コークスタジオ・パキスタン
2008年開始のTV/YouTube音楽番組。カッワーリー・民謡・ロックを一つのステージで融合させる形式。
どんな音か
コークスタジオ・パキスタンは、2008年に開始したパキスタンのTV/YouTube音楽番組が育てた、一つの音楽形式そのものを指す。フォーマットは、毎回1曲について、パキスタン各地の民俗歌手・カッワーリー歌手・ガザル歌手と、ロック/ポップのバンドを同じスタジオに集め、事前リハーサルの上で一発録りに近い形でパフォーマンスする、というものだ。編成はスタジオごとに大きく変わるが、ハウス・バンド(ギター、ベース、ドラム、キーボード、時にストリング・カルテット)+フィーチャー・アーティスト+民俗楽器(ラバブ、シタール、ドラフ、ドール、シェーナーイー)という10-15人編成が標準。ミックスはドライで残響を抑え、各楽器が明瞭に分離する。カメラワークは奏者の指と表情を執拗に捉え、視覚と音の一体化をパッケージ化した点で「音楽番組の型」として世界に影響を与えた。
生まれた背景
決定打は2008年、Rohail Hyatt(Vital Signs のキーボード奏者)が Coca-Cola パキスタン の後援で番組フォーマットを設計し、6月に第1シーズンを放送したことだった。当初は年1シーズン、6-8話構成で、各回3-4組のアーティストがフィーチャーされた。Season 1 で Ali Azmat(Junoon)、Shafqat Amanat Ali(Fuzon)、Rahat Fateh Ali Khan、Mekaal Hasan らが出演し、番組の型が完成した。決定的な楽曲は2010年 Season 3 の Arif Lohar & Meesha Shafi『Alif Allah』(別名『Jugni』)で、パンジャブ民謡と現代編曲の融合が国境を超えて YouTube で拡散、これが Coke Studio という形式の商業的な確立を告げた。2015年、Bilal Maqsood と Faisal Kapadia(Strings)が Rohail Hyatt から番組を引き継いだ。2018年、番組の総合プロデューサーは Xulfi(Zulfiqar Jabbar Khan、Call の元ギタリスト)に交代した。
聴きどころ
コークスタジオ・パキスタン の楽曲の設計を聴くとき、まず「フィーチャー・アーティストのボーカルがどこから入るか」に注目してほしい。番組の標準構造は、(1)ハウス・バンドの短いイントロ、(2)カッワーリー/ガザル歌手のアーラープ的な自由リズムのボーカル、(3)バンドが入って中庸のテンポに転じ、(4)サビでフィーチャー・アーティストとバックコーラスの掛け合い、(5)楽曲後半に民俗楽器(ラバブ、シタール)のソロを配置、という順序だ。『Tajdar-e-Haram』(Atif Aslam、2015)はこの構造の完成形で、Sabri Brothers の1980年カッワーリー原曲を、Aslam のポップ・ボーカルとバンド編成で7分に凝縮している。『Pasoori』(Ali Sethi & Shae Gill、2022)は Sethi の ガザル 型ヴォーカルと Gill のポップ・コーラスが交互に入り、ドラフ(片面太鼓)の重いリズムと レゲトン 的な808キックが並列する、Coke Studio 史上最も国際的なプロダクションになった。
発展
2018年、番組の総合プロデューサーは Xulfi(Zulfiqar Jabbar Khan、Call の元ギタリスト)に交代した。彼のもとで番組はハウス・バンド編成を再構築し、より若い世代のアーティスト(Ali Sethi、Shae Gill、Hasan Raheem、Faris Shafi)を積極的に起用した。決定的な瞬間は2022年2月4日、Season 14 で Ali Sethi と Shae Gill が歌った『Pasoori』(憂鬱)が YouTube で公開されたことだ。この曲は3ヶ月で1億再生、その後9億再生を超え、Billboard Global 200 で17位、Spotify Global Viral Charts で1位を記録した。これは南アジア音楽の楽曲としては前例のない世界的到達で、Coke Studio Pakistan は単なる地域番組から「世界的な音楽ブランド」に格上げされた。同時期、コルカタ発の Coke Studio Bangla(2022開始)が姉妹番組として始まり、Coke Studio の型がベンガル圏に拡張された。
