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ヒップホップ・R&B

モロッコ・ヒップホップ

Moroccan Hip-Hop

カサブランカ / モロッコ / 北アフリカ · 2005年〜

別名: Rap marocain / Moroccan rap / Casa rap / الراب المغربي

2000年代半ばのカサブランカを首都とするダリージャ(モロッコ方言)ラップ。Don Biggの2007年『Casa Nayda』を起点にし、ElGrandeTotoで国際化した。

どんな音か

モロッコ・ヒップホップは、カサブランカを首都にラバト、タンジェ、マラケシュ、フェスに広がる、ダリージャ(モロッコ方言アラビア語)を主軸に時にフランス語、スペイン語、アマジグ語を混ぜて刻むラップだ。BPM 60-90のUSサウス系トラップと、90-140のブーム・バップ寄りの二層構造で、Don Bigg以降の第一世代は後者、ElGrandeToto以降の第二世代は前者に寄る。ダリージャは母音と子音の切れ味が独特で、押韻の設計がフランス・ラップともエジプト・アラビックとも違うフロウの個性を生む——短母音を極端に短く発音し、その分子音を鋭く立てるため、8分音符の裏でスネアと衝突する『刺す』ようなアクセントが作れる。プロダクションはカサブランカの独立系スタジオ(Studio Hiba、Zone 6)、そして最新世代はロサンゼルスやパリの外部プロデューサーとのオンライン協業が普通になっている。歌詞は都市生活の細部、警察との緊張、階級意識、時に王権批判の暗喩、愛と自尊心の両立を扱う。

生まれた背景

起点は2004-05年前後、カサブランカの独立系DIYシーンでDon Bigg(1980生、Taoufik Hazeb)、Muslim(1975生、タンジェ)、H-Kayneらが最初のレコードを出しはじめた頃だ。決定打は2007年11月のDon Biggの2ndアルバム『Byad ou K'hal』(白と黒)所収の『ナイダ』(カサ、立ち上がれ)で、これはカサブランカの若者文化再興と反主流ヒップホップの宣言として機能し、以降『nayda』は文化運動全体の合言葉となった。第二世代の決定的な瞬間は2019-20年、ElGrandeToto(1997生、Taha Fahssi、カサブランカ)の『Mchit fbali』『Caviar』が Spotify モロッコで1位を獲得し、2022年の『Kora』でフランス市場にも本格進出したことだ。彼は2020年以降 Spotify モロッコ年間1位を5年連続で保ち、モロッコの音楽輸出のシンボルになっている。同世代のDizzy DROS、Small X、Stormy、Snor、7liwaが北部・南部の各シーンを支え、女性ラッパーとしてはIla、Manalが両ジャンルを行き来する。

聴きどころ

まずダリージャのフロウに耳を澄ませてほしい。ElGrandeTotoの『Mchit fbali』では、彼が一行の中でダリージャ、フランス語、時に英語のスラングをシームレスに切り替える『コード・スイッチング』が最大の技巧的見せ場だ。この多言語の即興的切り替えは、モロッコ都市部の日常言語風景そのもので、モロッコ人リスナーはこれを『我々の街の音』として聴く。次に808キックの選び方で、モロッコトラップのプロダクションは US サウス(Atlanta、Memphis)のブンブンした低音より、乾いた立ち上がりの速い808を好む——これがフレンチ・ラップ(パリ)の湿った低音と対照的な、地中海の乾いた空気を音像に持ち込んでいる。Don Biggの『ナイダ』はブーム・バップ寄りで、彼の低音のシャウトが90年代NYラップの直系にあることを示す。Fnaïreの『Tsunami』はラップとマルフーン詩を融合させた独特の様式で、ラップの縦のビートに詩の横の流れが乗る二重構造が最大の聴きどころだ。

発展

2010年代前半にはSharkyLarvaのDIY精神を継いだSnor、Draganovが独自のフロウを打ち立て、2014年頃からElGrandeToto(1997生、Taha Fahssi、カサブランカ)がインターネット・ネイティブ世代として台頭、2020年『Caviar』と2022年『Kora』でモロッコ最大のポップ・スターとなった。彼は2020年以降Spotifyモロッコ年間1位を5年連続で保ち、モロッコの音楽輸出のシンボルになっている。同世代のDizzy DROS、Small X、Stormyがカサブランカ北部Ainのシーン、Najm、7liwaがラバト系のシーンを支える。女性ラッパーとしてはIla、Manalが両ジャンルを行き来する。2018-20年頃には政府による『不道徳』を理由とした投獄事件も起きており、政治的緊張は続いている。

