ナイダ
2000年代モロッコの都市文化復興運動。gnawa/chaabi/rock/hip-hopをフュージョンし、Hoba Hoba Spirit、Fnaïre、H-Kayneが牽引。
どんな音か
ナイダ(nayda、ダリージャで『立ち上がれ、起きろ』の意)は、2003年5月のカサブランカ連続爆破テロ以降のモロッコで、若い世代のミュージシャンが伝統音楽(gnawa、chaabi、aita、malhun)、西洋ロック、ヒップホップ、レゲエをフュージョンした都市文化復興運動を指す。中心のバンドはカサブランカのHoba Hoba Spirit(1998結成、リード:Reda Allali)、マラケシュのFnaïre(2003結成、Rap-Traditionnel)、メクネスのH-Kayne(1996結成)、Casa Crew、そして音響的な尖端としてのBarry White HOBAだ。編成はエレクトリック・ギター+ベース+ドラム+ボーカルの標準ロック編成に、gnawaのゲンブリ(3弦低音)、bendir(フレーム・ドラム)、qraqebs(金属カスタネット)、時にアマジグの太鼓を組み込む。歌詞はダリージャで、故郷への愛と批判、若い世代の自尊心、政治的な間接批判、日常のユーモアを扱う。この語自体はスペイン語圏の『Movida madrileña』(1980年代マドリード復興運動)へのオマージュとして採用され、雑誌『TelQuel』が2005-07年に運動として名指したのが定着の契機だった。
生まれた背景
決定的な触媒は2003年5月16日のカサブランカ連続爆破テロ(市内5か所同時、45人死亡)で、モロッコ若年層は自国の文化的アイデンティティを積極的に再定義する必要に直面した。この時期にHoba Hoba Spirit(『愛の兄弟』の意)が『El Caid Motorhead』のような多言語チャンポン楽曲で、gnawaのゲンブリとMotörheadのスピード・メタルを衝突させる型を発明した。2003年結成のFnaïre(『松明たち』の意)はラップとマルフーン詩を融合させ、2007年『Yed El Henna』でモロッコ全国区に届いた。2007年のDon Bigg『ナイダ』はナイダをヒップホップ側からも援護する象徴曲となった。政府主導のプラットフォームとしてもEssaouiraのGnaoua Festival(1998年開始)、Boulevard Music Festival(2000年開始、モロッコ最大の若者向けフェス)がナイダの重要な露出装置となった。2010-15年頃には運動としての熱量は薄れたが、Hoba Hoba Spirit、Fnaïreは活動を継続、後継世代としてBarry White HOBA、Chams Djilaliが加わっている。
聴きどころ
まずHoba Hoba Spiritのゲンブリとエレキギターの衝突に耳を澄ませてほしい。『El Caid Motorhead』では、ゲンブリの低音と Motörhead 由来のパワーコード・ギターが同じ周波数帯で戦い、独特の飽和感を作る。この音の混沌が、ナイダが単なるフュージョンではなく『文化的衝突の音』であることを示す。次にFnaïreの『Tsunami』の構造で、彼らはラップの縦のビートに、マルフーン詩の横の流れを乗せる二重構造を作る。マルフーン独特の詩の長い息継ぎとラップの短い息継ぎが同じ小節内で共存する瞬間が、彼らの音楽の最大の発明だ。歌詞のダリージャの中には英語、フランス語、時にスペイン語のスラングが自然に混ざり、この多言語性そのものがナイダの美学だ。H-KayneやCasa Crewのラップ寄りナイダは、モロッコ・ヒップホップとの境界がほぼ溶けており、両ジャンルを区別する意味は薄い。
発展
『Nayda』という語はスペイン語圏の『Movida madrileña』(1980年代マドリード復興運動)へのオマージュとして採用され、雑誌『TelQuel』が2005-07年に運動として名指したのが定着の契機だった。2007年のDon Bigg『Casa Nayda』はナイダをヒップホップ側からも援護する象徴曲となった。2010-15年頃には運動としての熱量は薄れたが、Hoba Hoba Spirit、Fnaïreは活動を継続、後継世代としてBarry White HOBA、Nayda!、そして電子寄りのMazagan、Chams Djilaliが加わっている。政府主導のフェスとしてもEssaouiraのGnaoua Festival(1998-)がナイダの重要な露出装置となった。
出来事
