古典

京劇

Peking Opera

北京 / 中国 / 東アジア · 1790年〜

別名: 京戲 / Jingju

清代に北京で成立した、中国を代表する伝統歌劇。

どんな音か

声の種類(行当、ハンダン)が役の性格を決める。生(シェン、男役)、旦(ダン、女役)、浄(ジン、豪快な性格の男役で顔に複雑な隈取り)、丑(チョウ、道化役)の4系統があり、それぞれ音域・発声・所作が完全に別個の訓練体系を持つ。歌は「西皮(シーピー)」と「二黄(アルファン)」という2つの旋律系統を軸に組み立てられ、テンポの速い「流水(リウスイ)」や「快板(クァイバン)」から緩やかな「慢板(マンバン)」まで拍子の種類で感情を切り替える。伴奏の中心は京胡(ジンフー、二胡の一種で高い音域)と打楽器で、銅鑼や拍板が場面の転換を知らせる。

生まれた背景

1790年、乾隆帝の80歳の誕生祝賀のために安徽省の「徽班(ホイバン)」と呼ばれる劇団が北京に招かれた。この際に持ち込まれた徽剧(ホイジュ)のスタイルが、北京で流行していた漢剧(ハンジュ)やその他の地方様式と混交し、1820〜30年代頃に「京劇」として結晶化したとされる。19世紀末には梅蘭芳が旦(女形)の演技を磨き上げ、1919年に日本、1930年にはアメリカ合衆国公演を行って国際的な注目を集めた。彼の「覇王別姫」(1922年に整備した版)は項羽と虞姫の別れを扱い、現在も最もよく上演される演目のひとつだ。

聴きどころ

「覇王別姫」の虞姫の剣舞の場面では、旦役の歌声が京胡と絡み合いながら感情的な高まりを作る。旦の声は男性が女性を演じる(梅蘭芳自身も男性)高音の裏声で、その声質の「人工的な美しさ」に耳を慣らすことが京劇鑑賞の最初の関門だ。打楽器が「ドン、ツン、ダン」とリズムを変えながら場面転換を告げる——この打楽器の音型を覚えると、いつ次の段落が始まるかがわかるようになる。

発展

20世紀前半、梅蘭芳・程硯秋・尚小雲・荀慧生の『四大名旦』が女形芸を芸術として完成させた。1930年代の梅蘭芳訪米・訪ソ公演で国際的評価を得て、ブレヒトの叙事演劇にも影響を与えた。文化大革命期に革命模範劇に再編されたが、改革開放後に古典演目が復興した。

出来事

  • 1790年: 四大徽班の北京入り。
  • 1845年: 程長庚らによる京劇様式の確立。
  • 1930年: 梅蘭芳訪米公演。
  • 1964年: 革命現代京劇『紅灯記』。
  • 2010年: 京劇がユネスコ無形文化遺産代表一覧表に登録。

派生・影響

中国全土の地方戯曲(漢劇・粵劇など)との相互影響を通じ、中国伝統劇の規範となった。海外華人社会・西洋現代演劇にも広範な影響を残した。

音楽的特徴

楽器京胡、月琴、二胡、板鼓、大鑼、小鑼、鐃鈸、声

リズム西皮・二黄の二大声腔、板眼(拍子)体系、念白と歌の交替

代表アーティスト

  • 梅蘭芳中国 · 1904年〜1961
  • 程硯秋中国 · 1922年〜1958

代表曲

日本との関係

梅蘭芳の1919年の日本公演は日本の演劇界に大きな衝撃を与え、当時の著名な演劇人(吉井勇、斎藤秀雄ら)が絶賛の批評を残した。戦後は政治的な関係変化で交流が途絶えた時期もあったが、1978年の日中平和友好条約以降は劇団が来日し、国立劇場での公演が行われてきた。歌舞伎と京劇の比較研究は演劇学の分野では継続的なテーマだ。

初めて聴くなら

梅蘭芳の「覇王別姫」の録音(1920〜30年代のものが現存する)を映像と合わせて観ると、声と動きの対応関係がつかみやすい。ただし古い録音は音質が限られるため、現代の梅派の継承者(たとえば李勝素など)の映像録音を先に観て、その後に梅蘭芳本人の録音と比較するのが理解の近道だ。

豆知識

陳凱歌監督の映画「覇王別姫」(1993年)は京劇俳優の人生をテーマにした作品で、カンヌ映画祭パルム・ドールを受賞し、国際的に京劇の存在を広めた。この映画の主人公が演じる「虞姫」の場面は、梅蘭芳の解釈に基づいており、映画と伝統芸能の関係を考える上で興味深い事例だ。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1550年代1790年代1850年代京劇京劇崑曲崑曲粵劇粵劇凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
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