ラテンアメリカ国民楽派
1920-60年代の汎ラテン芸術音楽運動。ヴィラ=ロボスからヒナステラまで、大陸の音を管弦楽化した世代。
どんな音か
音の特徴は三つ。第一に「ビ・モーダル」の技法 — 先住民の五音音階と長短調を重ね合わせ、旋律は五音、和声は西洋の機能的和声で、両者の摩擦音がラテン特有の甘さと苦さを生む。ヴィラ=ロボス《ブラジル風バッハ第5番》のアリアで、チェロ8本のバッハ的な対位法の上をブラジル民謡のソプラノが五音音階で漂う瞬間がその代表例。第二に「メスティーソ・リズム」 — 2:3のヘミオラ、6/8と3/4の同時進行、そしてアフロ=キューバンの3-2/2-3クラーベを管弦楽の内声に潜ませる。第三に打楽器の管弦楽内序列の上昇 — テポナストリ、クラーベ、ボンゴ、レコレコが弦楽と対等な機能を担う。編成は通常の交響管弦楽団と室内楽で、独奏楽器としてはピアノとギター(ポンセ《南のギター協奏曲》)が特に重用された。
生まれた背景
1889年ブラジル共和政、1902年キューバ独立、1910年メキシコ革命、1916年アルゼンチンのラディカル党政権 — 各国の国民国家形成期に「自国の音とは何か」を作曲上の課題として引き受けた世代の答えだった。1922年サンパウロ近代芸術週間でヴィラ=ロボスが先住民/黒人素材を前面化、1928年カルロス・チャベスがメキシコ国立音楽院を近代化、1893年アルベルト・ウィリアムスがブエノスアイレス音楽院を設立し、それぞれ国の音楽教育制度を先住民主義(indigenismo)の視点から再編した。1938-45年のロックフェラー財団「良隣政策」文化交流はヴィラ=ロボスとチャベスの北米デビューを支援し、汎米芸術音楽ネットワークを完成させた。政治的には反ヨーロッパ中心主義の自己確立運動でありつつ、素材化された先住民文化の生活者を除外した点で、後の批判の的にもなった。
聴きどころ
《ブラジル風バッハ第5番》では冒頭のチェロ・アンサンブルがバッハのシチリアーノに聴こえるが、10秒後にソプラノが入ると突然ブラジル民謡の旋律線が浮かび、両者が同時に鳴っている構造に気づく。《センセマヤ》は7/8拍子のオスティナート(繰り返し音型)の上に打楽器が層を重ね、最後の1分でトゥッティ(全奏)の絶叫に至る流れが劇的。《エスタンシア》のマランボ(終曲)は6/8拍子のガウチョの男性舞踊で、弦楽・打楽器・ブラスが4分間ノンストップの加速で終わる。《リトミカス第5番》は打楽器だけの3分半、キューバのバタ(宗教打楽器)の3-2クラーベを西洋作曲の枠組みで書き留めた最初の例として、その後のヴァレーズ、ケージ、ラティン・ジャズの打楽器書法の全ての祖にあたる。
発展
1930年代がピーク。ヴィラ=ロボス《ブラジル風バッハ》全9曲(1930-1945)はバッハの対位法とブラジル民俗を統合した代表作、チャベス《インディオ交響曲》(1935)は先住民打楽器を管弦楽に組み込む決定版、レブエルタス《センセマヤ》(1938)はニコラス・ギジェンのアフロ=キューバン詩を管弦楽化した傑作、ヒナステラ《エスタンシア》(1941)はガウチョの牧場暮らしをバレエ音楽にした。キューバではアマデオ・ロルダン《リトミカス》(1930)とアレハンドロ・ガルシア・カトゥルラ《ベンベ》(1929)がアフロ=キューバン儀礼のリズムを純器楽化した。ヒナステラは1958年以降、十二音技法へ移行し弟子アストル・ピアソラのタンゴ革命の下地を作った。
出来事
- 1922: サンパウロ近代芸術週間(Villa-Lobos発表)
- 1930-45: Villa-Lobos《ブラジル風バッハ》全9曲
- 1935: Chávez《インディオ交響曲》
- 1938: Revueltas《センセマヤ》
- 1941: Ginastera《エスタンシア》
- 1962: Ginastera、ブエノスアイレスCLAEM設立
