チチャ
1960年代末リマとアマゾンでコロンビア産クンビアとエレキギター、アンデス旋律が融合した都市音楽。
まずはここから
ひとことで言うと1960年代末リマとアマゾンでコロンビア産クンビアとエレキギター、アンデス旋律が融合した都市音楽。
まずはこの曲からLos Destellos — Constelación ▶ YouTube
代表的な人Los Destellos
どんな音か
チチャは、コロンビアから輸入されたクンビアの2/4のダンス土台に、サーフ・ロック由来のスプリング・リバーブの効いたエレキギター、アンデス山岳部のペンタトニックな旋律、そしてスペイン語の労働者・移民の生活を歌う歌詞を乗せた、1960年代末〜70年代のペルー独自の都市音楽である。編成はエレキギター2本、エレキベース、ドラムキット、コンガ、ティンバレス、時にトランペットとキーボードで、ギターの音色はテキサスの60年代サーフ盤(Ventures, Dick Dale)に近い。テンポは100-115BPMで、ダンスホールでの回転数と踊りやすさを最優先する。歌唱は男性ソロが多く、山岳部訛りのスペイン語で郷愁を歌う。
聴きどころ
初めて聴くなら
最初はLos Mirlos『La Danza de los Mirlos』(1973)、これはチチャの音色を最も直接的に伝える一曲で、サーフ・ギターとクンビアの融合を4分間で体感できる。次にチャカロン・イ・ラ・ヌエバ・クレマ『Muchacho Provinciano』(1978)、リマ郊外のスラムから見た世界を歌詞で追いながら聴くと、ペルーの都市音楽の重心が理解できる。Los Shapis『El Aguajal』(1983)はアンデス的旋律の混入を確認できる。米Barbes Recordsの『The Roots of Chicha』(2007)がキュレーションの決定版で、初心者はこの一枚から入るのが最も効率的だ。
代表アーティスト
- Los Destellos
- Los Mirlos
- Chacalón y La Nueva Crema
もっと見る(あと1件)
- Los Shapis
代表曲
- Los Destellos — Constelación (1970)
- Los Destellos — La Cumbia del Sol (1971)
- Los Mirlos — La Danza de los Mirlos (1973)
もっと見る(あと5件)
- Los Mirlos — Muchachita del Oriente (1974)
- Chacalón y La Nueva Crema — Muchacho Provinciano (1978)
- Los Shapis — Ambulante Soy (1982)
- Los Shapis — El Aguajal (1983)
- Chacalón y La Nueva Crema — Soy Provinciano (1985)
生まれた背景
1960年代末、アマゾンの石油ブーム都市プカルパでLos Mirlosがコロンビアのクンビアに歪んだエレキギターを重ねる編成を打ち出し、同じ頃リマではLos Destellosが同じ方向性で先行した。1970年代前半までにチチャは山岳部からリマ郊外のスラム(barriada)へ流入した数百万人の移民の音楽的アイデンティティになり、決定打はチャカロン・イ・ラ・ヌエバ・クレマ(本名Lorenzo Palacios、1950-1994)の1978年『Muchacho Provinciano』だった。
続きを読む
1980年代前半にはLos Shapisがアンデス的旋律をより前面に出し「チチャ・アンディナ」を確立、続く『El Aguajal』が全国ヒットとなった。
音楽的特徴の詳細
楽器エレキギター、ベース、ドラム、コンガ、ティンバレス、ボーカル、時にキーボード
リズムクンビアの2/4を土台にサーフ・ロックのリバーブと、ワイノ由来のペンタトニック旋律を上乗せ
発展
1994年6月24日のチャカロン没時にリマの葬列に集まった民衆は10万人を超え、社会現象として報じられた。その後1990年代のフジモリ政権下ではチチャは政治的な階級標識になり、上流階層からは差別的に扱われた。2010年代以降、Bareto、Los Mirlosの再評価、そしてBarbes Records(米ブルックリン)や日本のディスク・ユニオン系再発によって国外での再発見が進み、チチャは「ペルーの隠れた黄金期」として世界の耳に再登場した。
出来事
- 1968: Los Destellos結成
- 1973: Los Mirlos『La Danza de los Mirlos』
- 1978: Chacalón『Muchacho Provinciano』
- 1994: Chacalón没、リマで10万人の葬列
- 2010: Bareto『Cumbia』でリバイバル決定
派生・影響
現代のクンビア・ペルアーナ(Grupo 5, Hermanos Yaipén)、リマの新世代インディー・ロックへも影響。
日本との関係
豆知識
「チチャ」の呼称はアンデスの発酵飲料(トウモロコシ酒)から来ており、当初は上流階層による差別的呼称だったが、1990年代以降当事者が誇りを持って自称するように意味が反転した。チャカロンの1994年6月24日の死去時、リマの葬列に集まった民衆は10万人を超え、社会現象として全国紙が報じた。
影響・派生で結ばれたジャンル
系譜図を見る
感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル
チチャが好きな人は、この6つも刺さる可能性が高いです。系譜図には出てこない、意外な隣人たち。
