WorldMusic

ラテン・カリブ

チチャ

Peruvian Chicha

リマ / プカルパ / イキトス / ペルー / 南米 · 1968年〜

別名: Cumbia amazónica / Cumbia peruana / Cumbia andina

1960年代末リマとアマゾンでコロンビア産クンビアとエレキギター、アンデス旋律が融合した都市音楽。

どんな音か

チチャは、コロンビアから輸入されたクンビアの2/4のダンス土台に、サーフ・ロック由来のスプリング・リバーブの効いたエレキギター、アンデス山岳部のペンタトニックな旋律、そしてスペイン語の労働者・移民の生活を歌う歌詞を乗せた、1960年代末〜70年代のペルー独自の都市音楽である。編成はエレキギター2本、エレキベース、ドラムキット、コンガ、ティンバレス、時にトランペットとキーボードで、ギターの音色はテキサスの60年代サーフ盤(Ventures, Dick Dale)に近い。テンポは100-115BPMで、ダンスホールでの回転数と踊りやすさを最優先する。歌唱は男性ソロが多く、山岳部訛りのスペイン語で郷愁を歌う。

生まれた背景

1960年代末、アマゾンの石油ブーム都市プカルパでLos Mirlosがコロンビアクンビアに歪んだエレキギターを重ねる編成を打ち出し、同じ頃リマではLos Destellosが同じ方向性で先行した。1970年代前半までにチチャは山岳部からリマ郊外のスラム(barriada)へ流入した数百万人の移民の音楽的アイデンティティになり、決定打はチャカロン・イ・ラ・ヌエバ・クレマ(本名Lorenzo Palacios、1950-1994)の1978年『Muchacho Provinciano』だった。1980年代前半にはLos Shapisがアンデス的旋律をより前面に出し「チチャ・アンディナ」を確立、続く『El Aguajal』が全国ヒットとなった。

聴きどころ

まずギターの音色に耳を澄ませてほしい。Los Mirlosの1973年『La Danza de los Mirlos』の主旋律は、スプリング・リバーブの湿った残響とトレモロ・アームで揺らしたビブラートによる、テキサスのサーフ・ロックの語彙そのものだ。それをコロンビアクンビアの2/4のダンス・ビートが下から支えている。次にチャカロンの歌唱、フレーズの終わりで声を微かに絞り込む癖があり、これはアンデス山岳部のワイノ歌唱の様式をチチャの都市音楽に持ち込んだ痕跡だ。歌詞は移民、貧困、郷愁、そして「首都リマは冷たい」といった直接的な社会批評が中心で、これが「大衆の代弁者」という評価の基盤だ。

発展

1994年6月24日のチャカロン没時にリマの葬列に集まった民衆は10万人を超え、社会現象として報じられた。その後1990年代のフジモリ政権下ではチチャは政治的な階級標識になり、上流階層からは差別的に扱われた。2010年代以降、Bareto、Los Mirlosの再評価、そしてBarbes Records(米ブルックリン)や日本のディスク・ユニオン系再発によって国外での再発見が進み、チチャは「ペルーの隠れた黄金期」として世界の耳に再登場した。

出来事

  • 1968: Los Destellos結成
  • 1973: Los Mirlos『La Danza de los Mirlos』
  • 1978: Chacalón『Muchacho Provinciano』
  • 1994: Chacalón没、リマで10万人の葬列
  • 2010: Bareto『Cumbia』でリバイバル決定

派生・影響

現代のクンビア・ペルアーナ(Grupo 5, Hermanos Yaipén)、リマの新世代インディー・ロックへも影響。

音楽的特徴

楽器エレキギター、ベース、ドラム、コンガ、ティンバレス、ボーカル、時にキーボード

リズムクンビアの2/4を土台にサーフ・ロックのリバーブと、ワイノ由来のペンタトニック旋律を上乗せ

代表アーティスト

  • Los Destellosペルー · 1966年〜1976
  • Los Mirlosペルー · 1970年〜
  • Chacalón y La Nueva Cremaペルー · 1975年〜1994
  • Los Shapisペルー · 1981年〜

代表曲・古典

日本との関係

日本でのチチャは、2010年代前半の再発ブームで一気に認知度が上がった。米ブルックリンのBarbes Recordsが2007年に『The Roots of Chicha』シリーズを開始し、その日本盤(Pヴァインなど)が2010年前後に流通したのが起点だ。以降、東京の渋谷や下北沢のレコード店でチチャ・コンピが定期的に平積みされ、Los MirlosやBaretoの来日公演も2010年代に複数回実現している。日本のDJ/コレクター層(ソウル・ジャズやトロピカル系)がチチャを世界の耳に届ける主要な媒体になっており、この認知拡大はアメリカ合衆国と並行して起きた稀有なパターンだ。

初めて聴くなら

最初はLos Mirlos『La Danza de los Mirlos』(1973)、これはチチャの音色を最も直接的に伝える一曲で、サーフ・ギターとクンビアの融合を4分間で体感できる。次にチャカロン・イ・ラ・ヌエバ・クレマ『Muchacho Provinciano』(1978)、リマ郊外のスラムから見た世界を歌詞で追いながら聴くと、ペルーの都市音楽の重心が理解できる。Los Shapis『El Aguajal』(1983)はアンデス的旋律の混入を確認できる。米Barbes Recordsの『The Roots of Chicha』(2007)がキュレーションの決定版で、初心者はこの一枚から入るのが最も効率的だ。

豆知識

チチャ」の呼称はアンデスの発酵飲料(トウモロコシ酒)から来ており、当初は上流階層による差別的呼称だったが、1990年代以降当事者が誇りを持って自称するように意味が反転した。チャカロンの1994年6月24日の死去時、リマの葬列に集まった民衆は10万人を超え、社会現象として全国紙が報じた。彼の墓はサン・マルティン・デ・ポレス区にあり、いまも命日には数千人が訪れる。Los Mirlosは2010年代以降、フランススペインで爆発的な人気を得て、フランス側では『La Danza de los Mirlos』のカバー・バンドが50組以上活動しているとされる。

影響・派生で結ばれたジャンル

チチャを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

チチャ の系譜全体図(多段)を見る

同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル

ペルー · 1968年前後 (±25年)