派生・影響
後の1960-70年代ヴァングアルディア・ラティノアメリカーナ(ヒナステラ主宰のCLAEM、1962-71)、ピアソラのヌエボ・タンゴ、ヴィラ=ロボス由来のブラジル現代音楽(カマルゴ・グアルニエリ門下)。ヌエバ・カンシオン運動は素材の使い方を裏返した継承関係。
音楽的特徴
楽器交響管弦楽団、室内楽、ピアノ独奏、時にインディヘナ打楽器(テポナストリ、クラヴェ、レコレコ)や声楽
リズム五音音階と長短調のビ・モーダル、2:3ヘミオラのメスティーソ拍、アフロ=キューバンのクラヴェ・シンコペーション
代表アーティスト
- Alberto Williams
- Manuel M. Ponce
- Heitor Villa-Lobos
- Carlos Chávez
- Amadeo Roldán
- Silvestre Revueltas
- Alejandro García Caturla
- Camargo Guarnieri
- Alberto Ginastera
代表曲
- Bachianas Brasileiras No.5 - Aria (Cantilena) — Heitor Villa-Lobos (1938)
- Chôros No.10 'Rasga o Coração' — Heitor Villa-Lobos (1926)
- Bembé — Alejandro García Caturla (1929)
- Sinfonía India (Symphony No.2) — Carlos Chávez (1935)
- Sensemayá — Silvestre Revueltas (1938)
- Concierto del Sur (Concerto for Guitar) — Manuel M. Ponce (1941)
- Estancia - Malambo (Final Dance) — Alberto Ginastera (1941)
Milongas (from 3 Milongas) — Alberto Williams (1927)
Rítmicas V — Amadeo Roldán (1930)
Danças Brasileiras (5 Pieces) — Camargo Guarnieri (1931)
日本との関係
日本のクラシック演奏史でこの楽派が定着したのは戦後で、ヴィラ=ロボス《ブラジル風バッハ第5番》はNHK交響楽団と鮫島有美子、佐藤しのぶらのソプラノ・シリーズで戦後最も頻繁に演奏されたラテン曲の一つとなった。ヒナステラ《エスタンシア》のマランボは新国立劇場バレエ団のプログラムに1990年代から入り、2000年代の熊川哲也Kバレエ・カンパニーの《ラテンナイト》公演では定番演目に。ネルソン・フレイレ(ブラジル)は生涯を通じて日本ツアーを繰り返し、ヴィラ=ロボスのピアノ協奏曲を東京・大阪・京都で複数回演奏、ブラジル人ピアニスト・アルナルド・コーエンやクリスチナ・オルティスも同曲の日本紹介者となった。武満徹はチャベスやレブエルタスに強い関心を持ち、対位法の技法における影響を自ら公言している。
初めて聴くなら
豆知識
アマデオ・ロルダン《リトミカス第5番》(1930)はエドガー・ヴァレーズ《イオニザシオン》(1931)より1年早く書かれた西洋作曲家として最初の打楽器アンサンブル作品だが、ヴァレーズが西洋前衛楽派の教科書に載る一方、ロルダンは「周縁の民族音楽的興味」として長く冷遇された。この歴史的不均衡は1990年代以降の再評価で少しずつ是正されつつある。ヒナステラ晩年の弟子アストル・ピアソラは、パリでナディア・ブーランジェに師事した際「タンゴを書きなさい、あなたの本当の音楽はそこにある」と告げられた逸話が有名だが、ブーランジェのその助言はヒナステラの国民楽派的信念の間接的な継承だった。
