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伝統・民族

現代邦楽

Gendai Hōgaku

東京 / 日本 / 東アジア · 1964年〜

別名: Contemporary Japanese Traditional Music / 現代の和楽器音楽 / Modern Hōgaku

1960年代以降、和楽器を全面的にモダニズム作曲語法の中で書き直した邦楽の現代化。三木稔・武満徹が両輪。

どんな音か

現代邦楽は、耳当たりの心地よさで聴くジャンルではない。むしろその逆で、聴き手に「これは伝統邦楽ではない」と最初に告げるための音の身振りが徹底されている。三木稔《レクイエム》(1981)の冒頭、日本音楽集団の30名の和楽器奏者がドローン層と細分化された打点を重ねる音響は、雅楽でも歌舞伎伴奏でもない、まぎれもなく20世紀の管弦楽的思考の中で書かれている。武満徹《ノヴェンバー・ステップス》(1967)では琵琶と尺八の即興的独奏が、西洋管弦楽の点描的な音響と直接向かい合う。ここでの和楽器は「東洋情緒」の記号ではなく、変拍子・多層拍節・自由書式を演奏できる現代の楽器として使われている。

生まれた背景

1964年、三木稔・長沢勝俊らを中心に東京で「日本音楽集団(Pro Musica Nipponia)」が結成された時が起点だ。ここで初めて、和楽器のための現代音楽を「常設の演奏団体+新作の恒常的な委嘱」という西洋室内楽の制度モデルの中に置く試みが本格化した。決定的な瞬間は1967年11月9日、ニューヨーク・フィルの125周年記念委嘱で、小澤征爾の指揮、鶴田錦史の琵琶と横山勝也の尺八を独奏に据えた武満徹《ノヴェンバー・ステップス》がリンカーン・センターで世界初演された夜だった。この時、和楽器が「西洋管弦楽と対等の音響的位置」にあることが国際的に承認された。

聴きどころ

まず注意すべきは、変拍子と自由書式の扱いだ。日本音楽集団のスコアでは、5/8→7/8→3/4のような複合拍子や、拍節記号のない「約○秒間、この動きを続ける」という自由書式が頻繁に指示される。次に、和楽器の非慣習的な奏法。琵琶の絃を爪ではなく指の腹で撫でる音、尺八のメリ・カリを極端に誇張したベンド、箏の絃を弓で擦る音など、伝統演奏では避けられてきた特殊奏法が主役に躍り出る。第三に、間(ま)の意識的な作曲。武満の楽譜には長い休符が明示的に設計され、演奏者は「音を出さない時間」を作品の一部として演奏する。第四に、和洋の対抗編成では、両者の音響が「混ざる」のではなく「向かい合う」ように配置される。

発展

三木稔は歌劇《春琴抄》(1975)、《じょうるり》(1985)、《静と義経》(1994)を含む8作のオペラで邦楽器と声のオペラ史を書き直し、《レクイエム》(1981)は日本音楽集団の代表作となった。武満は《秋》(1973)、《ジェモー》(1971-86)で和楽器と洋管弦楽の対抗を継続、細川俊夫(1955-)が武満以降の主軸を担った。演奏家側は沢井一恵(1941-、20絃箏)、吉村七重(1948-、20絃箏)、山本邦山(1937-2014、尺八・ジャズ横断)、田嶋直士(尺八)らが並走し、高橋アキ(1944-、ピアノ)は現代邦楽の周縁で武満・ケージを紹介する橋渡し役として重要だった。

出来事

  • 1957: 邦楽4人の会結成
  • 1964: 日本音楽集団(Pro Musica Nipponia)結成
  • 1967: 武満徹《ノヴェンバー・ステップス》初演
  • 1973: 武満徹《秋》
  • 1981: 三木稔《レクイエム》
  • 1985: 三木稔《じょうるり》

派生・影響

新日本音楽 (shin-nihon-ongaku) の直接の子孫、韓国 창작국악・中国 民族管弦楽と兄弟関係、Second Viennese School / Darmstadt / スペクトル楽派とは影響関係。

音楽的特徴

楽器箏(13/17/20/25絃)、尺八、三味線、琵琶、笙、篳篥、龍笛、時に西洋管弦楽との対抗編成

リズム変拍子、多重拍節、無拍節の自由書式、間(ま)を作曲の対象化する時間論

代表アーティスト

  • 唯是震一日本 · 1948年〜2015
  • 横山勝也日本 · 1955年〜2010
  • 長沢勝俊日本 · 1955年〜2008
  • 三木稔日本 · 1957年〜2011
  • 山本邦山日本 · 1957年〜2014
  • 邦楽4人の会日本 · 1957年〜
  • 沢井一恵日本 · 1961年〜
  • 日本音楽集団 (Pro Musica Nipponia)日本 · 1964年〜
  • 高橋アキ日本 · 1971年〜
  • 吉村七重日本 · 1975年〜

代表曲

日本との関係

現代邦楽は、日本の芸術音楽アイデンティティを内側から書き換えた運動だ。三木稔は1976年『春琴抄』でオペラの語法を邦楽器で書けることを示し、以降8作のオペラ連作で「日本語オペラは西洋楽器で書くしかない」という戦後の暗黙の前提を粉砕した。武満徹は映画音楽(小林正樹、勅使河原宏、黒澤明)を通じ、日本映画のサウンドトラック全体に和楽器を戻した。教育制度としては、1985年前後から国内音大の邦楽科が「新作演奏」を必修化し、以降の若い演奏家は伝統古典と現代作品の両方を弾ける能力を持つようになった。日本音楽集団は結成60周年を迎えた今も現役で、細川俊夫や藤倉大ら次世代作曲家からの新作を受け続けている。

初めて聴くなら

まず武満徹《ノヴェンバー・ステップス》(1967、小澤征爾/トロント響/鶴田錦史/横山勝也の録音)から。20分の中に現代邦楽のほぼ全ての問題設定が凝縮されている。次に三木稔《レクイエム》(1981、日本音楽集団自作自演)。深く入るなら三木のオペラ《じょうるり》(1985)、武満《秋》(1973)、そして日本音楽集団『はるかなる祝祭』(結成30年記念、1994)。周縁として山本邦山&佐藤允彦『銀界』(1970)は必聴。

豆知識

《ノヴェンバー・ステップス》初演時、独奏を務めた鶴田錦史(1911-1995)は当時56歳の女性琵琶奏者で、それまで日本国内でも「女性が薩摩琵琶を弾く」ことが異例視されてきた人物だった。武満は初演までの2年間、彼女と横山勝也を東京・多摩の自宅に呼び、和楽器の奏法と自身の記譜法の対応を一つずつ確認する作業を重ねた。その過程で武満自身が「西洋記譜法では書けない音がある」と気づき、以降の楽譜で「約〜秒間、この動きを続ける」という時間指示の書式を発達させた。もう一つの逸話:三木稔は自身のオペラ《静と義経》を「まず英語版で書いてから日本語に戻した」と語っている。国際上演を最初から想定していた。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1960年代1980年代現代邦楽現代邦楽現代芸術音楽化カッワーリー現代芸術音楽化カッワーリー凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
現代邦楽を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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日本 · 1964年前後 (±25年)