ピセイロ
2019年ブラジル北東部発、forró/pisadinha の電子ポップ版。Barões da Pisadinha の10億回再生から生まれた地方サブジャンル。
どんな音か
音の三点セットは、キーボード(80-90年代のカリオペ音色、時に近未来的なシンセ・パッド)、電気ベース、そして4つ打ちに近いドラムマシンで、時にアコーディオン(伝統 forró の signature)と電気ギターが加わる。テンポは110-125BPMの中庸、伝統 forró の 2/4のライトなスウィングを保持しつつ、電子的な粒立ちを与える。ボーカルは男性ソロが標準(女性ソロも増加中)、歌詞は sertanejo universitário と共通の「sofrência(苦しみ楽しむ)」路線 — 失恋、深夜のバー、片思い、酒を主題にする。ライブは北東部内陸(バイア州、ペルナンブコ州、セアラー州)の中規模ホールと、TikTok の踊り動画・自主制作 YouTube ミュージック・ビデオが主要な流通経路。
生まれた背景
1946年、ペルナンブコ州エキゾ生まれのアコーディオン奏者=シンガー Luiz Gonzaga(1912-89)が『バイアォン』を録音し、ノルデステの内陸音楽 forró を全国化した。以降 forró は北東部内陸のダンス形式として定着し、1990-2000年代には「forró pé de serra(素朴なアコーディオン forró)」と「forró eletrônico(電子化した forró)」の二極化が進んだ。2010年代半ば、後者から「pisadinha(踏み舞踊、110-130BPMのライトなスウィング)」というサブスタイルが枝分かれし、ペルナンブコ州とバイア州の内陸都市で若年層に流通した。2019年12月、バイア州セラ・ドラーダ拠点のデュオ Os Barões da ピセイロ(Rodrigo Barão と Felipinho Barão)が YouTube にアップロードした『Basta Você Me Ligar』が急速に拡散、2020年前半に10億再生を超える北東部発ジャンル最大のヒットとなり、これが「piseiro」の実質的な成立点となった。2020-21年、Zé Vaqueiro(ペルナンブコ州)、Nattan(セアラー州)、Vitor Fernandes らが北東部内陸のシーンを厚くした。2021年、João Gomes(ペルナンブコ州セラ・タラダ拠点、当時18歳)が『Meu Pedaço de Pecado』でピセイロと隣接ジャンル arrocha(バイア州発のロマンティック・バラード)を融合、Spotify Brasil 2021年最年少ストリーミング1位アーティストになった。2022-24年には Manu Bahtidão(テクノブレガ側)、Simone Mendes(sertanejo 側)との相互客演で汎ブラジル・ポップ・シーンの一部を占めた。
聴きどころ
Os Barões da ピセイロ『Basta Você Me Ligar』(2019)ではまずキーボードの音色に注目 — 80-90年代のカリオペ音を彷彿とさせる明るく単純な音色は、テクノブレガや sertanejo universitário と共通する「安価なMIDIキーボードの音」の路線を継承している。次にドラムの4つ打ちが伝統 forró の 2/4のスウィングを維持しつつ電子化されている点が、ピセイロが「forró の電子化」であって「純電子ダンスではない」ことの音的示唆。João Gomes『Meu Pedaço de Pecado』(2021)以降の arrocha 融合形は、テンポを一段落として(90-105BPM)、電気ギターのロマンティック・アルペジオを前景化する arrocha の signature を取り込んでおり、ピセイロの sofrência 路線がより広いブラジル大衆ポップと共有可能になった経路として重要。全曲を通じて、TikTok の踊り動画で反復される「小節の頭の跳ね(pisada)」のリズム的強調が耳の指標。
発展
2020-21年、Barões da Pisadinha の後を追って Zé Vaqueiro(ペルナンブコ州セラ・タラダ拠点)、Nattan(セアラー州イタピポカ拠点)、Vitor Fernandes らが北東部内陸のシーンを厚くし、TikTok の踊り動画とマイクロ・アリーナ・ライブで急速に拡大した。2021年、João Gomes(ペルナンブコ州セラ・タラダ拠点、当時18歳)が『Meu Pedaço de Pecado』でピセイロと隣接ジャンル arrocha(バイア州発のロマンティック・バラード)を融合した路線を全国的にブレイクさせ、Spotify Brasil 2021年最年少ストリーミング1位アーティストになった。2022-24年には Manu Bahtidão、Simone Mendes ら他ジャンルからの客演で汎ブラジル・ポップ・シーンの一部を占め、tecnobrega、sertanejo universitário、funk carioca との相互客演が日常化した。
出来事
- 2019-12: Barões da Pisadinha『Basta Você Me Ligar』が YouTube 急拡散
- 2020-08: 同曲10億再生突破、TikTok 世代の全国普及
- 2021: João Gomes『Meu Pedaço de Pecado』で arrocha 融合、Spotify Brasil ヒット
- 2022-24: sertanejo universitário / tecnobrega / funk carioca との相互客演の日常化
派生・影響
Arrocha piseiro(バイア発の融合形)、Sertanejo pop への逆流入、Tecnobrega/Tecnomelody との北方系融合。
音楽的特徴
楽器キーボード、電気ベース、ドラムマシン、時にアコーディオン、電気ギター、男性ソロ・ボーカル
リズムforró の2/4を110-125BPMに、キーボード・シンセと4つ打ちドラムマシンの電子化、pisadinha 由来のライトなスウィング
代表アーティスト
- Nattan
- Os Barões da Pisadinha
- Zé Vaqueiro
- João Gomes
代表曲
Basta Você Me Ligar — Os Barões da Pisadinha (2019)
Cerol na Mão — Zé Vaqueiro (2020)
Recairei — Os Barões da Pisadinha (2020)
その後の代表曲
Amor Falso — Nattan (2021)
Meu Pedaço de Pecado — João Gomes (2021)
日本との関係
初めて聴くなら
最初の一曲は Os Barões da ピセイロ『Basta Você Me Ligar』(2019、3分)、ジャンル成立点の billion-view viral hit を体験するに最良。次に Zé Vaqueiro『Cerol na Mão』(2020)で北東部内陸の若年男性視点、João Gomes『Meu Pedaço de Pecado』(2021)で arrocha 融合形、Nattan『Amor Falso』(2021)で TikTok 世代の音へ。アルバムとしては Os Barões da ピセイロ『Ao Vivo』(2020)、João Gomes『Meu Pedaço de Pecado (Ao Vivo)』(2021)を推す。北東部大衆音楽入門として Luiz Gonzaga『バイアォン』(1946)と並べて聴くと、75年間の内陸ダンス形式の連続と変化が耳で追える。
豆知識
「piseiro」の語は動詞 pisar(踏む)から派生した「踏む人・踏み舞踊者」の意で、伝統 forró の派生形 pisadinha(踏み舞踊)のさらに軽い派生を指す。バイア州の若手ミュージシャンが2010年代半ばに現地バー・シーンで自称し始めたのが起源。Os Barões da ピセイロ の『Basta Você Me Ligar』(2019)はデュオ自身が YouTube に直接アップロードした自主制作MVで、当初のマーケティング予算は事実上ゼロ、そこから10億再生まで到達した点はコロナ禍前後のブラジル自主制作音楽経済の代表例として繰り返し引用される。João Gomes は2021年ブレイクスルー時点で18歳、Spotify Brasil 最年少ストリーミング1位アーティストとなり、その事実はブラジルの若年地方ミュージシャン向けのロール・モデル的物語として広く共有された。
