モロッコ・シャアビ
「人民の」を意味するシャアビは、モロッコの市場・結婚式・路上で歌われる都市民衆音楽の総称で、アラビア方言ダリージャの口語詩と即興演奏が中心をなす。
どんな音か
ウードとカヌーンの弦がほぼ拍ごとに細かく刻み、その上にダラブッカとタール(フレーム・ドラム)が不均等なアクセントを重ねる。リズムはシャアビ固有の3拍子や4拍子系のパターンで、西洋音楽で言う裏拍の感覚とは少しズレた位置に強調が置かれ、慣れないと身体がうまく乗れない。
歌い手の声は装飾音(マワール)を多用し、1つの音節に5〜10個の細かい音符をからめながら引っ張る。Haja El Hamdaouiaのように、この声が走るというより「たわむ」ような歌い回しがシャアビの大きな聴きどころだ。録音は1970〜80年代のカセット文化で広まったため、音質は乾燥した中音域が強く、リバーブは薄め。ライブでは余韻もなく次のフレーズへ進む緊張感がある。
生まれた背景
シャアビという言葉はアラビア語で「民衆の」を意味し、20世紀初頭のカサブランカやラバトで形成された。1920〜40年代、フランス保護領下での急速な都市化によって農村から移民が流入し、アンダルシア宮廷音楽とベルベルの民俗音楽が混ざり合う新しい場が路地に生まれた。ラジオ局が1928年に開設されてからは、音楽が「家の外」に届くようになり、Haja El Hamdaouiaのような女性歌手がカセットテープを武器に1970年代に全国的な名声を得た。結婚式で夜通し演奏される慣習が現在も続いており、「祝いの夜の音楽」という社会的な文脈は変わっていない。
聴きどころ
まず声と打楽器の間の「ずれ」に耳を向けてほしい。歌のフレーズが終わりそうなタイミングで打楽器が加速したり、逆に歌が走ったりと、2つの要素が引っ張り合いながら進む。Haja El Hamdaouiaの「Mahmouma」(1976)では、ウードの短い間奏の直後に声がふいに入ってくる瞬間がある——そのタイミングのつかみ方がシャアビの緊張感を体現している。歌詞はダリージャ(モロッコ・アラビア語)なので日本語話者には意味がわからないが、音節の長さと強さで感情のピークがどこにあるか自然にわかる。
発展
1970年代ナス・エル・ギワン、ジル・ジラーラがプロテスト・シャアビを生み、青年世代の社会運動と結びついた。21世紀には電化シャアビ、ヒップホップとの融合、海外モロッコ系コミュニティでの発展が進む。
出来事
- 1932: アイタの初期録音
- 1971: ナス・エル・ギワン結成
- 1985: ハジャ・アル・ハマダウィヤ全盛期
- 2010: モロッコ・ヒップホップとの融合
派生・影響
アイタ、ガルナーティ、ライ、ヒップホップと交差。
音楽的特徴
楽器ウード、ヴァイオリン、バンジョー、ダルブッカ、ベンディール、声
リズムアイタ系6/8、即興、シャアビ・ループ
代表アーティスト
- Haja El Hamdaouia
代表曲
Mahmouma — Haja El Hamdaouia (1976)
Daba Yiji — Haja El Hamdaouia (1980)
Daba Yghanni — Haja El Hamdaouia (1985)
Hak A Mama — Haja El Hamdaouia (1985)
Lala Aicha — Haja El Hamdaouia (1990)
日本との関係
初めて聴くなら
Haja El Hamdaouiaの「Mahmouma」(1976)をまず聴いてほしい。録音が古くやや割れ気味だが、それがかえって当時の路上の湿度を伝えてくれる。昼間に料理や作業をしながら、声の揺れだけを追う聴き方が最初の入口としてちょうどいい。
豆知識
「シャアビ」という名はモロッコ以外にもアルジェリアに同名のジャンルが存在し、まったく別の音楽を指す。アルジェリア・シャアビはウードの独奏文化が強く、リズムの組み方も異なる。両方に「民衆音楽」という意味は共通しているが、検索するときはモロッコ(モロッコ・シャアビ)と必ず区別して調べたほうがよい。
