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ラテン・カリブ

ワイノ

Huayno

ペルー/ボリビア/エクアドル / アンデス · 1500年〜

別名: Wayno / Huayño

ペルー・ボリビア・エクアドル高地のアンデス先住民ケチュア・アイマラ系民族の伝統舞踊歌で、植民地以前から続く中核ジャンル。

まずはここから

ひとことで言うとペルー・ボリビア・エクアドル高地のアンデス先住民ケチュア・アイマラ系民族の伝統舞踊歌で、植民地以前から続く中核ジャンル。

まずはこの曲からDina PáucarAl filo de tu partida

代表的な人Dina Páucar

どんな音か

ワイノの音は、標高3000m以上の高地での『息の薄さ』と『心の哀愁』を融合した音色である。メロディーはペンタトニック(5音階)を基調にしながら、西洋の長調・短調とは異なり、特定の音高『偏向』を持つ。楽器編成は地域によって大きく異なり、アンデス南部(ボリビア)ではサンポーニャ(パイプ・オルガン的フルート群)が主流で、ペルー北部ではケーナ(垂直フルート)やチャランゴ(小型弦楽器)が主役を務める。テンポはBPM60〜100で、比較的遅く、舞踊は『ひきずるような歩み』を特徴とする。歌唱は往々にして高い音域で、『泣きの美学』が支配的。音色全体は『乾燥した風』と『地球の重み』を同時に表現している。

聴きどころ

ワイノを聴く時は「アンデス山地の空気感」を音の中に探してほしい。標高3000-4500mの高地の薄い空気は、ケーナ(縦笛)の音色に独特の乾燥した響きを与え、サンポーニャ(パンパイプ)の複数管の同時鳴りは、風の音のような重層的なテクスチャを作る。チャランゴ(小型弦楽器、5弦×2ペア=10弦)の高音の細かい連打は、ワイノの疾走感の中心だ。歌唱は男女どちらもあり、女性ソロの高音の張り上げは特に印象的で、これはCusco地方の山岳部の様式だ。歌詞はケチュア語、アイマラ語、スペイン語のいずれもあり、恋、労働、山、土地、村の生活が主題になる。

初めて聴くなら

ワイノの入り口はまずボリビアのLos Kjarkasから、『Llorando se Fue』(1981)——後にLambadaにサンプリングされた曲——でアンデス・フォルクローレの汎スタイルを、続いて彼らのメンバー内訳と楽器編成を意識しながら数曲聴く。次にペルー側からDina Páucar『Al filo de tu partida』で現代ワイノのメロディックな進化を体感する。伝統的な純度が聴きたければ、Cusco地方のフィールド録音(Smithsonian Folkways)を探すと、教会前のプラザで演奏される即興的なワイノに出会える。

代表アーティスト

  • Dina Páucarペルー · 1993年〜

生まれた背景

ワイノはアンデス先住民の古代音楽に由来し、13世紀のインカ帝国時代にも類似の音楽形式が存在したと推定されている。スペイン征服後、キリスト教化される過程でもワイノは『民間宗教音楽』として継承され、植民地時代から近代にかけて、アンデス先住民のアイデンティティの中核を成してきた。

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20世紀中盤のペルー・ボリビア民族主義運動では『革命の音楽』として政治化され、1960〜1970年代のフォルクローレ・ムーブメントで国際的に紹介された。

音楽的特徴の詳細

楽器ケーナ、サンポーニャ、チャランゴ、ボンボ、声

リズム速い2/4、アンデス五音音階、男女輪舞

発展

1940年代以降のリマ・ラパス都市化でワイノが地方労働者の故郷思慕の歌として商業録音され、ピチタ・カラパチと、ピチー・カラパチが代表となった。20世紀後半のラ・ヌエバ・カンシオン・ペルアナ運動で社会派ワイノが、21世紀のチチャ・ロックでも応用された。

出来事

  • 1940s: 都市化と商業録音
  • 1968: ペルー左派軍政の文化政策で国民音楽化
  • 1985: チチャ・ロック融合
  • 2010: ユネスコ無形文化遺産候補リスト

派生・影響

チチャ、サヤ、カポラル、ヌエバ・カンシオンに影響。

その後の代表曲

日本との関係

日本でのワイノの認知は、1960-70年代のフォルクローレ・ブームで一気に高まり、Los Kjarkas(ボリビア、Andes・フォルクローレの代表)やInti-Illimaniといった汎アンデス・フォルクローレ・グループの日本ツアーが1970-80年代に相次いだ。1970年代の日本フォークソング世代(高石ともや、加川良ら)がケーナやチャランゴを取り入れた楽曲を録音した経緯もある。現代では日本ペルー日系人コミュニティ(愛知、静岡、群馬に多い)の家族的な音楽的アイデンティティとして継承されており、地域の祭りで生演奏されることが定着している。Dina Páucarら現代ワイノ歌手の来日はまだ限定的だ。

豆知識

ワイノ(wayñu)」はケチュア語で「二人組の踊り」を意味し、二人ずつペアになって輪を作りながら踊る舞踊形式が元になっている。インカ帝国以前(15世紀以前)から存在した音楽形式とされ、コンキスタドール到来(1532)後もキリスト教の祭祀に取り込まれる形で存続した。

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ボリビアのLos Kjarkas『Llorando se Fue』(1981)は、1989年のフランスのグループKaomaによって『Lambada』としてサンプリングされ世界的ヒットになったが、当時Los Kjarkasは無許可使用として長期の訴訟を起こし、最終的に原作クレジットと印税を勝ち取った。この事件は「フォルクローレ音楽の著作権」という現代的な議論を先取りした重要な判例になっている。

影響・派生で結ばれたジャンル

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ジャンル関係図1500年代1960年代ワイノワイノチチャチチャ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
ワイノを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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