WorldMusic

ポップ

トルコ・ポップ

Turkish Pop / Trap

トルコ / 中東・北アフリカ · 1960年〜

別名: Anadolu pop / Arabesk

トルコのAnadolu-pop(Ajda Pekkan、Sezen Aksu)から現代のTurkish trap(manifest、Ezhel)まで。Arabeskは中高年層の音楽として並行。

まずはここから

ひとことで言うとトルコのAnadolu-pop(Ajda Pekkan、Sezen Aksu)から現代のTurkish trap(manifest、Ezhel)まで。Arabeskは中高年層の音楽として並行。

まずはこの曲からSezen AksuHadi Bakalım ▶ YouTube

代表的な人Ajda Pekkan

どんな音か

Turkish popはSezen Aksuを作家/プロデューサーの中心軸に、Tarkanを国際的アイコンに、そしてEzhelら2010年代後半以降のトラップ世代を最新の担い手として展開している、トルコ最大の商業音楽ジャンルだ。表面的には西欧ポップの4/4の骨格を持つが、旋律の随所にアラベスク由来の半音階的な粘り(gargara=一音上のトリル)と、アナトリア民謡由来の9/8アクサック(2+2+2+3)が顔を出す。編成はプログラミング・ドラム、シンセベース、ストリングス・パッドに、バーラマ(サズ、長棹リュート)の高音ラインとダルブッカ(逆さ杯型ドラム)を乗せる。2010年代後半以降は808キック+16分ハイハットのUS Southern trap的なプロダクションが主流になり、Ezhel、Ben Fero、Reynmenらがラップと歌の境界を意図的に曖昧にした。ボーカルは西欧ポップの直進的な発声とアラベスクの装飾的な歌唱を切り替える二重技法が特徴。

このジャンルを特徴づける代表的なリズムパターン。再生ボタンでループ再生し、下のリズム譜で今どの拍が鳴っているかを確認できます。

カハルワ · 100 BPM

聴きどころ

Tarkan『Şımarık』(1997)を聴くとき、口笛のフックの表面的なキャッチーさより、バックのビートに注意してほしい。9/8のアクサック(2+2+2+3)がユーロダンス的な4/4の中に組み込まれており、これがTurkish popの旋律的DNAだ。Sezen Aksu『Firuze』(1984)は彼女の作家性の起点で、シンセ・ストリングスとバーラマの高音が対話する構造が、以降40年の型になった。Sertab Erener『Everyway That I Can』(2003)は英語詞だが、サビの装飾でトルコ的な半音階の粘りが顔を出す。2010年代後半以降のEzhel『Şehrimin Tadı』(2018)は、Aメロで低音の朗読、サビで突然アラベスク歌唱に切り替わる二段構えで、Sezen Aksuの声のDNAとトラップのビートを同居させる。

初めて聴くなら

40年史を一晩で通貫するなら、まずSezen Aksu『Firuze』(1984)から。次にTarkan『Şımarık』(1997)、これは世界共通の入口。Sertab Erener『Everyway That I Can』(2003)、Ajda Pekkan『Bambaşka Biri』(1977、70年代シャンソン系の祖先形)、そして2010年代のEzhel『Şehrimin Tadı』(2018)。5曲でSezen Aksu以降のTurkish pop産業の骨格が掴める。深夜のドライブ、あるいはケバブ屋の店内BGM的な文脈で聴くのが向いている。

代表アーティスト

  • Ajda Pekkanトルコ · 1963年〜
  • Sezen Aksuトルコ · 1975年〜
  • Sertab Erenerトルコ · 1989年〜
もっと見る(あと4件)
  • Tarkanトルコ · 1992年〜
  • Kenan Doğuluトルコ · 1993年〜
  • Mustafa Sandalトルコ · 1994年〜
  • Ezhelトルコ · 2017年〜

