中国民謡ロック
2010年代の中国大陸で「新民谣」として復権した、アコースティック・ギター中心のシンガーソングライター系フォーク・ロック。
どんな音か
「中国民謡ロック」(シン・ミンヤオ、中国民謡ロック) と呼ばれる 2010 年代の中国大陸のシンガーソングライター系フォーク・ロックを指す。編成はアコースティック・ギター 1 本のソロから、ドラム・ベース・ハーモニカを加えた 4-5 人組まで多様だが、共通するのは声を最前面に置いたシンプルな録音と、都市生活の疲弊・故郷への郷愁・恋愛の細部を扱う私小説的な歌詞だ。BPM 60-100 のスロー〜ミドルテンポが中心で、Bob Dylan / Neil Young 系の英米フォークと、鄧麗君以降の中華圏バラードの折衷点にある。中心地は Zhao Lei 赵雷の成都、Song Dongye 宋冬野 と Ma Di 马頔の北京、Wan Xiaoli 万晓利の河北で、2013 年前後の「豆瓣(Douban)フォーク」ムーブメントから育った。
生まれた背景
起点は 2000 年代後半の Song Dongye 宋冬野(1987 年 北京生)や Ma Di 马頔らが Douban の音楽コミュニティで自作曲を公開しはじめた頃だ。当時の中国大陸都市青年は微博と Douban を通じて日常的に情報交換しており、Bob Dylan、Simon & Garfunkel、羅大佑(台湾の 1980 年代フォーク世代)を同時に聴いていた。決定的な瞬間は 2013 年、Song Dongye の『董小姐』(董さん)が湖南衛視の音楽番組『快樂男聲』で参加者にカバーされ、原曲が中国全土に一気に広まったことだ。同年の Song Dongye 1st『安和橋北』は「中国民謡ロック」というジャンル呼称を大衆化した記念碑となる。翌 2014 年 Ma Di 马頔『南山南』が同じルートで爆発し、2016 年 Zhao Lei 赵雷『成都』が『歌手 2017』でパフォーマンスされた翌日から中国全土で歌われ始めた。
聴きどころ
Song Dongye『董小姐』のオープニングのアコースティック・ギターのアルペジオを聴いてほしい。3コードの繰り返しだけで曲を組み立てる潔さは、Bob Dylan『Blowin' in the Wind』の遺伝子を色濃く残している。歌詞は「董小姐、也不是所有人都有出息(董さん、みんなが出世できるわけじゃない)」と、恋愛と諦念を並列に置く彼の作家性が凝縮されている。Zhao Lei『成都』はサビの「和我在成都的街頭走一走(私と一緒に成都の街を歩こう)」だけで、成都・玉林路の酒吧の情景を全国に喚起した。Ma Di『南山南』は南京と北京の距離を扱った長尺曲で、若者の移住と別離の空気を代表する。Wan Xiaoli の『陀螺』はより Tom Waits 寄りの実験性を持ち、しゃがれ声と歪んだアコースティック・ギターで彼のヴェテラン性が味わえる。
発展
Zhao Lei 赵雷(1986生、北京)は当初北京の地下鉄ホームで路上演奏していた無名時代を経て、『成都』(2016)で全国区に届いた。曲は成都の玉林路の酒吧の情景を歌ったもので、リリース後成都への旅行客が急増する現象を起こした。Wan Xiaoli 万晓利(1971生、河北)は世代上は先輩で、より Tom Waits 寄りの実験的なフォークを続けてきた重要人物だ。台湾側では Zhang Xuan 張懸(現・安溥、1981生)が『寶貝』(2005)以降 Mandopop と新民谣の中間で活動、大陸のフォーク世代に大きな影響を与えた。2019年の『樂隊的夏天』以降は Bird in Cage 鸟撞 のようなインディー・フォーク・バンドも同じ潮流に合流している。
出来事
- 2013: Song Dongye『董小姐』ヒット
- 2014: Ma Di『南山南』
- 2016: Zhao Lei『成都』
- 2017: Zhao Lei『歌手2017』出演で全国区
- 2019: 『樂隊的夏天』フォーク再ブーム
派生・影響
英米 folk-rock (Bob Dylan、Neil Young、Simon & Garfunkel) と直接の親子関係。台湾の1970-80年代校園民歌(李泰祥、羅大佑) も遠い先祖にあたる。
音楽的特徴
楽器アコースティック・ギター、ハーモニカ、ドラム、ベース、時にウクレレ、マンドリン、口琴
リズムスロー〜ミドルの4/4、時に3/4のワルツ、フォークソング型の8ビート
代表アーティスト
- Wan Xiaoli (万晓利)
- Zhang Xuan (張懸 / 安溥)
- Zhao Lei (赵雷)
- Ma Di (马頔)
- Song Dongye (宋冬野)
代表曲・古典
寶貝 — Zhang Xuan (張懸 / 安溥) (2005)
陀螺 — Wan Xiaoli (万晓利) (2006)
安河橋 — Song Dongye (宋冬野) (2013)
斑馬斑馬 — Song Dongye (宋冬野) (2013)
董小姐 — Song Dongye (宋冬野) (2013)
南山南 — Ma Di (马頔) (2014)
南方姑娘 — Zhao Lei (赵雷) (2014)
成都 — Zhao Lei (赵雷) (2016)
阿刁 — Zhao Lei (赵雷) (2016)
日本との関係
日本のフォーク(ゆず、平井堅、Mr.Children)とは音の質感が近く、日本のリスナーが違和感なく聴ける中華圏音楽の代表格だ。Song Dongye の楽曲は日本の Live ハウス でも中国語話者コミュニティを通じてカバーされている。Zhao Lei は 2019 年に日本ツアー(東京、大阪)を敢行、在日中国人コミュニティのみならず、日本の中華圏音楽好きにも直接届いた。Bob Dylan → 岡林信康 → 中島みゆき、という日本のフォーク→ニューミュージックの系譜と、中国大陸の Bob Dylan → 李泰祥(台湾)→ 崔健(北京)→ Song Dongye という系譜には、遠くから見ると構造的な相似がある。
初めて聴くなら
最初は Zhao Lei『成都』(2016)、これを聴いた翌日から成都に旅行に行きたくなる中毒性がある。次に Song Dongye『董小姐』(2013)、中国民謡ロックの起爆点。Ma Di『南山南』(2014) は少し長いが、中国若者の移住感覚を体感するのに向いている。ベテラン枠として Wan Xiaoli『陀螺』(2006) を聴くと、Bob Dylan 直系の実験精神が中国大陸で健在だと分かる。深夜、部屋を暗くして、ギター 1 本の音の粒立ちを追いかけるのが正しい聴き方。
豆知識
『成都』のリリース後、実際に成都の玉林路の酒吧「小酒館」への旅行客が急増し、地元政府が「玉林路」の道路標識を観光名所として改修する事態になった。地方観光業に音楽が直接影響を与えた稀な例で、Zhao Lei はその後成都の観光大使に任命されている。Song Dongye は 2018 年 6 月にドラッグ関連事件で拘留され、その後 3 年間の活動禁止処分を受けた。2021 年頃から徐々に復帰しているが、大規模ライブは避けている。『樂隊的夏天』(2019、2020) は新民谣世代の Bird in Cage 鸟撞、痛仰楽队(Miserable Faith のフォーク・ロック期)などを一気に大衆化し、中国大陸のフォーク・ロック復興期の到達点となった。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- ヒップホップ・R&B中華ラップ
