中国ロック
1986年 崔健『一無所有』から始まる、北京を中心とした中国大陸のロック音楽。
まずはここから
ひとことで言うと1986年 崔健『一無所有』から始まる、北京を中心とした中国大陸のロック音楽。
まずはこの曲からCui Jian (崔健) — 花房姑娘 ▶ YouTube
代表的な人Cui Jian (崔健)
どんな音か
中国ロックは1986年5月9日、崔健(1961年 北京生)が北京工人体育館の百人歌星コンサートで『一無所有』(何もない)を歌った瞬間を実質的な出発点とする、中国大陸のロック音楽の総称だ。編成はエレキギター+ベース+ドラム+ボーカルという標準的なロック・バンド構成だが、二胡・笛子・琵琶といった中国伝統楽器を挟み込むことが多い。BPM 100-140、歌詞は普通話(北京語)を中心に、時に西北方言や地方訛りが混じる。テーマは初期には政治的疎外感と青年の抵抗(崔健『一無所有』)、1990年代には Tang Dynasty の神話・唐詩のスケールへ、2000年代の Miserable Faith 以降は個人と社会の関係へと移行した。録音は Beyond の香港ロックのようなツヤのある仕上げではなく、ドライで生々しい方向を好む。
聴きどころ
崔健『一無所有』の冒頭のトランペット(自ら吹いている)は中国民謡『信天遊』の変奏で、これをエレキギターの荒いパワーコードが受け継ぐ構造を聴いてほしい。彼の声は 広東ポップ や マンダリンポップ の艶やかさではなく、朗詠に近い率直さで、これが中国ロックの声の型を決めた。Tang Dynasty『夢回唐朝』は Iron Maiden 譲りのツイン・ギター・ハーモニーに、二胡と唐詩の題材を乗せた特異な融合で、5拍子や7拍子の変拍子が中国民間音楽由来だと分かる瞬間がある。Black Panther『無地自容』の Dou Wei のボーカルは、彼が後に王菲(フェイ・ウォン)の夫となる実験音楽家だったことを納得させる、当時20歳前後とは思えない完成度だ。Miserable Faith『公路之歌』は 2000年代以降の「在路上」精神(オン・ザ・ロード的な脱都市の空気)を代表する曲で、Aメロのアコースティック・ギターからサビのバンド全力の切り替えが典型的。
初めて聴くなら
代表アーティスト
- Cui Jian (崔健)
- Black Panther (黑豹樂隊)
- Tang Dynasty (唐朝樂隊)
もっと見る(あと2件)
- Miserable Faith (痛仰樂隊)
- Second Hand Rose (二手玫瑰)
代表曲
- Cui Jian (崔健) — 花房姑娘 (1989)
- Black Panther (黑豹樂隊) — Don't Break My Heart (1992)
- Tang Dynasty (唐朝樂隊) — 國際歌 (1992)
もっと見る(あと8件)
- Tang Dynasty (唐朝樂隊) — 夢回唐朝 (1992)
- Black Panther (黑豹樂隊) — 無地自容 (1992)
- Second Hand Rose (二手玫瑰) — 命運 (2003)
- Second Hand Rose (二手玫瑰) — 允許部分藝術家先富起來 (2006)
- Miserable Faith (痛仰樂隊) — 公路之歌 (2008)
Cui Jian (崔健) — 一無所有 (1986)
Cui Jian (崔健) — 新長征路上的搖滾 (1989)
Miserable Faith (痛仰樂隊) — 再見杰克 (2001)
生まれた背景
崔健の父親は朝鮮族のトランペット奏者で、崔健自身も北京歌劇院のトランペット奏者としてキャリアを始めた。1986年『一無所有』は民謡『信天遊』(陝西省北部の労働歌)のメロディをロックビートに乗せ、「私は君に何度も尋ねた、いつ僕についてきてくれるのかと」という一人称の歌詞で当時の若者に「これは私たちの声だ」と認知させた。