代表曲

生まれた背景

現代Turkish popの起点は1980年代半ばのSezen Aksu(1954年 デニズリ生)の作家・プロデューサーとしての設計期にある。1984年『Firuze』は彼女の自作曲による初の記念碑的ヒットで、以降『Söylüyorum Sözümü』(1988)、『Gülümse』(1991)と続くアルバム群でトルコ・ポップの現代的テンプレートを一人で書いた。

続きを読む

彼女は同時に若手のメンター/プロデューサーとして機能し、10歳のTarkan Tevetoğluを1990年代前半に発掘、1992年の1st『Yine Sensiz』を経て1997年『Ölürüm Sana』アルバム収録の『Şımarık』でTarkanを国際市場へ押し出した。『Şımarık』は口笛のフックで欧州各国のチャートに入り、2002年ホリー・ヴァランス『Kiss Kiss』英語カバーで全英1位。同世代にSertab Erener(2003 Eurovision優勝)、Ajda Pekkan(70年代の女性スーパースターが90年代も現役)、Mustafa Sandal、Kenan Doğuluが並び、Turkish popの国際的な露出は最盛期を迎えた。2017年以降、Ezhelがアラベスク歌唱とトラップを結合させ、シーンの重心がラッパー主導へと移った。2025年のZ世代ガールグループmanifestとAjda Pekkanのコラボ『Hileli』はSpotifyトルコ1位となり、世代横断のクロスオーバーが定期的にチャートを支配する構造が定着している。

日本との関係

Tarkan『Şımarık』は1998-99年の日本のクラブ/レストランで実際に流れた、Turkish popが日本の一般聴衆に届いた唯一の瞬間だ。ホリー・ヴァランス『Kiss Kiss』(2002、英語カバー、全英1位)を経由して日本の音楽番組にも登場、当時のファッション誌でも「キス・キス・ソング」として紹介された。ただし多くの日本人視聴者は原曲がトルコの曲だと知らないままだった。日本トルコ料理店(新大久保、中野、御徒町)ではTurkish popが日常的なBGMとして流れる場面が増えており、Tarkan、Sezen Aksu、Ezhel、Mustafa Sandalの楽曲は日常の音風景として定着しつつある。2020年代のZ世代Turkish trap(Ezhel、Ben Fero、UZI)はTikTok経由で日本の一部の若い層にも間欠的に届いている。

豆知識

Sezen Aksuは2022年、旧約聖書の人物を歌詞で揶揄したとして宗教保守派から脅迫を受け、コンサートを一時中止する事態となった。世俗主義と宗教保守派の分断そのものをポップ歌手が体現する事態は、この国の音楽文化の重さを物語る。

続きを読む

Tarkanは1972年ドイツ・アルツェンハイム生まれの在独トルコ人二世で、10代で家族と共にトルコに帰国、Sezen Aksuに発掘された。この「ドイツ・ディアスポラ帰還者」という背景が、彼の欧州展開への足がかりでもあった。Sertab Erenerの2003年Eurovision優勝曲が英語だったことは、トルコ国内で「なぜトルコ語で歌わなかったのか」という激しい論争を呼び、彼女は数年にわたって非愛国的だという批判を受けた。2025年のmanifestとAjda Pekkanの『Hileli』は79歳の伝説的歌手と結成2年目のガールグループの世代横断コラボで、Spotifyトルコで1日100万再生を超えSpotify Türkiye Weekly Top Songs Chart 1位を獲得、Turkish popが世代を越えて再定義され続けていることを示した。

影響・派生で結ばれたジャンル

系譜図を見る
ジャンル関係図1950年代1960年代1980年代1990年代2000年代トルコ・ポップトルコ・ポップポップポップトルコ90年代ポップトルコ90年代ポップトルコラップトルコラップトラップトラップ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
トルコ・ポップを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

トルコ・ポップ の系譜全体図(多段)を見る

感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル

トルコ・ポップが好きな人は、この6つも刺さる可能性が高いです。系譜図には出てこない、意外な隣人たち。

関連ジャンルを探す

トルコ · 1960年前後 (±25年)