フォホー
ブラジル北東部の民俗ダンス音楽。アコーディオン、ザブンバ、トライアングルを核とする。
どんな音か
ブラジル北東部、セルタォンと呼ばれる干ばつに苦しむ半乾燥の内陸地帯で生まれた、二人組で踊るダンス音楽だ。核となるのは蛇腹を押し引きするボタン式アコーディオン、肩から下げて両面を叩き分ける太鼓ザブンバ(上面をマレット、下面を細い棒で打つ)、木の棒で打ち鳴らす金属のトライアングル。この三点だけで踊りの場が立ち上がる。歌われるのは農村の暮らしと恋愛、別れ、そして干ばつに追われて故郷を離れる者の郷愁——歌のテーマは結局、土地そのものに行き着く。この編成のまま、いくつものリズム型が枝分かれする。基本は2/4拍子のバイアォン(baião)。そこから行進調のシャシャード(xaxado)、ゆったりしたショーチ(xote)、駆け足のアハスタペー(arrasta-pé、文字どおり「足を引きずる」の意)へと、同じ三点編成のまま速さと足取りだけが変わっていく(テンポはおおよそ毎分80〜140拍)。なかでも6月のサン・ジョアン祭(フェスタ・ジュニーナ)はフォホーが最も生き生きと鳴る季節で、北東部の町は夜通し踊りに沸く。
生まれた背景
20世紀前半、ブラジル北東部の農村で形をとった。1946年、ボタン式アコーディオン奏者ルイス・ゴンザーガ(Luiz Gonzaga、のちに『フォホーの王』と呼ばれる)がアコーディオンで参加した『バイアォン(バイアォン)』が全国的な大ヒットとなる。翌1947年には、干ばつ移民を歌う『アサ・ブランカ(Asa Branca)』が広まった。これが、地方の音楽だったフォホーを都市の聴衆に届け、商業音楽として根づかせた出発点だった。1950〜60年代が黄金期で、北東部からリオやサンパウロへ渡った移民労働者が『故郷を思い出す音楽』として愛した。1980年代に商業的な勢いは陰ったが、いまは大学生世代が育てた『大学フォホー』(フォホー・ウニヴェルシタリオ)や、電子化した『電子フォホー』(フォホー・エレトロニコ)が受け継ぐ。大学フォホー系のファラマンサ(Falamansa)、電子フォホー系のアヴィオンイス・ド・フォホー(Aviões do フォホー)やウェスレイ・サファダォン(Wesley Safadão)が、いまの代表格だ。なお『バイアォン』の初録音はグループ Quatro Ases e um Coringa 名義で、ゴンザーガ本人名義での録音は1949年のものだ。
聴きどころ
上面と下面を叩き分けるザブンバの『ドゥッ・タッ』という二拍の刻みが、全体の推進力になる。トライアングルの細かな金属音が連続して(8分の刻みで)高音域を満たす。アコーディオンのソロは、音の高さをしゃくり上げるベンドや装飾音を多用し、旋律は五音音階(ペンタトニック)になりがちだ。歌は男声が主体だが、二つの声をすぐ近くの音程(三度・六度)でぴたりと重ねる、ハモりの厚みも特徴だ。歌い手の北東部訛りのポルトガル語と、感情のこもった語り口にも耳を傾けたい。
リズムを聴く
このジャンルを特徴づける代表的なリズムパターン。再生ボタンでループ再生し、下のリズム譜で今どの拍が鳴っているかを確認できます。
代表アーティスト
- Luiz Gonzaga
- Sivuca
- Jackson do Pandeiro
- Dominguinhos
代表曲
- Baião — Luiz Gonzaga (1946)
- Asa Branca — Luiz Gonzaga (1947)
- Olha pro Céu — Luiz Gonzaga (1951)
- Chiclete com Banana — Jackson do Pandeiro (1959)
- Eu Só Quero Um Xodó — Dominguinhos (1973)
