアラベスク由来の細やかな装飾(gargara=一音上のトリル)と、西欧ポップの直進的な発声を切り替える二重技法が特徴だ。BPMは90-130、フォーマットはユーロダンス寄りの4/4か、アラベスク由来の9/8アクサック(2+2+2+3)を切り替える。プロダクションはギリシャ、ブルガリア、ドイツ(トルコ系)の外部ミキサーとも協働し、トルコ市場を越えたバルカン/地中海全域リリースを最初から想定した設計になっていた。
聴きどころ
Tarkan『Şımarık』(1997)は口笛のフックと『öp öp öp öp』(キスキスキスキス)というキャッチーなサビが表面的な入口だが、バックのビートに注意すると9/8のアクサック(2+2+2+3)がユーロダンス的な4/4の中に組み込まれていることが分かる。これがトルコ・ポップの旋律的DNAで、単なる西欧ポップのコピーではない証拠だ。Sezen Aksu『Firuze』(1984)は彼女の作家性の起点で、シンセ・ストリングスとバーラマの高音が対話する構造が、以降40年のTurkish popの型になった。Sertab Erener『Everyway That I Can』(2003)は英語詞だが、サビの装飾でトルコ的な半音階の粘りが顔を出す瞬間があり、Eurovision欧州観客に「異国感」として届いた要素はそこだ。Ajda Pekkan『Bambaşka Biri』(1977)は70年代仏語シャンソン系アレンジで、90年代Turkish popの祖先形として位置づけられる。
初めて聴くなら
最初はTarkan『Şımarık』(1997)、これは世界共通の入口。次に『Kuzu Kuzu』(2001)、彼のキャリアの二次的な頂点。Sezen Aksu『Firuze』(1984)は彼女の作家性の起点として重要。同じくSezen Aksu『Işık Doğudan Yükselir』(1995)はより成熟した後期の代表作。Sertab Erener『Everyway That I Can』(2003)はEurovision優勝曲として一度は聴いておきたい。Ajda Pekkan『Bambaşka Biri』(1977)は70年代シャンソン寄りアレンジで、時代の空気が体感できる。深夜のドライブか、ケバブ屋の店内BGM的な文脈で聴くのが向いている。
代表アーティスト
- Ajda Pekkan
- Sertab Erener
- Kenan Doğulu
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- Mustafa Sandal
- İrem Derici
- Simge
- Aleyna Tilki
代表曲
- Ajda Pekkan — Petrol (1974)
- Ajda Pekkan — Bambaşka Biri (1977)
- Sezen Aksu — Firuze (1982)
もっと見る(あと6件)
- Tarkan — Şıkıdım (Hepsi Senin Mi?) (1994)
- Sezen Aksu — Işık Doğudan Yükselir (1995)
- Mustafa Sandal — Aya Benzer (1998)
- Tarkan — Kuzu Kuzu (2001)
- Sertab Erener — Everyway That I Can (2003)
- Kenan Doğulu — Shake It Up Şekerim (2007)
生まれた背景
シェゼン・アクス(1954年 デニズリ生)は1975年デビューだが、彼女の作家・プロデューサーとしての設計期は1980年代半ばに始まる。1984年『Firuze』は自作曲での初の記念碑的ヒットで、以降『Sen Ağlama』(1984)、『Söylüyorum Sözümü』(1988)、『Gülümse』(1991)と続くアルバム群でトルコ・ポップの現代的テンプレートを一人で書いた。
音楽的特徴の詳細
楽器プログラミング・ドラム、シンセ、ストリングス、ダルブッカ、バーラマ(サズ)、時にオード(ウード)、エレキ・ギター、ボーカル
リズム西欧ポップの4/4、9/8アクサック(2+2+2+3)、時に7/8、ユーロダンス寄りの128BPM
発展
『Şımarık』は口笛のフックと『öp öp öp öp』(キスキスキスキス)というキャッチーなサビで、1998-99年に欧州各国でチャート入り、ドイツ8位、フランス3位、イタリア5位、そして2002年にホリー・ヴァランスによる英語カバー『Kiss Kiss』が全英1位となり、この英語版経由でも原曲がトルコ発だと世界に伝わった。Sertab Erener(1964年 イスタンブール生)はSezen Aksuに10代で発掘され、2003年のEurovision Song Contestで英語曲『Everyway That I Can』を歌い、トルコに同大会初優勝をもたらした。同世代にAjda Pekkan(1946年生の1970年代からの女性シンガー、90年代も現役)、Mustafa Sandal、Kenan Doğulu、Levent Yüksel、Nilüferが並び、Turkish popの国際的な露出は最盛期を迎えた。
出来事
- 1984: Sezen Aksu『Firuze』
- 1990: 私営放送解禁
- 1992: Tarkan 1st『Yine Sensiz』
- 1997: Tarkan『Şımarık』(『Ölürüm Sana』収録)
- 1999: 『Şımarık』欧州各国チャートイン
- 2003: Sertab Erener、Eurovision優勝
派生・影響
現代のturkish-popとturkish-rapに直接接続。Sezen Aksu作曲のスタンダードが2020年代のポップ/ラップの客演でサンプルされる。
その後の代表曲
- İrem Derici — Kalbimin Tek Sahibine (2014)
- Aleyna Tilki — Cevapsız Çınlama (2016)
- Simge — Miş Miş (2016)
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- Tarkan — Geççek (2022)
日本との関係
Tarkan『Şımarık』は1998-99年の日本のクラブ/レストランで実際に流れた、90年代Turkish popが日本の一般聴衆に届いた唯一の瞬間だ。CanCam、ViViなど当時のファッション誌でも「キス・キス・ソング」として紹介された。ホリー・ヴァランス『Kiss Kiss』(2002、英語カバー、全英1位)を経由して日本の音楽番組にも登場したが、多くの日本人視聴者は原曲がトルコの曲だと知らないままだった。Sertab Erenerの2003年Eurovision優勝は、日本ではNHK BSのニャック・ハイゴアイ番組で放送された程度で、大衆的浸透はなかった。Ajda Pekkanは1970年代に一度、日本のTV番組(『芸能ゴシップ』系)に登場した記録があるが、これは彼女のバカンス旅行の一環で、音楽的な紹介ではなかった。日本の一般Turkish pop認知は事実上『Şımarık』一曲に依存している。
豆知識
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感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル
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