出来事
- 2008: Season 1 開始(Rohail Hyatt 企画)
- 2010: Season 3『Alif Allah / Jugni』世界的拡散
- 2015: 制作を Strings(Bilal Maqsood)に交代
- 2018: Xulfi 総合プロデューサー就任
- 2022: Season 14『Pasoori』(Ali Sethi & Shae Gill)Billboard Global 200 で17位
派生・影響
カッワーリー、パキスタン・ロック、パキスタン・ポップ、Sufi Rock、Bollywood との交差点。Coke Studio Bangla、Coke Studio India、Coke Studio Global の直接の原型。
音楽的特徴
楽器エレキギター、ベース、ドラム、キーボード、ストリングス、シタール、ラバブ、ドラフ、ドール、ハルモニウム、ボーカル多数
リズムロックの4/4、カッワーリー由来の16拍子(Teentaal)、8拍子(Kaharwa)、6拍子(Dadra)を一曲で行き来する
代表アーティスト
- Fareed Ayaz & Abu Muhammad Qawwal
- Rohail Hyatt
- Atif Aslam
- Ali Sethi
- Shae Gill
代表曲・古典
Aik Alif — サイン・ザフール (2008)
Alif Allah (Jugni) — Fareed Ayaz & Abu Muhammad Qawwal (2010)
Tajdar-e-Haram — Atif Aslam (2015)
代表曲・現在
Pasoori — Ali Sethi (2022)
Pasoori — Shae Gill (2022)
日本との関係
コークスタジオ・パキスタン と日本の関係は、2020年代前半に急速に生まれた。2022年『Pasoori』のバイラル時、日本の TikTok / Twitter で「南アジア音楽の面白い曲」として拡散し、これが多くの日本人リスナーの コークスタジオ・パキスタン への最初のアクセス経路になった。日本の YouTube 検索でも『Pasoori』の日本語コメントが多く残っている。ただし『Pasoori』以前の Coke Studio 楽曲(『Alif Allah』『Tajdar-e-Haram』)は日本ではほぼ発見されておらず、この点は日本のリスナーが今後遡って発見する層になっている。日本の中東/南アジア音楽ライブハウス(東京・南青山の PLUS7、大阪・十三のライブハウス)で Coke Studio の楽曲がカバー演奏される場が2023年以降増えている。
初めて聴くなら
最初は Ali Sethi & Shae Gill『Pasoori』(2022 Season 14)、これが コークスタジオ・パキスタン の世界的到達点。次に Atif Aslam『Tajdar-e-Haram』(2015 Season 8)、Sabri Brothers のカッワーリー原曲を Aslam のポップ・ボーカルで再構築した名演。より土着的な融合を聴きたいなら Arif Lohar & Meesha Shafi『Alif Allah / Jugni』(2010 Season 3)、パンジャブ民謡の完成形。深夜、大きなスピーカーで音量を上げて聴くのが向いている。
豆知識
『Pasoori』の歌詞は Ali Sethi 自身が書いたもので、「Pasoori」(ペルシア語源、「憂鬱」「難題」の意)というタイトルは、彼が印パ両国のミュージシャン間の政治的緊張を主題に選んだことを示している。当初彼はインド人歌手 Arooj Aftab とのデュエットを想定していたが、印パ関係の緊張で実現せず、Shae Gill を新しいパートナーに選んだ。この背景は Sethi 自身が2022年のBBC Asian Network インタビューで語っている。番組の音楽ディレクター Xulfi は Call の元ギタリストで、2000年代のパキスタン・ロック・シーンの生き残りの一人。Coke Studio Bangla(2022開始)は姉妹番組で、ダッカでの録音を Warfaze の Ibrahim Ahmed Kamal がプロデュース、Coke Studio の型がベンガル語圏に拡張された。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 伝統・民族ウルドゥー・インディー