出来事

  • 2004: 独立系シーン形成
  • 2007: Don Bigg『Casa Nayda』
  • 2011: モロッコ2月20日運動
  • 2014: ElGrandeToto デビュー
  • 2020: ElGrandeToto『Caviar』、Spotifyモロッコ1位
  • 2022: ElGrandeToto『Kora』

派生・影響

USトラップとフレンチ・ラップ(特にPNL、Ninho)の直接の子孫。マグレブ全体ではアルジェリアのraiラップ、チュニジアのBalti系ラップと兄弟関係にある。

音楽的特徴

楽器トラップ・ドラム(808キック、16分ハイハット)、時に伝統楽器(ウード、ゲンブリ、バンディール)のサンプル、シンセ、ラップ・ボーカル、オートチューン

リズムUSサウス系トラップの60-90BPM、時にブーム・バップの90BPM、モロッコ・ラップ特有のダリージャの語尾を伸ばすフロウ

代表アーティスト

  • H-Kayneモロッコ · 1996年〜
  • Muslimモロッコ · 2000年〜
  • Don Biggモロッコ · 2003年〜
  • Fnaïreモロッコ · 2003年〜
  • Dizzy DROSモロッコ · 2011年〜
  • Draganovモロッコ · 2013年〜
  • ElGrandeTotoモロッコ · 2014年〜
  • Manalモロッコ · 2014年〜

代表曲・古典

代表曲・現在

日本との関係

日本でのモロッコ・ヒップホップ認知は近年 Spotify を通じて急速に広がっている。ElGrandeTotoは 2020年以降、日本のインターナショナル・ヒップホップ・プレイリストの常連で、KOHH、JP THE WAVYら日本トラップ勢のリスナー層と重なる。ダリージャの音の切れ味が『日本語の子音の切れ味に似ている』という指摘が SNSで散見される。近年ではアニメ・漫画好きのモロッコ人ファン層と、モロッコ・ラップに興味を持つ日本の音楽オタク層がインターネットで交流する現象があり、ElGrandeToto自身が日本のアニメ(『進撃の巨人』、『鬼滅の刃』)への言及を SNS で行っている。2023年頃からモロッコ大使館主催の文化イベントで小規模なモロッコ・ラップのライブが東京・大阪で行われはじめている。Fnaïreの楽曲は日本の一部アニメ・ゲーム音楽のサンプル・ライブラリに採用された事例もある。

初めて聴くなら

入り口はElGrandeToto『Caviar』(2020)、モロッコ・ラップの現在の水準が凝縮されている。次に『Kora』(2022)、フランス市場を狙った彼のポップ寄りの側面。Don Bigg『ナイダ』(2007)、モロッコ・ラップの原点として一度は通っておきたい。Fnaïre『Tsunami』(2017)、マルフーン詩とラップの融合の到達点。Dizzy DROS『29 Guerrilla Avenue』(2013)、US トラップモロッコ・ラップの越境の試み。Muslim『Sad'aat Al Haq』(2013)、初期タンジェ・ラップの厳しい歌詞世界。金曜夜のクラブ、あるいは車の中で、大音量で聴くのがこのジャンルには合う。ダリージャの意味が分からなくても、フロウのアクセントと 808 のキックだけで音楽的な情報量は十分に伝わる。

豆知識

ナイダ』のDon Biggは、リリース直後にモロッコ政府からの直接的な圧力を受けなかったが、その後の作品で徐々に体制批判の暗喩を強めた結果、2019-20年頃には楽曲の一部が国営メディアで放送されなくなった時期がある。2018年にはラッパーGnawi(Mohamed Mounir、カサブランカ)が国王批判とみなされた楽曲『Aacha Cha3b』で1年の実刑判決を受け、モロッコ・ヒップホップの政治的表現の限界が可視化された。ElGrandeTotoは政治的直言を避けつつ、都市生活の細部と若者の自尊心を歌う戦略で最大の成功を収めた。彼の名前『El Grande Toto』(『偉大なToto』)の Toto は幼名で、家族が呼んでいた愛称だ。ElGrandeToto は 2022年フランスのNRJ Music Awardで『Meilleur artiste maghrébin』(最優秀マグレブ・アーティスト)を受賞、モロッコ人としてこの賞を取った初のラッパーとなった。2020年にはネットフリックスのモロッコ制作ドラマ『Al Ard』の音楽監督を務めている。

影響・派生で結ばれたジャンル

モロッコ・ヒップホップを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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モロッコ · 2005年前後 (±25年)