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伝統・民族

ハイライフ

Highlife

ガーナ / 西アフリカ · 1920年〜

20世紀初頭のガーナで成立した、ヨーロッパの吹奏楽とアフリカのリズムを融合した音楽。

まずはここから

ひとことで言うと20世紀初頭のガーナで成立した、ヨーロッパの吹奏楽とアフリカのリズムを融合した音楽。

まずはこの曲からYaa Amponsah ▶ YouTube

代表的な人Kwaa Mensah

どんな音か

ハイライフは、1920-30年代の西アフリカ沿岸(特にガーナ)で、パーム=ワイン・ギターの二本指奏法と欧州のブラス・バンドのホーン編成を組み合わせて生まれたダンス音楽だ。骨格は二種類ある。一つは1930-50年代の「ダンス・バンド・ハイライフ」で、E.T. Mensah 率いる Tempos Band に代表される10-14人編成のホーン主体、カリプソスウィングを取り込んだ都市の上流ダンスホール音楽。もう一つは1960年代以降の「ギター・バンド・ハイライフ」で、Nana Ampadu の African Brothers Band、Alex Konadu、C.K. Mann に代表される、4-6人のギター+ドラム主体、ファンティ語/トゥイ語のリード・ボーカルで農村を巡業する路線だ。テンポは概ね100-120BPMで、ドラム・キットの上に伝統打楽器(bell/gankogui、shaker/axatse)が同居し、ホーンかギターがコール、集団コーラスがレスポンスを返す。

このジャンルを特徴づける代表的なリズムパターン。再生ボタンでループ再生し、下のリズム譜で今どの拍が鳴っているかを確認できます。

ハイライフ · 120 BPM

聴きどころ

まずダンス・バンド期の E.T. Mensah『All for You』(1956)を聴くと、トランペット2本のハーモニーがカリプソシンコペーションで揺れているのが分かる。次に Nana Ampadu『Ebi Te Yie』(1967)に移ると、電気ギター2本のインターロック(lead + rhythm の交差)、そしてトゥイ語による寓話的な語りが前に出てくる。ハイライフ・ドラミングの特徴はキックが1・3拍で「オセ」の跳ねを支え、シェイカーが16分を絶えず刻むこと。ホーン・アレンジは常に「アンサンブル一体」で、ソロを長く取らないことが多い。

初めて聴くなら

最初の一曲は E.T. Mensah『All for You』(1956)、ハイライフの黄金期の華やかさが2分半に凝縮されている。続いて Nana Ampadu『Ebi Te Yie』(1967)でギター・バンド・ハイライフの語り部としての側面を聴く。若い世代の入り口としては Ebo Taylor『Heaven』(2010)、そして Osibisa『Sunshine Day』(1976)がロック好きにも入りやすい。夏の夕方、屋外のスピーカーで鳴らすとハイライフの本領が伝わる。

代表アーティスト

  • Kwaa Mensahガーナ · 1940年〜1991
  • E. T. Mensahガーナ · 1948年〜1996
  • The Ramblers Dance Bandガーナ · 1961年〜1980
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  • Ebo Taylorガーナ · 1962年〜
  • Koo Nimoガーナ · 1962年〜
  • Nana Ampaduガーナ · 1963年〜2021
  • C. K. Mannガーナ · 1964年〜2018
  • Osibisaガーナ · 1969年〜
  • Prince Nico Mbargaナイジェリア · 1970年〜1997
  • Alex Konaduガーナ · 1971年〜2011
  • Amakye Dedeガーナ · 1973年〜
  • Daddy Lumbaガーナ · 1986年〜
  • Ofori Amponsahガーナ · 1998年〜

代表曲

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生まれた背景

起源は19世紀末のガーナ沿岸のパーム=ワイン・ギター文化と、英国植民地下のブラス・バンドの吹奏楽伝統の重ね合わせで、Sam(Kwame Asare)と Kwaa Mensah のギター奏法が土台になった。「ハイライフ」の名は、1920-30年代のアクラの高級ダンスホールに出入りできる上流階級を「high life」の階層と呼び、外で音楽を聴くしかなかった庶民がそう名づけたことに由来する。

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1957年3月6日、Kwame Nkrumah 首相の下でガーナが英植民地から独立、その独立記念公演で E.T. Mensah の Tempos Band が演奏したことで、ハイライフガーナ国家のサウンドトラックとなった。C.K. Mann が代表するファンティ語の「Concert Party」は、コメディ寸劇と歌を組み合わせた1930年代からのアフロ庶民演劇伝統で、ギター・バンド・ハイライフはその音楽的中核だった。

その後の代表曲

日本との関係

日本での認知は1970年代の Osibisa 経由がほぼすべてで、1976年『Sunshine Day』は全米 R&B チャート27位まで上昇、日本の洋楽ラジオ番組でもかかった。「African Rock」という日本独自の呼称は Osibisa を評した音楽雑誌が生んだと言われる。伝統ハイライフ側では、1990年代以降 Ebo Taylor が World Circuit レーベル経由で再評価され、2015年頃に東京・渋谷の Bar Bonobo や吉祥寺の音楽バーで彼のギター・バンド録音がプレイされるようになった。JICA のガーナ文化交流と、2018年以降の東京・目黒での ガーナ Culture Festival で E.T. Mensah 世代の楽団が来日する例もある。

豆知識

E.T.

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Mensah(1919-1996)は1957年のガーナ独立記念公演で Louis Armstrong と共演し、この写真はガーナ音楽史の最重要ドキュメントの一つだ。C.K. Mann の Concert Party 伝統は、実は日本の紙芝居や辻芸に近い形式で、村々を回って音楽と寸劇を組み合わせた庶民演劇だった。Nana Ampadu『Ebi Te Yie』(1967)は「一部の人だけが良い暮らしをしている」の意で、当時の Nkrumah 後の軍事政権を暗に批判した寓話として放送禁止処分を受けたが、それがかえって全国的な広がりを生んだ。

影響・派生で結ばれたジャンル

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ハイライフを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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