台湾インディー
2010年代後半以降の台北・高雄のインディー・ロック / math-rock / dream-pop シーン。草東没有派対『山海』が象徴。
どんな音か
台湾インディーは2010年代後半以降、台北・高雄・台中の Live ハウス を拠点に育った独立系ロック/インディー・ポップの総体だ。中心にあるのは Elephant Gym 大象體操(高雄の math-rock 三人組)、草東没有派対 No Party For Cao Dong(台北のグランジ/ポストパンク4人組)、Deca Joins(台北の dream-pop 4人組)、Sunset Rollercoaster 落日飛車(台北の city-pop / soft-rock 5人組)、Cicada(器楽ポストロック)といった、マンダリンポップ メジャー・レーベルの音とは明確に距離を取ったバンド群だ。編成は3-5人組が多く、女性ボーカル/女性ベース比率が同時期の中華圏シーンより高い(Elephant Gym の KT Chang、Deca Joins のドラマーなど)。歌詞は普通話と英語のミックスが多く、Aメロは私的な内省、サビで一段抽象化する構造を好む。
生まれた背景
始点は2010年前後、独立系レーベル小白兔唱片(White Wabbit Records)、林生祥の大大樹音楽図像、そして台北の女巫店 ウィッチハウス、The Wall(現・地下社會)といったライブ・ハウスが少しずつ層を形成した時期だ。2014年3月18日から4月10日の Sunflower Movement(太陽花學運)で立法院を占拠した学生世代の政治的覚醒が、翌年以降のインディー・シーンの言語と気分を決定的に変えた。1990年代生まれの学生たちが「私たちのことを歌う音楽が必要だ」と気づいた瞬間である。決定打は2016年5月の 草東没有派对(No Party For Cao Dong)の 1st アルバム『醜奴兒』で、『山海』『大風吹』『情歌』の3曲が3ヶ月でインディー・シーンから台湾全土の Z 世代へと広がり、翌2017年6月の金曲奖で最優秀新人・最優秀ロックバンド・最優秀ロック楽団の3部門を独占した。
聴きどころ
草東没有派对『山海』のヴォーカル巫堵(鄭希翔)は、歌唱ではなく吐き捨てるような朗誦で、Cobain 譲りのグランジ・シャウトを台湾語の私語で行う。この「歌わない歌唱」が世代の耳を掴んだ。Elephant Gym は KT Chang のスラップ・ベースが主役で、5/4 や 7/8 の変拍子を器楽アンサンブルとして展開する。彼らを聴くときはベースを追いかけてほしい。Sunset Rollercoaster『My Jinji』は Steely Dan / Toro y Moi 系の soft-rock を、曾國宏の英語ウィスパー・ボーカルで台湾都市の夜に翻訳した曲で、中国大陸のリスナーがこれを「台湾のシティポップ」と呼んで熱狂した。Deca Joins『海浪』は dream-pop レイヤーの間に台語のフレーズが浮かぶ、多層な言語感覚を持つ楽曲。
発展
同時期の Elephant Gym 大象體操(2012結成、高雄)は math-rock の変拍子ベースラインで日本、韓国、東南アジアのフェス回路に進出し、2019年 Trees Speak Live at Toe と共演するなど国際的評価を確立した。Sunset Rollercoaster 落日飛車 は 2016年『My Jinji』で city-pop 系の soft-rock を打ち出し、中国大陸で「台湾のシティポップ」として爆発的にストリーミングされた。Deca Joins は 2019年『海浪』で dream-pop の主軸となり、Cicada は器楽アンサンブルとして台湾自然を題材にした作品群で独自の場所を築いた。LÜCY は Sunday Girl 系のエレクトロ・ポップで2020年代の女性 SSW を代表する存在となっている。
出来事
- 2012: Elephant Gym 結成
- 2014: Sunflower Movement
- 2016: 草東没有派对『醜奴兒』、Sunset Rollercoaster『My Jinji』
- 2017: 草東、金曲奖最優秀ロックバンド
- 2019: 反送中運動連帯コンサート
派生・影響
math-rock (Elephant Gym)、post-punk (草東)、city-pop (Sunset Rollercoaster) と直接接続。中華圏では香港の 觸執毛 Chochukmo、大陸の白皮书 White Paper、上海の 海朋森 Hai Peng Sen と兄弟関係。
音楽的特徴
楽器エレキギター、エレキベース、ドラム、キーボード、シンセ、時にサックス、コーラス
リズムmath-rock 系の変拍子(Elephant Gym は5/4、7/8を多用)、dream-pop の遅い4/4、シンコペーションを多用するポストパンク
代表アーティスト
- Sunset Rollercoaster (落日飛車)
- Elephant Gym (大象體操)
- No Party For Cao Dong (草東沒有派對)
- Deca Joins
- LÜCY
代表曲・古典
My Jinji — Sunset Rollercoaster (落日飛車) (2016)
Underwater — Elephant Gym (大象體操) (2016)
大風吹 — No Party For Cao Dong (草東沒有派對) (2016)
山海 — No Party For Cao Dong (草東沒有派對) (2016)
情歌 — No Party For Cao Dong (草東沒有派對) (2016)
早餐 — Elephant Gym (大象體操) (2018)
代表曲・現在
Vanilla Villa — Sunset Rollercoaster (落日飛車) (2018)
浴室 — Deca Joins (2019)
海浪 — Deca Joins (2019)
Bathroom — LÜCY (2020)
日本との関係
台湾インディーと日本のインディー(特に tricot、toe、mouse on the keys、never young beach、Homecomings)の関係は極めて直接的だ。Elephant Gym は 2016 年以降 tricot と共演、Toe とツアーを回り、日本のインディー・シーンで math-rock 系の主要な海外バンドとして定着した。No Party For Cao Dong は 2018 年に Fuji Rock Festival Red Marquee 出演、その映像が今もインディー・リスナーの共通言語になっている。Sunset Rollercoaster の city-pop 志向は 1970-80 年代日本のシティポップ(山下達郎、松原みき、大貫妙子)の再発見と直接繋がっており、彼らは細野晴臣の楽曲を live で頻繁にカバーしている。台湾インディーは日本人リスナーにとって、いま最も近い距離感の中華圏音楽だ。
初めて聴くなら
最初は草東没有派对『山海』(2016)、これを聴かずに台湾インディーは語れない。math-rock を試したいなら Elephant Gym『早餐』(2018)、city-pop 系なら Sunset Rollercoaster『My Jinji』(2016)、dream-pop なら Deca Joins『海浪』(2019)。全て 3-5 分でコンパクトなので、順に聴き通せる。深夜、ヘッドホンで聴くのが向いているが、Elephant Gym だけは大きなスピーカーでベースの粒立ちを味わうべき。
豆知識
草東没有派对のバンド名の由来は、台北の草東街(草東里)ではなく、ボーカル巫堵の元の姓「鄭」の姓氏派閥「鄭氏宗祠」の反語だと本人が語っている。Elephant Gym の兄妹編成は珍しく、ベースの KT Chang と兄のギタリスト張凱翔は幼少期からピアノ・レッスンを一緒に受けた経歴を持つ。Sunset Rollercoaster は当初台湾でほぼ無名だったが、2016 年に中国 Netease Cloud Music の編集者が『My Jinji』をプレイリスト入りさせたことで一夜で大陸ヒットとなり、その後台湾に「逆輸入」される稀な経路を辿った。No Party For Cao Dong は 2016 年のブレイク以降、意図的にリリースを控えめにしており、5 年間新作を出さないことでかえって伝説化した。
