古典

朗詠

Rōei

日本 / 東アジア · 950年〜

別名: Court Recitation Song

漢詩や和歌の一節を雅楽編成で吟詠する歌物雅楽。

どんな音か

漢詩の一節を、旋律を付けてゆったりと吟じる。音の動き方は今日の歌謡とは大きく違い、一つの音節を引き伸ばしながら音程を微妙に変化させていく。雅楽の管弦が支えるとはいえ、主役はあくまで吟じる声で、笙や篳篥の音は歌声の背後に遠く聴こえる霞のようだ。テンポは拍を測るというより、詩の言葉の重さに従って伸縮する。演奏者が一人で歌うこともあれば、複数が一緒に吟じることもある。

生まれた背景

朗詠は平安時代中期(10世紀後半)に宮廷で流行した。中国の漢詩に日本の雅楽旋律を乗せたもので、藤原公任が編んだ『和漢朗詠集』(1013年頃)がその標準的なレパートリーを定めた。和歌を同じ形式で吟じる「和歌朗詠」も平行して発展した。平安貴族にとって漢詩を雅楽に合わせて歌う能力は教養の証で、宴や月見の席で即興的に披露された。鎌倉時代以降は貴族社会の衰退とともに縮小したが、宮内庁式部職楽部で現代も伝承されている。

聴きどころ

一つの漢字がどれほど長く引き伸ばされるかに注目してほしい。音節の長さが西洋音楽とは別の時間軸で動いている。篳篥(ひちりき)の音は葦製のリードを通す細い音で、独特の引っかかるような倍音がある。それが声と混ざると、室内の空気が変わるような感覚がある。

発展

中世以降、催馬楽とともに歌物雅楽として伝承された。武家社会では朗吟・詩吟の文化に流れ込み、近世の漢学者の素養として広まった。明治以降は宮内庁楽部で伝承が継続している。

出来事

  • 10世紀末: 朗詠曲の形式確立。
  • 1013年頃: 藤原公任『和漢朗詠集』成立。
  • 中世: 武家社会で詩吟文化に影響。
  • 明治期: 宮内省楽部で継承。
  • 2009年: 雅楽としてユネスコ無形文化遺産登録。

派生・影響

近世の詩吟・吟詠の源流の一つとされ、漢詩文化と音楽の架け橋となった。能の謡や仕舞の発声法とも一定の影響関係がある。

音楽的特徴

楽器笙、篳篥、龍笛、声

リズム自由律、長母音の引き伸ばし、漢詩・和歌詞章

日本との関係

朗詠は日本固有の声楽ジャンルで、現代でも宮内庁楽部が継承している。宮中行事での演奏がその主な舞台で、一般に公開されることは少ない。ただし古楽・雅楽に関心を持つ演奏家や研究者により、コンサートや録音を通じた普及活動も行われている。

初めて聴くなら

宮内庁楽部による録音がNHKアーカイブや一部のCD(例:コロムビアの雅楽シリーズ)に収録されている。まず短い曲から聴き、声が音節をどのように処理しているかを追う。漢詩の内容を日本語訳で確認してから聴くと、音楽の輪郭がつかみやすい。

豆知識

藤原公任の『和漢朗詠集』は「詩歌の選集」であると同時に「歌われる教科書」でもあった。収録された漢詩句は白居易(白楽天)のものが最も多く、平安貴族の白楽天好みを反映している。この集成が後の和歌・連歌にも影響を与えたという意味で、朗詠は平安文学の裏側を支えた形式でもある。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図700年代950年代朗詠朗詠雅楽雅楽凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
朗詠を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

朗詠 の系譜全体図(多段)を見る

ジャンル一覧へ戻る