ゴルハー
1956-1979のテヘラン国営放送番組《گلها(花々)》を軸にした、ペルシア古典の20世紀ラジオ管弦楽団化。ダーヴード・ピールニヤーが企画、ハーレギー・マハジュビー・バナーン・マルズィエらが実現した。
どんな音か
ゴルハーの音を最初に聴くと、多くの人は「これはペルシア古典なのか、映画音楽なのか」と迷うだろう。それは正しい迷いで、実際、20世紀のイラン音楽が『映画/ラジオ/コンサート』という近代的な三制度の中でダストガー(ペルシア古典)を書き直した現場そのものが、この番組群だからだ。番組の典型的な30分は、詩の朗読(ハーフェズ、サアディー、ルーミー)から始まり、Ruhollah Khaleghi 指揮の弦楽アンサンブルが pish-daramad(器楽序奏)を刻み、Morteza Mahjoubi のピアノがダストガーの旋律を左手和声で支え、Banan または Marzieh が古典詩を tahrir(装飾的な喉頭震動)で歌い上げる。ダストガーの12種類のモード(Shur, Homayoun, Segah, Mahur, Nava, Rast-Panjgah, Chahargah, Esfahan, Bayat-e Tork, Abu-Ata, Dashti, Afshari)を横断する転調が、指揮者の統率下でシームレスに行われる。伝統的な家元系の即興演奏に比べると、番組音楽の書式は明確に譜面主導で、時間が均等に流れる。
生まれた背景
1956年3月、ダーヴード・ピールニヤー(1900-1971)は元法律家・詩人としてテヘラン国営放送(ラジオ・イラン)の音楽部長を引き受け、《ゴルハーی جاویدان(不滅の花々)》第1回を放送した。パフラヴィー朝(1925-79)の近代化政策のもと、1930年代に女性歌手の公衆出演が解禁されており、1940年開局のラジオ・イランには職業音楽家の常設ポストが用意されていた。ピールニヤーの発案は、ペルシア古典詩(ハーフェズ、サアディー、ルーミー、ニザーミー)とダストガー旋律を対にする番組書式で、これに Ruhollah Khaleghi(1906-65、国立音楽院院長)がラジオ管弦楽団を組織し、Morteza Mahjoubi(1900-65)がピアノ伴奏和声を書いた。以降23年間で《ゴルハーی رنگارنگ(色とりどりの花々)》《یک شاخه گل(一枝の花)》《برگ سبز(緑の葉)》《ゴルハーی تازه(新しい花々)》の五シリーズが並行、約850本のプログラムを蓄積した。
聴きどころ
第一に、ピアノとダストガーの共存に注意。伝統的なペルシア古典にはピアノはなかったが、Mahjoubi は左手で dorian / phrygian に近い和声を刻み、右手で単旋律を追う書法を発明した。第二に、女性歌手 tahrir の使い方。Marzieh の《قصه شمع》を聴くと、伝統家元系の男性歌手のように低音の重い tahrir ではなく、高音域の細かい震動が全面に出る。第三に、指揮者の存在。伝統的な三重奏では独奏者と伴奏者が対等に交渉するが、番組音楽では指揮者(Khaleghi)が全員を統率、テンポと転調の瞬間が明確に決まる。第四に、詩の朗読と音楽の分離。番組の冒頭数分は俳優が古典詩を朗読、その後に音楽が入る二段構成が定型化している。
発展
1960年代を通じ、ガラームホセイン・バナーン(1911-1985)、マルズィエ(1924-2010)、デルカシュ(1925-2004)、ヴィーゲン(1929-2003、アルメニア系イラン人)らが番組の主軸歌手となり、彼らの録音は現在も20世紀ペルシア声楽の正典を成す。1971年ピールニヤー死去後は放送局が制作を継続、1979年革命まで新録音が続いた。革命後、多くの録音がイスラム共和国の女性歌手抑圧により公的放送から締め出されたが、家庭のカセット・海外のイラン系ラジオ局(Radio Farda、KIRN Los Angeles)・そして2010年代のGolhāアーカイブ・プロジェクト(Jane Lewisohn主導、SOAS London / Radio Zamaneh)により全850本近くがデジタル化・公開された。現代の後継としてホマーユーン・シャジャリアーン(1975-、シャジャリアーンの息子)、アリレザ・ゴルバニー(1972-)がゴルハー由来の書式を明示的に継承している。
出来事
- 1956: ダーヴード・ピールニヤー《گلهای جاویدان》第1回放送
- 1961: ルーホッラー・ハーレギー国立音楽院院長就任
- 1965: モルテザー・マハジュビー没
- 1971: ダーヴード・ピールニヤー没
- 1979: イスラム革命、番組終了
- 2005-: SOAS Golhā アーカイブ・プロジェクト開始
- 2012: 全アーカイブオンライン公開
派生・影響
persian-classical (ダストガー体系)を近代化した直接の子孫。tarab / egyptian-classical-tarab / rahbani-tradition と20世紀中東芸術音楽の兄弟。20世紀国家メディアによる古典再定式化として shin-nihon-ongaku / chinese-national-orchestra / changjak-gugak の中東版。
