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ラテン・カリブ

タンゴ

Tango

ブエノスアイレス / アルゼンチン / 南米 · 1880年〜

19世紀末のブエノスアイレスとモンテビデオで成立した、舞踏と歌の音楽。

どんな音か

アルゼンチン・ブエノスアイレス発祥の踊りの音楽。テンポはゆったりした曲から踊り向きの快活なものまで幅広い(おおむね60〜120 BPM)。中心となるのはバンドネオン(ドイツ製の蛇腹楽器)、ヴァイオリン、ピアノ、コントラバス、時にギター。これらが「オルケスタ・ティピカ」(タンゴの定番楽団編成)を構成する。メロディは甘くもの悲しい。リズムは四分の二拍子(2/4)が基本で、ピアソラ以降は4拍子も多い。そこに跳ねるようなアクセントのずれ(シンコペーション。ハバネラ由来のうねり)が加わり、翳りと前へ進む力を同時に生む。歌は語りかけるような節回しで、しゃがれた男性の声が中心。歌詞はスペイン語(ルンファルドという俗語が混ざる)で、テーマは男女の関係、移民の郷愁、ブエノスアイレスの夜、過ぎ去った時間。

生まれた背景

1880〜90年代のブエノスアイレスとモンテビデオ(ウルグアイ)。ここは、ヨーロッパからの移民、解放奴隷、田舎からの出稼ぎ労働者が集まる港町だった。その雑踏のなかで、アフリカ系のカンドンベのリズム、ヨーロッパのポルカマズルカ、土地のミロンガ(田舎の速い歌)が溶け合い、貧民街や娼館、移民街区からタンゴが生まれた。当初は労働者階級の踊りで上流階級は嫌悪したが、1910年代にパリで大流行し、逆輸入される形でブエノスアイレスの主流文化となった。タンゴを物語形式の歌に育てた歌手カルロス・ガルデルは、1930年代前半、パリでの録音と映画を通じてタンゴを国際的な歌の音楽へと押し上げた。続く1935〜55年がタンゴの黄金期(época de oro)である。鋭く刻んで踊らせるフアン・ダリエンソと、ためてうねらせるオスバルド・プグリエーセは対照的で、ほかにも流麗なカルロス・ディ・サルリ、叙情のアニバル・トロイロが、それぞれのリズムの個性を競って様式を確立した。1955年以降、アストル・ピアソラが「ヌエボ・タンゴ」(クラシックとジャズの語法を取り入れた現代タンゴ)で更新した。

聴きどころ

バンドネオンの音色は、アコーディオンでは出せない、人が息をつめて泣くような声に近い。蛇腹を長く引き伸ばし、ふっと音を断ち切る——その合間に生まれる「間(ま)」に耳を澄ます。ヴァイオリンが目的の音へ下から滑り上がるポルタメントは、タンゴで最もそれと分かる旋律の所作だ。楽団によってリズムの刻み方も対照的で、ダリエンソの鋭いマルカート(各拍を強く打つ刻み)と、プグリエーセのユンバ(タメてから沈み込むように出すうねるアクセント)を聴き比べると面白い。ピアソラの曲では、1拍を8つに割って3+3+2にアクセントを置く独特のリズムが特徴だ。歌付きの古典タンゴなら、歌い手の声のしゃがれと、楽団との掛け合いに耳を傾けたい。ライブでは奏者の足踏みも音楽の一部だ。

音楽的特徴

楽器バンドネオン、ヴァイオリン、ピアノ、ギター、コントラバス、声

リズムを聴く

このジャンルを特徴づける代表的なリズムパターン。再生ボタンでループ再生し、下のリズム譜で今どの拍が鳴っているかを確認できます。

タンゴ · 118 BPM

代表アーティスト

  • Francisco Canaroアルゼンチン · 1908年〜1964
  • Carlos Gardelアルゼンチン · 1911年〜1935
  • Sebastián Pianaアルゼンチン · 1923年〜1994
  • Aníbal Troiloアルゼンチン · 1937年〜1975
  • Astor Piazzollaアルゼンチン · 1944年〜1992

代表曲

日本との関係

1920年代に日本に紹介された後、ピアソラ作品は日本で異常な人気がある。富田勲、千住明、Kreva(『翼』など)らが日本独自のタンゴ解釈を試みている。NHK『ふたりのアリスのために』(1985)、映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984)など、ピアソラ風のバンドネオン曲は日本のサウンドトラックで頻繁に使われる。

初めて聴くなら

まずは Carlos Gardel『Por una Cabeza』(1935)。映画『セント・オブ・ウーマン』でも使われた有名曲で、最も親しみやすい入口だ。同じガルデルの『Mi Buenos Aires Querido』(1934)はヴォーカル・タンゴの最高峰。器楽の古典なら Aníbal Troilo『Quejas de Bandoneón』で楽団の響きを味わう。そして Astor Piazzolla『Libertango』(1974)へ。タンゴが現代音楽へと姿を変えた瞬間が聴ける。『Adios Nonino』(1959年作曲)は父の死に捧げた、ピアソラ最愛の一曲。さらに深く浸るなら、アルバム『タンゴ: Zero Hour』(1986)から始めるとよい。

豆知識

中心楽器のバンドネオンは、もともと1840年代後半のドイツで教会オルガンの代用品(持ち運べる小型オルガン)として広まった。楽器そのものを考案・改良したのは別人(ドイツ・コンサーティーナの系譜)だが、これを広く売りさばいたハインリヒ・バントの名がそのまま楽器名として残った。それがドイツの船員や移民とともに地球の裏側のブエノスアイレスへ渡り、丸ごとタンゴに吸収された。やがてドイツでの生産はアルゼンチン向けが中心になったほどだ。「タンゴ」の語源は不明で、アフリカ・コンゴ語の「太鼓を打つ場所」説、ラテン語の「触れる(tangere)」説などがある——もしコンゴ語説が正しければ、「タンゴ」という名前自体が、この音楽のアフリカ系の出自を指していることになる。アストル・ピアソラは少年期をニューヨークで過ごし、1954年にはパリへ渡って、20世紀の名だたる作曲家を育てた伝説的な指導者ナディア・ブーランジェに師事した。彼女から「クラシックの模倣をやめて、自分のタンゴを書きなさい」と諭されたことで、ピアソラ独自の語法が生まれたという。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1800年代1850年代1870年代1880年代タンゴタンゴカンドンベカンドンベチャカレラチャカレラミロンガミロンガ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
タンゴを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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