中国民族管弦楽
劉天華の二胡改革(1920年代)を起点に、彭修文が1953年以降制度化した、中国伝統楽器による西洋管弦楽的アンサンブル。
どんな音か
中国民族管弦楽の音は、初めて聴くと不思議な均整感がある。二胡が第一ヴァイオリン、中胡が第二ヴァイオリンとヴィオラの間、革胡がチェロ、大革胡がコントラバスの位置を占め、琵琶・柳琴・中阮・大阮・古筝・揚琴が撥弦部を、笛子・笙・唢吶・管子が管楽部を、そして中国打楽器群が打楽器部を担う。この四声部×70人前後の編成は西洋交響楽団の写像であり、レパートリーの多くが西洋機能和声の枠内で書かれている。しかし旋律線は五音音階を土台とし、装飾音は中国伝統芸能由来のトレモロや滑音を保ち、そこに西洋和声の下敷きが敷かれるという、独特のハイブリッドが生まれている。彭修文《春江花月夜》(1957編曲)を聴くと分かるように、それは「中国風の交響曲」であって、伝統合奏そのものではない。
生まれた背景
起点は民国期の劉天華(1895-1932)で、彼は西洋ヴァイオリンの奏法・練習曲様式を二胡に応用し、47の練習曲と《病中吟》《月夜》《良宵》《空山鳥語》《光明行》を含む10大名曲を書き、二胡を音楽学校の教程楽器に引き上げた。1927年、彼は北京で「国楽改進社」を創設、雑誌『音楽雑誌』を発行し、五線譜と西洋和声を国楽の基礎教養として普及させた。決定打は1953年、彭修文(1931-96)が中央人民広播電台民族楽団(現・中国広播民族楽団)の指揮者となり、以降40年かけて楽器編成・譜面書式・和声規範を体系化したことだ。この過程で中低音・低音領域を補うために「革胡」「大革胡」「中音笙」「低音笙」といった新設計の楽器が加えられ、現代の民族管弦楽の標準編成が確定した。
聴きどころ
第一に、四声部の均整。西洋オーケストラの弦五部に対応する擦弦部(二胡・中胡・革胡・大革胡)の作り方に注目すると、これが20世紀の発明品であることが分かる。伝統中華合奏(江南絲竹など)には低音楽器はほぼ存在しなかった。第二に、二胡の独奏部分。劉文金《長城随想》で閔恵芬が弾く二胡は、西洋ヴァイオリン協奏曲のソロのように長い旋律線を歌う。第三に、打楽器書法の京劇由来。鑼鼓経(伝統打楽器パターン)が管弦楽の中に組み込まれている。第四に、旋律の「五音音階の中で機能和声を成立させる」書法。宮商角徵羽を保ちつつ、下声部が西洋のI-IV-V-Iを刻む独特の重ね方が中国民族管弦楽の商標となっている。
発展
彭修文の代表的編曲は《春江花月夜》《瑤族舞曲》《步步高》《豐收鑼鼓》(1972、蔡惠泉共作)などで、これらが「民族管弦楽の標準レパートリー」を形成した。1970年代末以降、専門作曲家世代として劉文金(1937-2013)が登場、二胡と民族楽団のための《豫北叙事曲》(1958)と《三門峡暢想曲》(1960)、そして彼の頂点作《長城随想》(1982、二胡と民族楽団のための4楽章協奏曲)は今も現代中国民族楽の代表作として演奏される。1977年、香港中楽団が英領香港で創設され、閻惠昌(1954-)らの指揮者を経て華僑圏最大の民族楽団として国際ツアー回路を築いた。中央民族楽団(北京)は現在、席強・趙咏山らを歴代芸術総監督とし、2015年『又見国楽』などの舞台化プロジェクトで新しい伝達形式を模索している。
出来事
- 1918-32: 劉天華の二胡10大名曲
- 1927: 国楽改進社創設(北京)
- 1953: 彭修文、中央人民広播電台民族楽団指揮者に就任
- 1972: 彭修文《豐收鑼鼓》
- 1977: 香港中楽団創設
- 1982: 劉文金《長城随想》
派生・影響
erhu-music (二胡音楽)・pipa-music (琵琶音楽)・peking-opera (京劇) の器楽側の近代化。現代邦楽・창작국악と兄弟関係。1990年代以降のC-POP・映画音楽(譚盾、趙季平) への技術基盤を提供。
