交響曲
管弦楽のための多楽章作品。古典派に確立し、ロマン派〜現代に至る西洋音楽の中心的器楽ジャンル。
どんな音か
オーケストラ(60〜100人編成)のための4楽章(時に3〜5楽章)構成の大規模管弦楽曲。第1楽章はソナタ形式(提示部・展開部・再現部・コーダ)、第2楽章はゆっくりした緩徐楽章、第3楽章はスケルツォまたはメヌエット(舞曲調)、第4楽章はフィナーレ。演奏時間は20〜90分。弦楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)が骨格、管楽器(フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、テューバ)が彩りを加え、打楽器(ティンパニ、シンバル、トライアングル)が強調を担う。
生まれた背景
18世紀前半、イタリアのオペラの「シンフォニア」(序曲)が独立した器楽曲として発展。1750年代のJ.C.バッハ、サンマルティーニらが基礎を築き、1760〜90年代のハイドン(交響曲を100曲以上作曲、「交響曲の父」)とモーツァルトが古典派の標準形を確立した。1800〜27年のベートーヴェン(9曲)が交響曲を「人類への精神的メッセージ」に押し上げ、19世紀のシューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ブラームス、チャイコフスキー、ブルックナー、マーラー、シベリウスが各々の道を切り開いた。20世紀以降はショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ヴォーン・ウィリアムズが伝統を継ぎ、現代でも交響曲は作曲家の主要ジャンルとして続いている。
聴きどころ
ソナタ形式の「主題」が何度も姿を変えて再現されること。展開部(中間部)で主題がどう分解・再構成されるかを追う。ベートーヴェン以降は楽章間にも主題的な関連が織り込まれることが多い。マーラー以降は楽章数が拡大し、人声が加わることもある。指揮者によって同じ曲が劇的に違う響きになる、解釈の楽しみも大きい。
発展
ハイドン104曲によりソナタ形式と4楽章構成が確立、モーツァルトが知性と歌謡性を融合させた。ベートーヴェン9作(特に第3「英雄」、第5、第9)で交響曲は思想を担う器となり、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、ブルックナー、マーラー、シベリウスへと連続的に発展。20世紀にはショスタコーヴィチ、ヴォーン・ウィリアムズ、シュニトケ、武満徹(管弦楽作品)が独自の交響的書法を模索した。
出来事
- 1771: ハイドン「交響曲第43番(マーキュリー)」、初期古典型
- 1804: ベートーヴェン「交響曲第3番(英雄)」
- 1824: ベートーヴェン「交響曲第9番」初演
- 1907: マーラー「交響曲第8番」初演(千人の交響曲)
派生・影響
交響詩、協奏交響曲、交響的変奏曲、20世紀の管弦楽作品全般に骨格を与えた。映画音楽の交響的書法も交響曲伝統の延長線上にある。
音楽的特徴
楽器管弦楽
リズムソナタ形式、4楽章構成
代表アーティスト
- ヨーゼフ・ハイドン
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
- ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
- フランツ・シューベルト
- フェリックス・メンデルスゾーン
- ローベルト・シューマン
- ヨハネス・ブラームス
- アントニン・ドヴォルザーク
- グスタフ・マーラー
- レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ
代表曲
- 交響曲第41番 ハ長調 K. 551「ジュピター」 — ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (1788)
- 交響曲第104番 ニ長調「ロンドン」 — ヨーゼフ・ハイドン (1795)
- 交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」 — ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (1804)
- 交響曲第9番 ニ短調 作品125 — ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (1824)
- 交響曲第9番 ホ短調「新世界より」 — アントニン・ドヴォルザーク (1893)
日本との関係
1887年の日本陸軍軍楽隊によるベートーヴェン交響曲第5番が、日本初のオーケストラ演奏とされる。NHK交響楽団(1926結成)、東京フィルハーモニー、新日本フィル、東京都交響楽団など、日本には世界水準のオーケストラが多数あり、人口比でクラシック演奏会の鑑賞者数は世界トップクラス。年末の「第九」(ベートーヴェン交響曲第9番)は日本独自の風物詩。
初めて聴くなら
1曲だけ聴くなら、ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」(1824)。第4楽章「歓喜の歌」は世界中の人が知っている。古典派のお手本なら、モーツァルト交響曲第40番ト短調 K.550(1788)。20世紀ならマーラー交響曲第2番「復活」、ショスタコーヴィチ交響曲第5番(1937)。
豆知識
ベートーヴェン交響曲第9番(1824)初演時、ベートーヴェンは聴覚をほぼ失っており、自分の振った演奏が拍手に変わったことが分からず、ソリストの一人が彼の体を観客の方に向けたという逸話がある。日本の年末「第九」習慣は、戦後の演奏家の生活費補填(年末は集金チャンス)から始まったとされ、世界的に見て独特の文化。
