カンテ・アレンテジャーノ
ポルトガル南部の無伴奏男声合唱。
どんな音か
カンテ・アレンテジャーノは、ポルトガル南部アレンテージョ地方の男性たちが輪になって、または横に並んで歌う無伴奏の多声合唱だ。楽器は一切使われない。声は大きく豊かで、屋外の広場や畑の端で歌われることを想定した発声だ。二声か三声のハーモニーを作るが、ファドの個人的な哀愁とは全く異なり、集団の声が一体になる高揚感がある。旋律は大きく動き、高音への跳躍と長い保持音が特徴で、声が畑の向こうまで届くような開放感がある。テンポは遅め。
生まれた背景
アレンテージョはポルトガルの中南部に広がる平坦な農業地帯で、コルク樫やオリーブ畑が広がる。農作業の合間や休憩時に男たちが自発的に歌う習慣が、少なくとも19世紀には確認できる。この地域は農業労働者の多い地域で、20世紀初頭の左翼的な農民運動(アナーキズム、後の共産党支持)とも深く結びついていた。サラザール独裁政権(1933〜1974年)の時代には政治的な歌も含むカンテが抑圧された時期があり、1974年のカーネーション革命後に復権した。2014年にユネスコの無形文化遺産に登録されている。
聴きどころ
「Moda da Eira(脱穀場の歌)」は収穫期の農作業に由来する曲で、屋外の集団的な声として聴くのが正しいイメージだ。二声がどこで出会い、どこで離れるかを追う。低声部の動きが旋律を支えながら独立した動きをしていることに気づいたら、それがこの合唱の面白さの一つだ。無伴奏であることで、人の声だけがどれほどの音響空間を作れるかが直接確認できる。
発展
1974年カーネーション革命後に文化遺産として再評価。2014年ユネスコ無形文化遺産登録。現在も村々で500以上の合唱団が活動する。
出来事
- 1925: Manuel Mendes Atanazio採譜開始
- 1974: 革命後文化政策で復興
- 2014: ユネスコ無形文化遺産登録
派生・影響
ファドや現代Lusitanian Folkとは別系統の無伴奏伝統。
音楽的特徴
楽器声(無伴奏)
リズム自由拍、緩やかなテンポ、1人のpontoから合流
代表曲
- Moda da Eira (1950)
日本との関係
日本ではほぼ知られていない。ポルトガル音楽への関心はファドを通じてわずかにあるが、カンテ・アレンテジャーノまで辿り着く日本人は稀だ。
初めて聴くなら
「Moda da Eira」はカンテ・アレンテジャーノの代表曲として参照されやすく、YouTubeで複数の演奏が見つかる。できれば戸外や広い場所で聴くか、音量を少し上げて部屋の空気を声で満たすように聴いてほしい。ファドと聴き比べると、同じポルトガルの声の文化がいかに対照的な方向に分かれているかがわかる。
豆知識
カンテ・アレンテジャーノは農民の文化として発展したため、長い間「粗野な民俗」として都市のエリートに軽視されていた。しかし20世紀の民俗音楽への関心の高まりと、1974年の民主化後の文化的再評価を通じて、ポルトガルの重要な無形文化遺産として位置づけが変わった。また、男性だけの合唱という形式は今でも基本的に守られているが、近年は若い女性もカンテを学ぶ動きがあり、形式の継承と変化について現地で議論が続いている。
同じ時期・同じ地域で生まれた他のジャンル
- 伝統・民族ファド
