ポップ

アラブポップ

Arabic Pop

カイロ / エジプト / 中東 · 1970年〜

1970年代以降のアラブ世界で発展した、アラブ古典音楽の旋法と西洋ポップを融合した音楽。

どんな音か

アラブ古典のタラブ(陶酔的音楽体験)の歌唱を、現代的なポップ/ダンス・プロダクションに乗せたもの。ボーカルは長い装飾的フレーズが特徴で、サビで一気に高音域に駆け上がるパターンが多い。バックトラックは打ち込みドラム+シンセが主流だが、随所にウード、ナイ(葦笛)、カヌーン、ストリングス・セクションが顔を出す。テンポはバラードからクラブ向けの120BPM前後まで幅広い。エジプト方言、レバノン方言、湾岸(ハリージ)方言で大きく趣が違う。

生まれた背景

アラビア語は20以上の国で話されているが、ポップ音楽の中心地は長らくカイロだった。1990年代、衛星放送(特にレバノンのRotana、アラブ首長国連邦のMBC)が普及すると、ベイルートが新しい音楽産業の拠点になる。湾岸諸国の資本が音楽ビジネスを支え、ミュージックビデオの予算は天井知らずになった。アラブの春以降、エジプトが内政で揺らぐ間に、ベイルートと湾岸(特にリヤド、ドバイ)が制作の重心を握り、近年はサウジアラビアのMDLBeastなどがフェスティバル文化を新規開拓している。

聴きどころ

サビ前の「ターラム・タラム」とでも書けそうな、ボーカルの装飾的なフレーズに注目してほしい。これがタラブの核で、歌い手の力量はここで判断される。プロダクションは派手なリバーブと長めの残響が特徴で、ヨーロッパのポップより空間が広く設計されている。打楽器はダルブッカの跳ねるリズム、もしくはハリージ・ポップに特徴的な「ハリージ・ビート」(裏拍に独特の溜めがある)が入る。歌詞は恋愛が圧倒的多数だが、表現は古典詩の伝統を引いていてかなり比喩的。

代表アーティスト

  • Fairuzレバノン · 1950年〜
  • Abdel Halim Hafezエジプト · 1953年〜1977
  • Amr Diabエジプト · 1983年〜
  • Nancy Ajramレバノン · 1996年〜

代表曲

  • Ah W NossNancy Ajram (2004)
  • Aatini Al Nay Wa GhanniFairuz (1971)
  • Nour El EinAmr Diab (1996)
  • Tamally MaakAmr Diab (2000)
  • Habbeytak BissayfFairuz (1970)

日本との関係

日本ではAmr Diabの『Tamally Maak』が2000年代にエジプト料理店やベリーダンス教室の定番として広まった。中東料理店、シーシャバー、ベリーダンス・スタジオは、現在もアラブ・ポップに触れられる数少ない接点。日本人ベリーダンサーの数は世界有数で、彼女たちが新譜を追いかける副次的な効果で楽曲の認知が広がっている。アニメ作品でアラビア風の劇伴が必要なとき、参照されるのもこの系譜の音楽。

初めて聴くなら

Amr Diab『Tamally Maak』(1999年)、これはアラビア語ポップの世界的入門曲。次にNancy Ajram『Ah w Noss』、レバノン・ポップの華やかさが分かる。湾岸側からはMohammed Abdoの楽曲、もしくはRashed Al Majid『Ekhtart Sah』。週末の家事の時間、もしくは中東料理のディナーパーティの背景音として最適。

豆知識

タラブ(طرب)」という言葉は単に「音楽を聴く楽しみ」ではなく、「歌に陶酔して涙し、心が震える状態」を指す。アラブの聴衆は今でも歌い手に「Allah!(神よ)」「Ya leil!(おお夜よ)」と叫んで反応する文化があり、これはコンサートの良し悪しを測るバロメーター。エジプトのウンム・クルスーム(1898〜1975)は3時間以上を一曲で歌う伝説的歌手で、彼女が体現したこのタラブの美学は、現代のAmr DiabやNancy Ajramのサビ作りにも確実に流れている。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1900年代1920年代1970年代アラブポップアラブポップタラブタラブライライ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
アラブポップを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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エジプト · 1970年前後 (±25年)

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