スーフィー・ロック
スーフィー詩と歪んだエレキギターの融合。1997年 Junoon『Azadi』収録の『Sayonee』が実質的な原型。
どんな音か
スーフィー・ロックは、スーフィー詩の伝統(Rumi、Bulleh Shah、Amir Khusrau、Sultan Bahu、Waris Shah)を歌詞の主題としつつ、歪んだエレキギター+ベース+ドラム+時にラバブ/タブラのバンド編成で演奏するスタイルを指す。パキスタン・ロックの内部から派生した独立系の系譜で、1997年 Junoon の『Sayonee』(心の伴侶、4thアルバム『Azadi』収録)が実質的な原型となった。編成は Junoon の三人組(Salman Ahmad ギター、Ali Azmat ボーカル、Brian O'Connell ベース)を典型例に、歪んだギター・リフの上にウルドゥー/パンジャブ/ペルシア語のスーフィー詩が乗る。テンポは 90-120 BPM、リズムはロックの4/4を土台に、カッワーリー由来の ガザル 拍子や Dadra(6拍子)が挟まる。ヴォーカルは Ali Azmat のようにハスキーで力強い男性テナーが基本で、時にカッワーリー歌手(Nusrat Fateh Ali Khan、Rahat Fateh Ali Khan、Sanam Marvi)が客演として加わる。
生まれた背景
決定打は1997年、Junoon の4thアルバム『Azadi』(自由)に収録された『Sayonee』(心の伴侶)だった。前作1996年『Inquilaab』(革命)で提示したスーフィー詩+ロックの路線が完成した曲で、Salman Ahmad(1963-、ラホール生・NY 育ち)が Bulleh Shah(1680-1757、パンジャブのスーフィー詩人)の詩を主題にしたリフを書き、Ali Azmat のシャウトがそれを乗せた。曲は EMI パキスタンから発売され、パキスタン国内で50万枚、インドで100万枚、南アジア全域で数百万枚を売った。Junoon は1998年5月の印パ核実験(5月11日インド、5月28日パキスタン)の1週間後にインド公演を強行、両国国境を越えた「反戦のスーフィー・ロック」というイメージを固めた。Salman Ahmad は Nusrat Fateh Ali Khan の甥にあたる Rahat Fateh Ali Khan とも1996年以降頻繁に共演している。
聴きどころ
Junoon『Sayonee』のリフを聴いてほしい。Salman Ahmad は Bulleh Shah のパンジャブ詩「Sayonee mera dil」(愛する友よ、私の心が)を主題に、B マイナーの5音符リフを書いた。このリフの3-5-1-5-3 の音の並びは、パンジャブ民謡『Heer』の伝統的なフレーズに由来する。歌詞は Bulleh Shah の詩を Junoon のギタリストが Ali Azmat 用に整理したもので、原詩の18世紀パンジャブ語を現代パンジャブ語+ウルドゥー語に翻訳している。Ali Azmat のシャウトは、Bruce Springsteen 譲りの声の張り方と、カッワーリー歌手の朗詠が混じった独特の質感で、これがスーフィー・ロックの声の型を決めた。『Bulleya』(1996)は同じアルバムからの続編で、Bulleh Shah の別の詩を主題にした姉妹曲。
発展
2000年代に入ると、Junoon 単独のプロジェクトから、より広い「スーフィー詩を歌詞に持つロック/ポップ」の総体へと拡張された。Sain Zahoor(パンジャブのスーフィー・ファキール歌手)と Rohail Hyatt のコラボが Coke Studio Season 1 で『Aik Alif』として発表され、伝統的なスーフィー歌唱とバンド編成の折衷が主流化した。同時期、Fuzon の Shafqat Amanat Ali、Meekal Hasan Band、Alif(Mohammad Muneem のプロジェクト)がそれぞれのスタイルでスーフィー・ロックを拡張した。2010年代以降、Coke Studio が「スーフィー・ロック的融合」を標準フォーマットにしたことで、独立ジャンルとしての Sufi Rock は次第に Coke Studio 系フュージョンに吸収されていった。
出来事
- 1996: Junoon『Inquilaab』
- 1997: Junoon『Azadi』『Sayonee』
- 1998: Junoon インド公演
- 2008: Coke Studio Season 1『Aik Alif』(Sain Zahoor)
- 2010年代: Coke Studio 経由での主流化
派生・影響
パキスタン・ロックの直接の派生。カッワーリーとの融合(fused_with)。Coke Studio Pakistan の中核的フォーマットの一つ。
音楽的特徴
楽器エレキギター(歪み)、エレキベース、ドラム、時にラバブ、タブラ、ハルモニウム、ボーカル
リズムロックの4/4、カッワーリー由来の Ghazal 拍子、Dadra 6拍子、Kaharwa 8拍子
代表アーティスト
- Salman Ahmad
- Junoon
代表曲・古典
Bulleya — Junoon (1996)
Sajna — Junoon (1997)
Sayonee — Junoon (1997)
Ghoom — Junoon (1999)
日本との関係
スーフィー・ロックと日本の直接の交流は薄いが、間接的な接続はある。Junoon は日本公演を行っておらず、日本の音楽ジャーナリズムでも1990-2000年代を通じてほぼ紹介されなかった。ただし2010年代以降、Nusrat Fateh Ali Khan の Peter Gabriel 系録音を通じて南アジアのスーフィー音楽に興味を持った日本のリスナーが、遡って Junoon を発見する経路が生まれている。Salman Ahmad は2010年に自伝『Rock & Roll Jihad』(英語)を出版、これが日本の一部の音楽ジャーナリストに紹介された。彼が国連親善大使として来日した記録はある(2010年前後の UN Development Programme イベント)。
初めて聴くなら
最初は Junoon『Sayonee』(1997、『Azadi』収録)、スーフィー・ロックの原型。続けて『Bulleya』(1996、『Inquilaab』収録)、Bulleh Shah 詩の姉妹曲。1990年代の Junoon サウンドをまとめて聴きたいならアルバム『Azadi』(1997)が入口として最良だ。深夜、ヘッドホンで、ウルドゥー/パンジャブ語の詩の意味は分からなくても、ギター・リフの反復とヴォーカルのシャウトが体に届く。
豆知識
Junoon の Brian O'Connell(ベース)は米国生まれのアメリカ合衆国人で、1970年代にニューヨーク州立大学タリータウン校で Salman Ahmad と出会って友人になり、後にラホールに移住して Junoon 結成に参加した稀な経歴を持つ。彼はパキスタン国籍を取得し、以後20年以上ラホールに住み続けた。Salman Ahmad は Junoon 活動と並行して国連親善大使(HIV/AIDS 対策)としても活動、Wife は Samina Ahmad(HIV/AIDS 啓発活動家)。Ali Azmat は2005年 Junoon 解散後、ソロ活動を続け、2015年 コークスタジオ・パキスタン Season 8 で復活公演を行った。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- ポップパキスタン・ポップ
- 伝統・民族ウルドゥー・インディー
