新ポルトガル歌謡
2010年代以降のポルトガル語シンガーソングライター復権。Salvador Sobral、António Zambujoがリーダー。
まずはここから
ひとことで言うと2010年代以降のポルトガル語シンガーソングライター復権。Salvador Sobral、António Zambujoがリーダー。
まずはこの曲からAntónio Zambujo — Algo Estranho Acontece ▶ YouTube
代表的な人Ana Moura
どんな音か
新ポルトガル歌謡(新ポルトガル歌謡)は、2010年代以降のポルトガルで、ファドの語りの伝統とジャズの和声、ボサノヴァのリズム感覚、シンガーソングライター的な内省を融合させた新世代の歌謡を指す。編成は音数を絞ったジャズ・トリオ(ピアノ、コントラバス、ドラム)や、ポルトガル・ギター+クラシック・ギター+コントラバスの室内楽的なアンサンブルが多い。BPM 60-100の抑えた4/4、時に7/8のシンコペーション、歌詞は日常の細部(朝のコーヒー、ビラの階段、雨の窓)と存在論的な問い(愛とは、死とは、私とは)を行き来する。名前は正式なムーブメント自称ではなく、批評家がこの世代を総称するために使う便宜的な呼称で、ジャンル境界はゆるやかだ。ファドとNova Cançãoの境界も溶解しており、Ana MouraやCarminhoといった新世代ファディスタはこちら側にも立っている。
聴きどころ
まずAntónio Zambujoの歌唱の抑制に耳を澄ませてほしい。彼は決して大きく歌わない。声を投げるのではなく、置く。ボサノヴァのJoão Gilbertoの後継者と評される所以で、リズムは声と楽器の間の『間』で成立する。次に『Amar Pelos Dois』のアレンジで、この曲はAメロがピアノとコントラバスのみ、サビでストリングスがふわりと入る。Salvadorはビブラートをほぼ使わず、フレーズの終わりの音を『息が続かなくなるまで』伸ばして途切れさせる——この途切れ方が感情を作る。ジャズ・スタンダードの語彙(II-V-I、テンションコード)がベースにあり、ファドのルバートとぶつかりつつ融合する。歌詞の日常性も聴きどころで、Zambujoの『Flagrante』は現行犯逮捕の警察用語(flagrante delito)を恋の比喩に使う、日常語をずらすタイプの詩作りが世代的な特徴だ。
初めて聴くなら
入り口は Salvador Sobral『Amar Pelos Dois』(2017)——3分の中に世代の全てが凝縮されている。次に彼の1st『Excuse Me』(2016)、ジャズ・スタンダードのカバーとオリジナルが半々の作品で、彼の音楽的な引き出しが見える。António Zambujoは『Flagrante』(2016)、彼の抑制の美学が最も明瞭な曲。より広く聴くなら『Rua da Emenda』(2014、アルバム)、ボサノヴァとファドの中間点。同世代の女性歌手ならMárcia『O Que Faço Hoje』(2011)、Ana Bacalhau『Nome Próprio』(2019)。深夜、あるいは日曜の朝、静かな部屋でヘッドホンで聴くのが向いている。この世代の音楽は音量を上げるより、周囲の音を落とすことで聴く音楽だ。
代表アーティスト
- Ana Moura
- António Zambujo
- Salvador Sobral
代表曲
- António Zambujo — Algo Estranho Acontece (2010)
生まれた背景
始点は2000年代半ば、アレンテージョ地方ベジャ出身のアントニオ・ザンブジョ(António Zambujo、1975-)が cante alentejano(アレンテージョの男声合唱)、ファド、ブラジル・ボサノヴァを溶かした個人的な様式を確立したことだ。2010年『Guia』、2012年『Quinto』、2014年『Rua da Emenda』、2019年『Do Avesso』でカルロス・ド・カルモ以降で最も洗練された男性シンガーとしての地位を確立した。
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同時期にリスボン出身のシンガーソングライター、サルバドール・ソブラル(Salvador Sobral、1989-)が姉ルイーザとの共作でスタンダード・ジャズと現代のシンガーソングライター音楽を融合させた作風を打ち出した。決定打は2017年5月、Salvadorが姉ルイーザ作の『Amar Pelos Dois』(2人分の愛)を歌い、ポルトガル史上初のEurovision優勝を果たしたことだ。彼は心臓移植を待つ状態でステージに立ち、Eurovisionの派手さと真逆の抑えた歌唱で全欧を沈黙させた。
音楽的特徴の詳細
楽器クラシック・ギター、ポルトガル・ギター、ピアノ、コントラバス、ドラム、時にサックスやトランペット、ボーカル
リズム遅い4/4、7/8のジャズ的シンコペーション、ボサノヴァ由来の跳ねるスウィング、時にファド由来のルバート
発展
決定打は2017年5月のEurovision決勝で、Salvador Sobralが姉ルイーザ作の『Amar Pelos Dois』(2人分の愛)を歌い、ポルトガルとして史上初の優勝を果たしたことだった。心臓移植を待つ状態でステージに立ったSobralは、Eurovisionの派手さと真逆の抑えた歌唱で全欧を沈黙させ、ポルトガル語の歌謡が『世界の中央』で聴かれる瞬間を作った。同世代のMárcia、Ana Bacalhau、Aline Frazão、GISELAらが並走し、Marizaら国際的ファド世代とNova Cançãoの境界は次第に溶解している。
出来事
- 2010: António Zambujo『Guia』
- 2014: Salvador Sobral『Excuse Me』
- 2017: Salvador SobralがEurovision優勝(『Amar Pelos Dois』)
- 2019: Zambujo『Do Avesso』
- 2020s: Márcia、Aline Frazãoら新世代
派生・影響
ファドとフランスのchanson、ブラジルのMPB(música popular brasileira)、ジャズ・スタンダードの融合。Portuguese IndieやAntónio Zambujoを介したcante alentejanoの現代化とも接続する。
その後の代表曲
- Salvador Sobral — Excuse Me (2016)
- António Zambujo — Flagrante (2016)
- Salvador Sobral — Amar Pelos Dois (2017)
もっと見る(あと2件)
- Salvador Sobral — Prometo Não Prometer (2019)
António Zambujo — Rua da Emenda (2014)
日本との関係
Salvador Sobralの2017年Eurovision優勝はNHKでも報じられ、『Amar Pelos Dois』はYouTubeで日本人リスナーにも広く聴かれた。この曲は日本のジャズ・ボサノヴァ・ファンのプレイリストに定着し、Salvadorは2019年に来日、東京・大阪でジャズ・クラブでの単独公演を行っている。António Zambujoも2015年頃に来日公演を実現、ブラジル音楽ファン層に受け入れられている。より広い意味では、新ポルトガル歌謡世代は日本のシンガーソングライター(小山田圭吾、青葉市子、七尾旅人)と親和性が高く、非英語圏の内省的な歌謡という共通の位置にある。ジャズ喫茶ベイシー(岩手県一関市)などの深いリスナーが、この世代のポルトガル語歌謡を早くから紹介してきた実績もある。
豆知識
Salvador Sobralの姉ルイーザ・ソブラルはEurovision『Amar Pelos Dois』の作詞作曲者で、実は彼女自身も優れたシンガーソングライターとして活動している。姉が書き、心臓移植を待つ弟がステージで歌ったこの曲は、Eurovisionの派手なポップ・パフォーマンスの伝統を破壊したと評された。
影響・派生で結ばれたジャンル
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感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル
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