パキスタン・ロック
1980年代末〜2000年代のカラチ・ラホールで育った、ウルドゥー語ロック。Vital Signs・Junoon・Strings が三本柱。
どんな音か
パキスタン・ロックは、ウルドゥー語(時に英語混じり)で歌われるロックの総体で、1980年代末のイスラマバード/カラチが独自に育てたバンド文化を指す。三本柱は1986年結成の Vital Signs(Junaid Jamshed、Rohail Hyatt、Shahzad Hassan、Nusrat Hussain)、1990年結成の Junoon(Salman Ahmad、Ali Azmat、Brian O'Connell)、1988年結成の Strings(Bilal Maqsood、Faisal Kapadia)で、これらに Noori、Call、Fuzon、Aaroh、Entity Paradigm(Atif Aslam の初期バンド)が続く。編成はエレキギター+ベース+ドラム+キーボード+ボーカルの4-5人組が基本、Junoon 系ではラバブ/タンブーラ/シタールを常設で加える。歌詞はウルドゥー語で、恋愛だけでなく Zia-ul-Haq 軍政(1977-88)後のパキスタン社会、都市青年のアイデンティティ、時にスーフィー詩を扱う。
生まれた背景
決定打は1987年8月14日(パキスタン独立記念日)、Vital Signs が PTV 独立記念日番組で発表した『Dil Dil パキスタン』(心よ心よパキスタンよ)だった。この曲はパキスタン初のプロ品質のミュージックビデオ(PTV 出資、Shoaib Mansoor 演出)とともに放送され、若者に「パキスタン人がバンドを組んでロックを歌える」ことを見せつけた。Vital Signs の Junaid Jamshed のクリーンなテナーと、Rohail Hyatt の Yamaha DX7 パッドが、当時の中東系ポップ/ボリウッド一色の音風景を一夜で塗り替えた。この曲は BBC が2003年に行った『世界で最も人気のある楽曲』のオンライン投票で3位に選ばれ、南アジア楽曲としては最上位の国際評価を得た。1990年、Salman Ahmad が Vital Signs を離脱し Junoon を結成、1996年『Sayonee』(心の伴侶)でスーフィー詩+ハードロックという「スーフィー・ロック」の型を打ち出した。1998年5月、Junoon がインドで開催したコンサートは、印パ核実験(1998年5月11日と28日)の1週間後という緊張の中で行われ、両国国境を越えた音楽外交として記録に残る。
聴きどころ
Vital Signs『Dil Dil パキスタン』の Junaid Jamshed のヴォーカルは、当時のパキスタン男性歌手が ガザル 型の細やかな装飾を好んだのに対し、意識的にクリーンでストレートな英米ロック的なテナーを選んだ。この「装飾を捨てた声」がパキスタン・ロックの声の型となった。編曲では Rohail Hyatt の Yamaha DX7 のベル・パッドが特徴で、これは同時期のイギリス New Order / Depeche Mode と共通の音色だ。Junoon『Sayonee』のリフは Salman Ahmad が Bulleh Shah の詩を主題に書いたもので、パンジャブ民謡のフレーズを歪んだギターで再構築する型を確立した。Strings『Duur』(2000)は解散後の復活作で、Bilal Maqsood のクリーンなギターと Faisal Kapadia の柔らかいテナーが2000年代のパキスタン・ポップロックの標準サウンドを作った。
発展
1988年結成のカラチのポップロック Strings は、1990年代前半に一度活動休止した後1999年『Duur』で復活、2000年代のパキスタン・ロックを商業的に牽引した。Noori(2001結成、ラホールの Hamza-Ali Abbas 兄弟)、Call(2003結成、イスラマバード)、Fuzon(Shafqat Amanat Ali 率いる古典+ロック融合)、Aaroh、EP(Entity Paradigm、Atif Aslam の出発点)が2000年代前半に層を作った。2007年前後から Coke Studio Pakistan が始まり、多くのロック・バンドがカッワーリー歌手や民俗楽器奏者と共演することで「パキスタン・ロック」という枠組み自体が Coke Studio に吸収されていく。2010年代以降は Atif Aslam の Bollywood 進出、Ali Zafar のインド市場開拓、Sajjad Ali のロック/ガザル折衷で、シーンは単一のロックから多層のクロスオーバーへと再編された。
出来事
- 1986: Vital Signs 結成
- 1987: 『Dil Dil Pakistan』PTV 放送、パキスタン初のプロ MV
- 1990: Junoon 結成
- 1996: Junoon『Inquilaab』
- 1997: Junoon『Azadi』『Sayonee』
- 1998: 印パ核実験、Junoon インド公演
- 2004: Atif Aslam『Aadat』
- 2008: Coke Studio Pakistan 開始
派生・影響
ロック全般の地域的変種(regional_variant of rock)。sufi-rock を直接生む親で、パキスタン・ポップ、coke-studio-pakistan と密接に交差する。
音楽的特徴
楽器エレキギター、エレキベース、ドラム、キーボード、時にタブラ/ラバブ/シタール、ボーカル
リズムスタンダードなロックの4/4、パワーバラードの3/4、時にカッワーリー由来のダドラ/カハルワ、Junoon 系ではケヘルワ系ドローン
代表アーティスト
- Rohail Hyatt
- Salman Ahmad
- Vital Signs
- Junaid Jamshed
- Strings
- Junoon
代表曲・古典
Dil Dil Pakistan — Vital Signs (1987)
Aitebar — Vital Signs (1993)
Sar Kiye Yeh Pahar — Vital Signs (1995)
Duur — Strings (2000)
Sar Kiye Ye Pahar — Strings (2000)
Na Jaane Kyun — Strings (2003)
日本との関係
パキスタン・ロックと日本の直接の交流はかなり限定的だ。Vital Signs も Junoon も日本公演を行っておらず、日本のロック・ジャーナリズムでも1990-2000年代を通じてほぼ紹介されなかった。例外は Atif Aslam で、彼は ボリウッド音楽 映画音楽経由で日本の南アジア系映画配給(IMAGICA、SPACEBOX)を通じて楽曲が届いた。近年、コークスタジオ・パキスタン 経由で YouTube で発見された『Tajdar-e-Haram』(Atif Aslam、2015)が日本の中東音楽好きの間で発見されるルートが生まれている。2022年『Pasoori』のバイラルは日本の一部の TikTok / Twitter コミュニティで拡散したが、日本語の解説記事はまだ少ない。
初めて聴くなら
豆知識
Vital Signs の Junaid Jamshed は2000年代前半に敬虔なイスラム教徒として音楽から引退し、宗教活動家として Ummah Foundation を運営した。2016年12月7日、パキスタン International Airlines PK-661 便のイスラマバード→アボタバード間の墜落事故で死去(52歳)、パキスタン・ロック史の最大の喪失の一つとなった。Junoon の Brian O'Connell は米国生まれのアメリカ合衆国人で、1970年代にパキスタン人友人(Salman Ahmad)と大学で出会って Junoon 結成に参加した稀な経歴を持つ。Strings の Bilal Maqsood は Anwar Maqsood(パキスタンの著名詩人)の息子で、家系的にウルドゥー詩の伝統を継承している。
