モロッコ・ヒップホップ
2000年代半ばのカサブランカを首都とするダリージャ(モロッコ方言)ラップ。Don Biggの2007年『Casa Nayda』を起点にし、ElGrandeTotoで国際化した。
まずはここから
ひとことで言うと2000年代半ばのカサブランカを首都とするダリージャ(モロッコ方言)ラップ。Don Biggの2007年『Casa Nayda』を起点にし、ElGrandeTotoで国際化した。
まずはこの曲からDon Bigg — Mgharba Tal Mout ▶ YouTube
代表的な人H-Kayne
どんな音か
モロッコ・ヒップホップは、カサブランカを首都にラバト、タンジェ、マラケシュ、フェスに広がる、ダリージャ(モロッコ方言アラビア語)を主軸に時にフランス語、スペイン語、アマジグ語を混ぜて刻むラップだ。BPM 60-90のUSサウス系トラップと、90-140のブーム・バップ寄りの二層構造で、Don Bigg以降の第一世代は後者、ElGrandeToto以降の第二世代は前者に寄る。ダリージャは母音と子音の切れ味が独特で、押韻の設計がフランス・ラップともエジプト・アラビックとも違うフロウの個性を生む——短母音を極端に短く発音し、その分子音を鋭く立てるため、8分音符の裏でスネアと衝突する『刺す』ようなアクセントが作れる。プロダクションはカサブランカの独立系スタジオ(Studio Hiba、Zone 6)、そして最新世代はロサンゼルスやパリの外部プロデューサーとのオンライン協業が普通になっている。歌詞は都市生活の細部、警察との緊張、階級意識、時に王権批判の暗喩、愛と自尊心の両立を扱う。
聴きどころ
まずダリージャのフロウに耳を澄ませてほしい。ElGrandeTotoの『Mchit fbali』では、彼が一行の中でダリージャ、フランス語、時に英語のスラングをシームレスに切り替える『コード・スイッチング』が最大の技巧的見せ場だ。この多言語の即興的切り替えは、モロッコ都市部の日常言語風景そのもので、モロッコ人リスナーはこれを『我々の街の音』として聴く。次に808キックの選び方で、モロッコ・トラップのプロダクションは US サウス(Atlanta、Memphis)のブンブンした低音より、乾いた立ち上がりの速い808を好む——これがフレンチ・ラップ(パリ)の湿った低音と対照的な、地中海の乾いた空気を音像に持ち込んでいる。Don Biggの『ナイダ』はブーム・バップ寄りで、彼の低音のシャウトが90年代NYラップの直系にあることを示す。Fnaïreの『Tsunami』はラップとマルフーン詩を融合させた独特の様式で、ラップの縦のビートに詩の横の流れが乗る二重構造が最大の聴きどころだ。
初めて聴くなら
入り口はElGrandeToto『Caviar』(2020)、モロッコ・ラップの現在の水準が凝縮されている。次に『Kora』(2022)、フランス市場を狙った彼のポップ寄りの側面。Don Bigg『ナイダ』(2007)、モロッコ・ラップの原点として一度は通っておきたい。Fnaïre『Tsunami』(2017)、マルフーン詩とラップの融合の到達点。Dizzy DROS『29 Guerrilla Avenue』(2013)、US トラップとモロッコ・ラップの越境の試み。Muslim『Sad'aat Al Haq』(2013)、初期タンジェ・ラップの厳しい歌詞世界。金曜夜のクラブ、あるいは車の中で、大音量で聴くのがこのジャンルには合う。ダリージャの意味が分からなくても、フロウのアクセントと 808 のキックだけで音楽的な情報量は十分に伝わる。
代表アーティスト
- H-Kayne
- Muslim
- Don Bigg
もっと見る(あと5件)
- Fnaïre
- Dizzy DROS
- Draganov
- ElGrandeToto
- Manal
代表曲
- Don Bigg — Mgharba Tal Mout (2006)
- Don Bigg — Casa Nayda (2007)
- Muslim — Sad'aat Al Haq (2013)
生まれた背景
音楽的特徴の詳細
楽器トラップ・ドラム(808キック、16分ハイハット)、時に伝統楽器(ウード、ゲンブリ、バンディール)のサンプル、シンセ、ラップ・ボーカル、オートチューン
リズムUSサウス系トラップの60-90BPM、時にブーム・バップの90BPM、モロッコ・ラップ特有のダリージャの語尾を伸ばすフロウ
発展
2010年代前半にはSharkyLarvaのDIY精神を継いだSnor、Draganovが独自のフロウを打ち立て、2014年頃からElGrandeToto(1997生、Taha Fahssi、カサブランカ)がインターネット・ネイティブ世代として台頭、2020年『Caviar』と2022年『Kora』でモロッコ最大のポップ・スターとなった。彼は2020年以降Spotifyモロッコ年間1位を5年連続で保ち、モロッコの音楽輸出のシンボルになっている。同世代のDizzy DROS、Small X、Stormyがカサブランカ北部Ainのシーン、Najm、7liwaがラバト系のシーンを支える。女性ラッパーとしてはIla、Manalが両ジャンルを行き来する。2018-20年頃には政府による『不道徳』を理由とした投獄事件も起きており、政治的緊張は続いている。
出来事
- 2004: 独立系シーン形成
- 2007: Don Bigg『Casa Nayda』
- 2011: モロッコ2月20日運動
- 2014: ElGrandeToto デビュー
- 2020: ElGrandeToto『Caviar』、Spotifyモロッコ1位
- 2022: ElGrandeToto『Kora』
派生・影響
USトラップとフレンチ・ラップ(特にPNL、Ninho)の直接の子孫。マグレブ全体ではアルジェリアのraiラップ、チュニジアのBalti系ラップと兄弟関係にある。
その後の代表曲
- Don Bigg — AWAL (2016)
- ElGrandeToto — Caviar (2020)
- ElGrandeToto — Kora (2022)
もっと見る(あと3件)
- Dizzy DROS — 29 Guerrilla Avenue (2013)
- Draganov — 7osn L3adab (2018)
- ElGrandeToto — Mchit fbali (2020)
日本との関係
日本でのモロッコ・ヒップホップ認知は近年 Spotify を通じて急速に広がっている。ElGrandeTotoは 2020年以降、日本のインターナショナル・ヒップホップ・プレイリストの常連で、KOHH、JP THE WAVYら日本のトラップ勢のリスナー層と重なる。ダリージャの音の切れ味が『日本語の子音の切れ味に似ている』という指摘が SNSで散見される。近年ではアニメ・漫画好きのモロッコ人ファン層と、モロッコ・ラップに興味を持つ日本の音楽オタク層がインターネットで交流する現象があり、ElGrandeToto自身が日本のアニメ(『進撃の巨人』、『鬼滅の刃』)への言及を SNS で行っている。2023年頃からモロッコ大使館主催の文化イベントで小規模なモロッコ・ラップのライブが東京・大阪で行われはじめている。Fnaïreの楽曲は日本の一部アニメ・ゲーム音楽のサンプル・ライブラリに採用された事例もある。
豆知識
『ナイダ』のDon Biggは、リリース直後にモロッコ政府からの直接的な圧力を受けなかったが、その後の作品で徐々に体制批判の暗喩を強めた結果、2019-20年頃には楽曲の一部が国営メディアで放送されなくなった時期がある。2018年にはラッパーGnawi(Mohamed Mounir、カサブランカ)が国王批判とみなされた楽曲『Aacha Cha3b』で1年の実刑判決を受け、モロッコ・ヒップホップの政治的表現の限界が可視化された。
影響・派生で結ばれたジャンル
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