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決定的な政治的瞬間は1989年6月4日の天安門事件で、崔健が学生たちの前で赤い布を目にかけて歌ったことが記録された。事件後、彼は長らく大規模会場での演奏を制限され、以降の活動は地下ライブハウスとアンダーグラウンド録音を中心とせざるを得なかった。1990年代前半、迷笛音楽学院(Midi Music School)を中心に育った第二世代が現れ、Tang Dynasty 唐朝(1988結成、Iron Maiden 譲りのツイン・ギターと中国五声音階の融合)、Black Panther 黑豹(1987結成、Dou Wei 竇唯がボーカル)、Zhang Chu 張楚、He Yong 何勇の4組が「魔岩三傑」と呼ばれる第二世代を築いた。1994年12月17日、香港紅磡体育館で行われた「摇滚中国乐势力」ライブは、この4組が返還前香港のオーディエンスの前で自由に歌えた歴史的一夜となった。
音楽的特徴の詳細
楽器エレキギター、エレキベース、ドラム、時に二胡、笛子、琵琶、キーボード、ボーカル
リズムロックの4/4、時に中国伝統音楽の5拍子・7拍子、パワーバラードの3/4、Tang Dynasty はメタル系の変拍子
発展
1994年12月17日、香港紅磡体育館で行われた「摇滚中国乐势力」ライブ(唐朝、竇唯、張楚、何勇)が中国ロックの伝説的一夜となり、この4人が香港のオーディエンスの前で自由に歌えたことが「中国ロックの香港解禁」を象徴した。1990年代後半以降は経済成長に伴い、パンク(Brain Failure)、Nu-metal、そして2000年代の Miserable Faith 痛仰(1999結成)、New Pants 新褲子、Reflector 反光鏡らが北京を拠点に定期的なライブハウス・シーンを支えた。2019年 iQiyi の音楽番組『樂隊的夏天』(バンドの夏)が国民的ヒットとなり、Miserable Faith、New Pants、Second Hand Rose 二手玫瑰、Re-TROS 重塑雕像的權利らが一気に大衆的認知を得た。
出来事
- 1986: 崔健『一無所有』北京初演
- 1989: 天安門事件、崔健の活動制限
- 1992: 唐朝『夢回唐朝』、Black Panther 1st
- 1994: 香港紅磡体育館「摇滚中国乐势力」
- 1999: Miserable Faith 結成
- 2019: 『樂隊的夏天』放送
派生・影響
パンク・ハードコア寄りの分派 (Brain Failure、SMZB 生命之餅)、Second Hand Rose のような中国東北の二人転(にんてん)民謡ロック、そして Chinese folk-rock (新民谣) と部分的に重なる。
日本との関係
1980年代日本のロック(BOOWY、佐野元春)は当時の中国若者にレコード/カセットで流入していたが、公式ルートは限定的だった。日本での中国ロック認知は 2003 年の Blur ドラマー Dave Rowntree 主導のドキュメンタリー『Beijing Punk』(2010)頃から徐々に広がり、2019 年『樂隊的夏天』が bilibili と YouTube 経由で日本語字幕付きで流通したことが決定打だった。日本のロック・ジャーナリストが北京の Yugong Yishan、School Bar を訪問する記事も 2010 年代後半以降増えている。Black Panther の初代ボーカル Dou Wei が坂本龍一の楽曲に影響を受けたことを公言、実験音楽転向後は日本のノイズ/ミュージシャン(灰野敬二らの周辺)との交流もあった。
豆知識
崔健は1989年天安門事件後の演奏禁止令を「解決した」と公式に宣言されたことは一度もなく、以降も北京の大規模会場での演奏はケース・バイ・ケースで許可・不許可が分かれてきた。2022年、彼は視聴プラットフォーム 微信 視頻号 のオンライン・コンサートで4600万視聴を記録し、これが実質的な「中国ロック大衆化」の到達点となった。
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Tang Dynasty のベース張炬は1995年に交通事故死し、バンドはその後長い低迷期を迎えた。Black Panther を1993年に脱退した Dou Wei は、離婚後も王菲との娘 竇靖童(Leah Dou、1997生)がバイリンガル・ソングライターとして活動している。
影響・派生で結ばれたジャンル
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感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル
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