朗詠
漢詩や和歌の一節を雅楽編成で吟詠する歌物雅楽。
まずはここから
ひとことで言うと漢詩や和歌の一節を雅楽編成で吟詠する歌物雅楽。
どんな音か
漢詩の一節を、旋律を付けてゆったりと吟じる。音の動き方は今日の歌謡とは大きく違い、一つの音節を引き伸ばしながら音程を微妙に変化させていく。雅楽の管弦が支えるとはいえ、主役はあくまで吟じる声で、笙や篳篥の音は歌声の背後に遠く聴こえる霞のようだ。テンポは拍を測るというより、詩の言葉の重さに従って伸縮する。演奏者が一人で歌うこともあれば、複数が一緒に吟じることもある。
聴きどころ
一つの漢字がどれほど長く引き伸ばされるかに注目してほしい。音節の長さが西洋音楽とは別の時間軸で動いている。篳篥(ひちりき)の音は葦製のリードを通す細い音で、独特の引っかかるような倍音がある。それが声と混ざると、室内の空気が変わるような感覚がある。
初めて聴くなら
宮内庁楽部による録音がNHKアーカイブや一部のCD(例:コロムビアの雅楽シリーズ)に収録されている。まず短い曲から聴き、声が音節をどのように処理しているかを追う。漢詩の内容を日本語訳で確認してから聴くと、音楽の輪郭がつかみやすい。
生まれた背景
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和歌を同じ形式で吟じる「和歌朗詠」も平行して発展した。平安貴族にとって漢詩を雅楽に合わせて歌う能力は教養の証で、宴や月見の席で即興的に披露された。鎌倉時代以降は貴族社会の衰退とともに縮小したが、宮内庁式部職楽部で現代も伝承されている。
音楽的特徴の詳細
楽器笙、篳篥、龍笛、声
リズム自由律、長母音の引き伸ばし、漢詩・和歌詞章
発展
中世以降、催馬楽とともに歌物雅楽として伝承された。武家社会では朗吟・詩吟の文化に流れ込み、近世の漢学者の素養として広まった。明治以降は宮内庁楽部で伝承が継続している。
出来事
- 10世紀末: 朗詠曲の形式確立。
- 1013年頃: 藤原公任『和漢朗詠集』成立。
- 中世: 武家社会で詩吟文化に影響。
- 明治期: 宮内省楽部で継承。
- 2009年: 雅楽としてユネスコ無形文化遺産登録。
派生・影響
近世の詩吟・吟詠の源流の一つとされ、漢詩文化と音楽の架け橋となった。能の謡や仕舞の発声法とも一定の影響関係がある。
日本との関係
豆知識
藤原公任の『和漢朗詠集』は「詩歌の選集」であると同時に「歌われる教科書」でもあった。収録された漢詩句は白居易(白楽天)のものが最も多く、平安貴族の白楽天好みを反映している。
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この集成が後の和歌・連歌にも影響を与えたという意味で、朗詠は平安文学の裏側を支えた形式でもある。
影響・派生で結ばれたジャンル
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