ピンバ
1990年代のポルトガル田舎町の祭り(フェスタ)で鳴った、性的なダブル・ミーニングを含む労働者階級の娯楽ポップ。
どんな音か
ピンバは、夏のポルトガル田舎町で鳴っている音そのものだ。7-8月、フランスやルクセンブルクから帰省したエミグランテ(海外移民ポルトガル人)家族が村の広場に集まり、電飾を張ったステージで小柄な男性歌手がキーボード一人+アコーディオン一人を従えて夜通し歌う。BPM 120-135の明るい4/4、循環コード(I-V-vi-IV)、そして曲のサビには必ず観客が一斉に手拍子と合唱で応じる仕組みが組み込まれている。歌詞は表向きは野菜料理(bacalhau=タラ、cabritinha=子ヤギ)や動物の話だが、必ずダブル・ミーニング(下ネタ)が仕込まれていて、大人だけが意味を取り、子供は文字通り受け取って一緒に踊る。この二重構造こそがピンバの発明だった。録音は乾燥した中音域に集中していて、リバーブは薄く、キーボードのプリセット・ブラスとリズムマシンのハンドクラップが音像の骨格を作る。
生まれた背景
ピンバの土台は1970-80年代の『música popular』(大衆音楽)、特にアコーディオン主体の『baile』(舞踏会場)音楽で、ロベルト・レアル、Ágata、Ruth Marleneらがその世代だった。決定打は1994年、エマヌエル(Emanuel、リスボン)の『ピンバ! ピンバ!』が全国のフェスタ回路で爆発したことで、以降このジャンル名が定着した。同時期に開花したのがキム・バレイロス(Quim Barreiros、1947-、ミーニョ地方Viana do Castelo出身、アコーディオン奏者)で、『Bacalhau à Portuguesa』『A Cabritinha』『O Pinto Borrachudo』でタイトルに寓意を仕込んだ楽曲を量産、以降50年間毎年新曲を発表し続けている。ジョゼ・マリオア(José Malhoa、1958-、Beja県ネジャ出身)は『Piqueniques』『Meninas バイラi』でよりロマンチックな路線を確立した。都市エリート層はこれを『田舎臭い』『品がない』と嘲笑したが、大手レーベルとフェスタ市場は分離しており、ピンバはリスボンの音楽業界に依存せず独自の商業回路(地方TV、フェスタ主催者、CDワゴンセール)で30年以上黒字を維持している。
聴きどころ
まずキーボードのプリセット音色に耳を澄ませてほしい。ヤマハ、コルグ、ローランドの1990年代の廉価なワークステーション・キーボードのプリセット・ブラス、プリセット・ストリングス、プリセット・ラテン・パーカッションが、ピンバの音像を一手に担っている。これが安っぽく聴こえる/親密に聴こえるの境界線で、ピンバの正しい愛聴者は後者の耳を持つ。次に歌詞のダブル・ミーニングの仕込みで、キム・バレイロスの『Bacalhau à Portuguesa』は表向きはタラのポルトガル風料理の話だが、『o bacalhau』(タラ)は特定の身体部位のスラングで、聴き手の中で意味が二重に走る。この『表と裏の同時読み』を家族全員で成立させる技術がピンバの職人技だ。そしてサビの手拍子——観客との合唱設計は、ライブ動員を最大化するために計算されたもので、CD音源より生ライブで真価が出る。
発展
ピンバはリスボン/ポルトの都市文化人からは「田舎臭い」「品がない」と長らく嘲笑され、大手レーベルとメインストリームTVはこれを扱わなかった。しかし2000年代以降、フランス、ルクセンブルク、スイス、南アフリカに散ったポルトガル移民の里帰りシーズン(7-8月)がフェスタと重なる構造が固定化し、キム・バレイロスは30年以上一度もヒットを絶やさず、毎夏150-200公演をこなす国民的ツアー・アーティストとして定着した。2010年代のインターネット・カルチャーではミーム化し、都市の若者が皮肉と親愛の両方でピンバを消費する現象が起きている。
出来事
- 1994: Emanuel『Pimba! Pimba!』でジャンル名が定着
- 1996: Quim Barreiros『Bacalhau à Portuguesa』
- 2000s: 移民コミュニティのカラオケ定番として海外拡散
- 2010s: インターネットでのミーム化・アイロニカルな都市部消費
派生・影響
ドイツ語圏のシュラーガー(Schlager)、フランスのvariété française、イタリアのliscio(舞踏会音楽)、スペインのcopla evolutivaと同族の大衆祝祭ポップ。ポルトガル語圏ではブラジル北東部のforró、カーボ・ヴェルデのcoladeiraとも間接的に接続する。
音楽的特徴
楽器電子キーボード、時にアコーディオン、サックス、リズムマシン、ボーカル(男性ソロが基本、女性デュエットも)
リズム明るい4/4、120-135BPM、ラテン・ポップ寄りのシンコペーション、時にパソドブレやポルカのビート
代表アーティスト
- Quim Barreiros
- José Malhoa
代表曲・古典
Bacalhau à Portuguesa — Quim Barreiros (1996)
Meninas Bailai — José Malhoa (1996)
Piqueniques — José Malhoa (2000)
A Cabritinha — Quim Barreiros (2001)
O Pinto Borrachudo — Quim Barreiros (2005)
日本との関係
日本でのピンバ認知はほぼゼロに近い。ワールドミュージック雑誌でも紹介されたことがなく、ストリーミング・サービスでもプレイリスト圏外に置かれている。あえて日本の類似物を挙げるなら、演歌の下ネタバージョン(綾小路きみまろ的な語り芸)、あるいは新宿ゴールデン街の下町パブでかかる昭和歌謡と、地方の盆踊り歌謡の交点にあるものが近い。ポルトガル人のディアスポラは北米・西欧・オーストラリアに集中しており、日本への移住例が極端に少ないため、日本のポルトガル料理店でBGMとしてかかることも稀だ。ただし2019年前後にリスボン観光ブームがあり、旅行者の一部が現地のフェスタに紛れ込んでピンバに遭遇するケースが増えている。無理に日本文化と接続しなくてよいジャンルの代表例。
初めて聴くなら
豆知識
『ピンバ』の語源はエマヌエルの1994年の曲『ピンバ! ピンバ!』の擬音語で、木の棒などで何かを叩きつける音を表す。それが性行為の暗喩として使われた結果、ジャンル全体の名前になった。キム・バレイロスは50年のキャリアで500曲以上を発表しているとされ、毎年8月のフェスタ・シーズンには150-200公演をこなす。ステージでは常にアコーディオンを抱え、ミーニョ地方の伝統衣装のベストを着用する。彼のライブ音源はしばしば地方TVで生中継され、ピンバがラジオ/TVの主流から締め出されつつ、その周縁でより強い視聴者忠誠を維持している状況を象徴する。1990年代半ばには『ピンバ税』というジョークがあり、リスボンの都会派ロック評論家が『我々はこの音楽を聴かないが、地方の親戚が聴いているのでポルトガル人全員が心理的に負担している税だ』と揶揄した——都市/地方の文化的分裂の象徴として今も引用される。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- ヒップホップ・R&Bポルトガル語ヒップホップ
- ロック・メタルポルトガル・ロック
- ロック・メタルポルトガル・インディー
- 伝統・民族新ポルトガル歌謡