- 1998: Essaouira Gnaoua Festival開始
- 2000: Boulevard Music Festival開始
- 2003: Hoba Hoba Spirit台頭、5月カサブランカ爆破テロ
- 2003: Fnaïre結成
- 2005: 雑誌TelQuelが『Nayda』を運動として名指し
- 2007: Don Bigg『Casa Nayda』、Fnaïre『Yed El Henna』
派生・影響
gnawa、moroccan-chaabi、aita、malhunの現代的再解釈。同時期のNass El Ghiwane世代からの直接の精神的継承。海外ではアルジェリアのrai renewalと兄弟関係。
音楽的特徴
楽器エレクトリック・ギター、ベース、ドラム、ゲンブリ、バンディール、クラケブ(金属カスタネット)、キーボード、ボーカル、時にラップと歌唱の混合
リズムロックの4/4にgnawaの6/8複合ビート、chaabiの跳ねる4/4、シャアビの不均等拍子を織り込む
代表アーティスト
- H-Kayne
- Hoba Hoba Spirit
- Fnaïre
代表曲・古典
El Caid Motorhead — Hoba Hoba Spirit (2005)
Blad Skizo — Hoba Hoba Spirit (2007)
Issawa Style — H-Kayne (2007)
Yed El Henna — Fnaïre (2007)
代表曲・現在
Tsunami — Fnaïre (2017)
日本との関係
ナイダの日本認知はまだ限定的だが、Hoba Hoba SpiritのHOBAレーベルの一部音源は日本の輸入盤ショップ(disc union、Tower Records World Music コーナー)で扱われている。ナイダの精神的な位置——若年世代が伝統と外来の音楽を独自の文脈で再統合するという課題——は、2000年代以降の日本のシーン(ケルティック・パンクを日本語で演奏するThe Cherry Cokes、和物ヒップホップのRHYMESTER、伝統音楽をロック化する和楽器バンド)と構造的に近い。2019年の Essaouira Gnaoua Festival に日本人ジャズ・ミュージシャンが招聘された事例があり、ナイダの周辺文脈は徐々に日本の音楽シーンに浸透しつつある。Hoba Hoba Spirit のReda Allaliは音楽家であると同時にジャーナリスト・作家でもあり、雑誌『TelQuel』で音楽コラムを書いており、その文化評論的な仕事は日本のMENA地域研究者にも参照されている。
初めて聴くなら
入り口はHoba Hoba Spirit『El Caid Motorhead』(2005)——3分の中にナイダの全ての要素が凝縮されている。次に『Blad Skizo』(2007)、モロッコ社会の分裂を歌う世代の代弁曲。Fnaïre『Yed El Henna』(2007)、Rap-Traditionnel様式の決定曲。『Tsunami』(2017)、マルフーン詩とラップの融合の完成形。H-Kayne『Issawa Style』(2007)、宗教儀礼音楽ヒッサワとラップの衝突。ラジオ番組『ナイダ Alwan』(Radio 2Mの過去の若者向け番組)のアーカイブも、当時の熱気を伝える資料として貴重だ。金曜夜、あるいは日曜の午後の海辺で、大音量で聴くのがナイダには合う。屋外の解放感と音楽の熱量が呼応する。
豆知識
『nayda』はダリージャで『(彼女が)立ち上がった』の完了形で、これは元々スペイン語圏の『Movida madrileña』(1980年代マドリードのポスト・フランコ文化復興運動)へのオマージュ命名だった。雑誌『TelQuel』(2001年創刊、モロッコで最も影響力のあるフランス語週刊誌)が2005-07年に運動として名指したのが定着の契機で、それ以前は個々のバンド活動が孤立して見えていた。Hoba Hoba Spiritのバンド名は、リスボン人類学者David Lévi Straussの1979年著作『Hoba Hoba』(『兄弟愛』を意味するアラビア語派生語)から取られている。Fnaïreの『Yed El Henna』は結婚式の伝統儀式(ヘンナで手を染める儀式)を主題にしており、伝統の現代化を歌詞レベルでも実践している。Reda Allaliは音楽活動と並行して映画音楽(『Ali Zaoua』2000、監督ナビル・アユーシュ)も手がけており、モロッコ現代映画とナイダは深く結びついている。
