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伝統・民族

ヤシ酒音楽

Palm-wine Music

アクラ / フリータウン / モンロヴィア / ガーナ / シエラレオネ / リベリア / ナイジェリア / 西アフリカ · 1890〜1960年

別名: Palm wine guitar / Maringa

19世紀末から20世紀前半、西アフリカ沿岸の港町のヤシ酒バーで生まれた、アコースティック・ギター主体の口ずさむ音楽。

どんな音か

パーム=ワイン(ヤシ酒)音楽は、19世紀末から20世紀前半にかけて、西アフリカ沿岸の港湾都市(アクラ、フリータウン、モンロヴィア、ラゴス、そして西インド諸島との交易船が行き来した中継地)で生まれた、アコースティック・ギター主体の口ずさむ音楽だ。編成は驚くほど簡素で、6弦アコースティック・ギターに、木製の箱を叩くリムボックスかフレーム・ドラム、シェーカー、時にコンサーティーナやハーモニカが加わる。ギター奏法は「ツー・フィンガー・ピッキング」と呼ばれ、親指が低音のベース・ラインを一定に刻み、人差し指が高音の旋律とハーモニーを取る、アメリカ合衆国カントリーブルースの奏法に近い形式だ。歌はクリオ語(シエラレオネ)、ファンティ語やガ語(ガーナ)、時にピジン英語で、酒場の噂話、船員の失恋、街の出来事を語る。テンポは緩やかで、録音は乾いており、楽器の間の隙間が広い。

生まれた背景

起源は19世紀末、西アフリカの港にリベリア沿岸のクル族(Krou、Kru)の船員が寄港し、彼らがヨーロッパ商船から手に入れたアコースティック・ギターを浜辺の酒場に持ち込んだことだった。クル族の船員は西インド諸島とラゴス、アクラ、フリータウンを行き来しており、カリプソメレンゲの跳ねるリズム感、キューバのソンのギター奏法、そして各地の民族旋律を混ぜ合わせた。ヤシ酒(発酵したヤシの樹液で作る安価な酒)を提供する庶民の酒場が最大の演奏場だったので、この音楽群は「パーム=ワイン・ミュージック」と総称された。1928年にガーナで録音された『Yaa Amponsah』(作者 Kwame Asare、通称 Sam)は現存最古のパーム=ワイン系録音の一つで、後のハイライフのギター・パターンの原型と評されている。

聴きどころ

まずギターのツー・フィンガー・ピッキングに耳を澄ませてほしい。親指のベース・ラインが一定のパルスを刻み、人差し指がその上で旋律を歌う二層構造は、アメリカ合衆国デルタ・ブルースのミシシッピ・ジョン・ハートやミッシー・エラリソンと比較できる。次に歌唱の距離感。マイクの近くで囁くように歌う、あるいは酒場の喧騒を突き抜けるように歌う、両極端が同じアーティストの中に共存する。S.E. Rogie『My Lovely Elizabeth』(1955)ではメレンゲに近い跳ねが、Kwaa Mensah の1960年代録音ではハイライフに直接繋がるオセ・リズムが聴ける。

発展

1950年代の SLBS(シエラレオネ放送)の登場で、S.E. Rogie(1926-1994)がスタジオ録音の代表格になった。ガーナ側では Sam(Kwame Asare) と Kwaa Mensah が二本柱で、彼らのギター奏法とハーモニーを直接受け継いだ楽団音楽こそが1930年代のダンス・バンド・ハイライフだった。1960年代以降はテレビとエレキ楽器の普及で衰退したが、S.E. Rogieの1994年ワールド・ミュージック期の再発見と、Koo Nimo(ガーナのフィンガー・ピッキング奏者、1934-)の欧州ツアーで細く命脈を保っている。

出来事

  • 1928: 『Yaa Amponsah』録音(ガーナ最古のパーム=ワイン系録音)
  • 1955: S.E. Rogie『My Lovely Elizabeth』(シエラレオネ)
  • 1962: Koo Nimo、伝統音楽ツアー開始
  • 1994: S.E. Rogie 死去(ロンドン公演中の心臓発作)

派生・影響

ハイライフ(ガーナ)、ジュジュ(ナイジェリア)、メレンゲ・ドミニカーナへ影響。パーム=ワイン奏法のツー・フィンガー・ピッキングは戦後の西アフリカ全域のギター奏者の基本語彙になった。

音楽的特徴

楽器アコースティック・ギター、リムボックス、シェーカー、時にコンサーティーナやハーモニカ、ボーカル

リズム緩やかな4/4か跳ねる6/8、ツー・フィンガー・ピッキングによる親指ベース+人差し指の交互パターン

代表アーティスト

  • Kwaa Mensahガーナ · 1940年〜1991
  • S. E. Rogieシエラレオネ · 1955年〜1994
  • Koo Nimoガーナ · 1962年〜

代表曲・古典

日本との関係

日本での認知はほぼゼロで、渋谷 El Sur Records、代々木 Music Circus といった専門店で S.E. Rogie の1994年 World Circuit 再発盤が細々と流通した記録が残る程度の接点しかない。

初めて聴くなら

最初は S.E. Rogie『My Lovely Elizabeth』(1955)、クレオ語で歌われる恋歌の甘さと、メレンゲに近い跳ねが1分半に凝縮されている。次に Kwaa Mensah『Wo Nsa Da Mu A』(1962)、ハイライフに直接繋がるガーナ側の原型が聴ける。1994年 World Circuit 編集盤『Palm Wine Guitar Music』(S.E. Rogie の遺作を含む)は入門編集盤として最も入手しやすい。夜、明かりを落として、ヘッドホンで低音量で聴くのが本領。

豆知識

「パーム=ワイン・ミュージック」という呼称は、アフリカ音楽学者 Wolfgang Bender が1985年の著作『Sweet Mother』で体系化したのが最も広く参照される定義で、それ以前は「マリンガ(maringa、シエラレオネ)」「ハイライフ・ギター(ガーナ)」「モンロヴィア・スタイル」など地域ごとに別名で呼ばれていた。S.E. Rogie(本名 Sooliman Ernest Rogers、1926-1994)は1970年代にアメリカ合衆国オークランドに亡命、タクシー運転手として生計を立てながら音楽活動を続け、1990年代に英 World Circuit レーベルの Nick Gold が発掘して国際デビューを果たした。ロンドン公演のリハーサル中に心臓発作で死去した1994年、彼は68歳だった。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1890年代1920年代ヤシ酒音楽ヤシ酒音楽ハイライフハイライフジュジュ音楽ジュジュ音楽凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
ヤシ酒音楽を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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