音楽的特徴
楽器二胡・中胡・革胡・大革胡(擦弦)、琵琶・柳琴・中阮・大阮・古筝・揚琴(撥弦)、笛子・笙・唢吶・管子(管楽)、中国打楽器
リズム民歌拍節を土台に、西洋機能和声の周期性と、時に伝統戯曲由来の板式変化(散板・慢板・快板)を混在させる
代表アーティスト
- 劉天華 (Liu Tianhua)
- 彭修文 (Peng Xiuwen)
- 劉文金 (Liu Wenjin)
- 中央民族楽団 (China National Traditional Orchestra)
- 香港中楽団 (Hong Kong Chinese Orchestra)
- 閻惠昌 (Yan Huichang)
- 趙咏山 (Zhao Yong)
- 陳平 (Chen Ping)
代表曲
- 月夜 — 劉天華 (Liu Tianhua) (1918)
- 病中吟 — 劉天華 (Liu Tianhua) (1918)
- 空山鳥語 — 劉天華 (Liu Tianhua) (1928)
- 光明行 — 劉天華 (Liu Tianhua) (1931)
- 豫北叙事曲 — 劉文金 (Liu Wenjin) (1958)
瑤族舞曲 — 彭修文 (Peng Xiuwen) (1953)
春江花月夜 — 彭修文 (Peng Xiuwen) (1957)
豐收鑼鼓 (Harvest Drum) — 彭修文 (Peng Xiuwen) (1972)
長城随想 — 劉文金 (Liu Wenjin) (1982)
その後の代表曲
又見国楽 — 中央民族楽団 (China National Traditional Orchestra) (2015)
日本との関係
この項目は日本のリスナーにとって、二重の意味で重要だ。第一に、20世紀の中国民族管弦楽と日本の現代邦楽は、明治-民国期以降に東アジアで並行して起こった「伝統楽器の近代芸術音楽化」という同じ現象の中日版だ。1928年に宮城道雄が《春の海》を書いた同じ年、劉天華は《良宵》《空山鳥語》を書いた。両者が生きた時代の音楽的な問題設定は驚くほど似ていた。第二に、NHK交響楽団と中国広播民族楽団は1980年代以降、複数回の相互ツアーを行い、彭修文編曲作品を日本のホールで日本の指揮者が振り、日本の作曲家(石井真木、松村禎三)が民族管弦楽用の作品を書いてきた。1988年には日中友好記念公演として《日中民族楽団共同演奏会》がNHKホールで開催、両国のオーケストラ制度が同じ20世紀の発明品であることを対比的に示した。中国民族管弦楽を聴くことは、日本の現代邦楽を「東アジアの並行運動の一つ」として位置づけ直す作業になる。
初めて聴くなら
まず彭修文編曲《春江花月夜》(1957)から。中国広播民族楽団の彭修文自身の指揮による録音(1980年代 中国 Record Corporation)がスタンダード。次に劉文金《長城随想》(1982)を閔恵芬の二胡独奏で。深く入るなら劉天華十大名曲全集、彭修文《豐收鑼鼓》《瑤族舞曲》、そして香港中楽団の閻惠昌指揮録音(『中楽経典』シリーズ)。2015年『又見国楽』は現代の到達点として避けられない。
豆知識
「民族管弦楽」の楽器の一つ、「革胡」(gehu)は1958年前後に上海音楽学院で開発された新楽器で、伝統的な胡琴族には存在しなかった。もともと二胡の胴を大きくしただけでは十分な低音が出なかったので、チェロと同じサイズの胴に、二胡と同じ二絃と弓を組み合わせるという設計が試された。この楽器は「伝統」と言われることが多いが、実際は20世紀の発明品だ。もう一つ:劉天華の兄・劉半農は同時期の中国近代言語学の先駆者で、白話文の推進運動を担った。この兄弟は文化面と音楽面で、それぞれ「中国近代化」の理論と実践を担った。劉天華は37歳の若さで猩紅熱により急逝、もしあと20年生きていたら中国民族管弦楽の歴史はさらに違うものになっていた可能性がある。
