ジュジュ音楽
ナイジェリア南西部ヨルバ社会で1920年代に成立し、戦後にバンド規模で発展したパームワイン酒場由来のダンス音楽。
どんな音か
キング・サニー・アデが1970〜80年代に完成させた形式では、複数のギター(リード、リズム、ベース)が細かく絡み合い、そこにトーキング・ドラム(口に出す言葉を太鼓で再現する楽器)と複数のパーカッションが重なる。電子オルガンやスチールギターが加わることもある。テンポは中程度で、同じリズムパターンを長時間繰り返す反復性が高い。ヴォーカルは穏やかで、コーラスとリードが応答する形式(コール・アンド・レスポンス)が多い。全体として「踊るために長時間かけて盛り上がる」音楽で、ナイトクラブや結婚式の長い宴席を想定している。
生まれた背景
1920年代、ラゴスの酒場でギターと打楽器を組み合わせた「パームワイン・ミュージック」が流行した。これがヨルバの伝統音楽(トーキング・ドラムの演奏習慣など)と融合し、戦後にバンド形式に発展したものがジュジュ音楽だ。「ジュジュ」の語源には諸説あり、ヨルバ語の「ジュジュ(お守り・魔術)」説と、バンジョーの「ジュー」という音の擬音説などがある。エベネザー・オベイとキング・サニー・アデが1970〜80年代にそれぞれ独自のスタイルを確立し、国際的な注目を集めた。
聴きどころ
トーキング・ドラムの音を聴き分けることが入口になる。「ワ〜」「ウォ〜」と声に近い音で喋るように鳴る部分がそれだ。次に、複数のギターが同じコードの中で異なるリズムパターンを弾いていることを確認する。一本一本を個別に追えるようになると、全体の絡みが見えてくる。キング・サニー・アデの曲は長いので、最初の5分だけでも構造は分かる。
発展
1970~80年代にはイビ・キング・サニー・アデやチーフ・コミショナー・エビニザー・オベイがアメリカ進出し、ジュジュは国際ワールドミュージック・ブームの主役の一つとなった。1980年代にトーキングドラム・アンサンブルが大規模化し、20人を超す編成も登場。1990年代以降は台頭するアフロビーツに後景化したが、結婚式・葬儀・首長戴冠式で根強い需要を保つ。
出来事
- 1929: トゥンデ・キングが録音
- 1948: IKダイロが活動開始
- 1976: キング・サニー・アデ&アフリカン・ビーツ結成
- 1982: 同バンドが世界ツアー
- 2009: スパイス・ガールズの再結成と並ぶ規模で英国ロイヤルアルバートホール公演
派生・影響
アパラ、フジ、ハイライフ、後のアフロビートやアフロビーツに影響を与え、ヨルバ宗教讃歌アジャラとも交流する。
音楽的特徴
楽器トーキングドラム、ペダルスチール、エレキギター、シェケレ、声
リズム12/8複合リズム、トーキングドラムの語り、長尺コール&レスポンス
代表アーティスト
- Ebenezer Obey
- King Sunny Adé
代表曲
- Board Members — Ebenezer Obey (1972)
- Ja Funmi — King Sunny Adé (1982)
- Synchro System — King Sunny Adé (1983)
Aura — King Sunny Adé (1984)
Get Yer Jujus Out — Ebenezer Obey (1985)
日本との関係
初めて聴くなら
キング・サニー・アデの『Synchro System』(1983年)は最も国際的に知られたアルバムで、ギターの絡みとトーキング・ドラムの妙がわかりやすい。エベネザー・オベイの『Board Members』(1972年)はより初期のスタイルで、パームワイン時代の素朴さが残る。