音楽的特徴
楽器ラジオ管弦楽団(西洋弦楽器)、タール、セタール、サントゥール、ネイ、カマンチェ、ザルブ、時にピアノ、独唱(男女)
リズムアヴァーズ自由律の導入、ダストガー12種を横断する転調、指揮者の統率による周期リズムの均一化、器楽間奏(pish-daramad / reng)の定型化
代表アーティスト
- モルテザー・マハジュビー (Morteza Mahjoubi)
- ルーホッラー・ハーレギー (Ruhollah Khaleghi)
- ガラームホセイン・バナーン (Gholam-Hossein Banan)
- マルズィエ (Marzieh)
- デルカシュ (Delkash)
- ヴィーゲン (Vigen Derderian)
- ダーヴード・ピールニヤー (Davoud Pirnia)
- アリレザ・ゴルバニー (Alireza Ghorbani)
- ホマーユーン・シャジャリアーン (Homayoun Shajarian)
代表曲
ای ایران (Ey Iran) — ルーホッラー・ハーレギー (Ruhollah Khaleghi) (1944)
الهه ناز (Elahe-ye Naz) — ガラームホセイン・バナーン (Gholam-Hossein Banan) (1955)
برنامه گلهای جاویدان (Golha-ye Javidan Program No. 1) — ダーヴード・ピールニヤー (Davoud Pirnia) (1956)
توت فرنگی (Toot Farangi) — デルカシュ (Delkash) (1957)
قصه شمع (Ghesse-ye Sham') — マルズィエ (Marzieh) (1958)
مهتاب (Mahtāb) — ヴィーゲン (Vigen Derderian) (1958)
کاروانسرا (Karvansara) — ガラームホセイン・バナーン (Gholam-Hossein Banan) (1960)
بیداد (Bidad) — Mohammad Reza Shajarian (1985)
その後の代表曲
خیال انگیز (Khial-Angiz) — ホマーユーン・シャジャリアーン (Homayoun Shajarian) (2007)
سرو ناز (Sarv-e Naz) — アリレザ・ゴルバニー (Alireza Ghorbani) (2011)
日本との関係
ゴルハーは、日本の新日本音楽(宮城道雄、1920年代)・現代邦楽(1964-)、韓国の創作国楽(1962-)、中国の民族管弦楽(1953-)と並行する『20世紀国家メディアによる古典音楽の再定式化』運動の中東版として、東アジアの類似運動と直接比較できる。日本のリスナーにとって特に印象的なのは、番組音楽としての体系化がラジオという放送メディアを軸に成立した点で、これは日本の NHK 邦楽番組(1930年代-)、韓国 KBS 국악관현악団(1985)と全く同じ制度的発想だ。1990年代以降、日本のペルシア音楽研究者(谷正人ら)がラディーフを取り入れた作品を発表しており、2010年代には Homayoun Shajarian や Alireza Ghorbani の日本公演も複数回行われた。
初めて聴くなら
まず Banan《الهه ناز(Elahe-ye Naz)》(1955、Mahjoubi 作曲・伴奏)から。番組音楽の書式の教科書的な代表作。次に Marzieh《قصه شمع(Ghesse-ye Sham')》(1958)を通じ、女性 tahrir の声質を知る。深く入るなら SOAS の ゴルハー アーカイブ・プロジェクト(2005-、Jane Lewisohn 主導)にアクセス、全850本近くのプログラムがオンライン公開されている。現代の後継としては Homayoun Shajarian《Nasim-e Vasl》(2007)、Alireza Ghorbani《Sokoote Sarshar-e Nagofteha》(2001)。
豆知識
ダーヴード・ピールニヤーは、実は音楽家ではなかった。テヘラン大学法学部教授として著名な法律家で、詩人でもあり、音楽制作は45歳の中年になってから始めた副業だった。にもかかわらず、彼が構想した『詩+ダストガー+ラジオ管弦楽団』という番組書式は23年間続き、850本近くのプログラムを生み、20世紀ペルシア音楽の制度を作った。もう一つ:1979年革命後、多くのゴルハー録音は女性歌手の声が入っているという理由でイスラム共和国の公的放送から締め出された。しかし家庭のカセット・海外のイラン系ラジオ局(Radio Farda、KIRN Los Angeles)・そして海外のイラン系コミュニティを通じて、この音は世代を超えて生き延びた。革命45周年の2024年、SOAS の全アーカイブ・プロジェクトは全プログラムの復元・公開を完了、20世紀の中東で失われかけた芸術音楽が21世紀に完全な形で復元されるという稀有な事例となった。
影響・派生で結ばれたジャンル
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- ポップペルシャ・ポップ
