チリ・ヌエバ・オラ
1962-72年、チリで英米ロックンロールとバラッドをスペイン語で歌った青年ポップの世代。
どんな音か
チリ・ヌエバ・オラ(「新しい波」の意)は、1962年頃から1972年頃まで、英米のロックンロールとポップ・バラッドをスペイン語に翻案してテレビで歌った青年ポップ世代を指す。中心はサンティアゴのラジオ局Radio MinaríaとテレビNueva OlaのTV番組で、Peter Rock(ペドロ・スアーレス、1943-)、Cecilia Pantoja(1943-2020)、Los Ángeles Negros、Los Ramblers、Fresia Solerといった歌手がシングル・ヒットを量産した。編成はエレキギター2本、ベース、ドラム、時にサックス、そして甘い歌唱と明るいコーラスの4人組。ジャンルとしてより、テレビ普及期の青年ポップの一過性のブランドだった。
生まれた背景
アルゼンチンの同時期ムーブメント『Nueva Ola argentina』(パルミラ・ルビオら)からの影響を受けつつ、チリでは1962年頃からPeter Rock、Los Ramblersがラジオでヒットを出し始めた。Ceciliaは1962年の全国ヒット『Puré de papas』で頭角を現し、テレビの唯一無二の女性主役として1960年代を代表するアイコンになった。彼女の低い歌唱域と挑発的なステージングは、当時の保守的なチリ社会に亀裂を入れる象徴的な存在で、ヌエバ・オラの中で最も記憶に残る存在の一人だった。Los Ángeles Negros(1968結成、サン・カルロス)はバラッドをキーボード主体の甘美なアレンジで演奏し、メキシコ市場で大成功を収めた。
聴きどころ
Ceciliaの『Puré de papas』(1962)を聴くと、当時19歳の彼女の声が男性歌手より低く、意図的に「男性的」に歌っていることがわかる。これは1960年代のチリ・ポップの標準的な女性歌唱様式ではなく、Ceciliaの独自の選択だった。次にLos Ángeles Negros『Y volveré』(1968)、キーボード主導の甘美なバラッド編成が確認できる。この曲はメキシコで大ヒットしてラテン・アメリカ合衆国全域のバラッドの標準曲になった。ヌエバ・オラ全体を通じて、英米の同時代ヒット(エルビス、ビートルズ、Roy Orbison)のスペイン語翻案が中心で、独創性より翻案の質で評価されるジャンルだった。
発展
1973年9月のピノチェト・クーデター以降、ヌエバ・オラの担い手たちは政治的中立を保ったまま国内シーンから急速に退場し、代わってヌエバ・カンシオンとロック(Los Jaivas、後のLos Prisioneros)がシーンの中心を占めた。ヌエバ・オラは1990年代以降ノスタルジー市場で復活し、Ceciliaは晩年の2010年代までコンサートを続けた。
出来事
- 1962: Peter Rock、Cecilia全国ヒット
- 1968: Los Ángeles Negros結成
- 1968: Los Ángeles Negros『Y volveré』
- 1973: クーデター後にシーン退場
派生・影響
後のチリ・ロック(Los Bunkers、Los Tresが影響)、メキシコとアルゼンチンの1970年代ラテン・バラッドへの供給元。
音楽的特徴
楽器エレキギター、ベース、ドラム、時にサックス、ボーカル、コーラス
リズムロックンロールの4/4、ツイスト、シェイク、バラードの3拍子
代表アーティスト
- Peter Rock
- Cecilia
代表曲・古典
Puré de Papas — Cecilia (1962)
Como una Ola — Cecilia (1965)
La Chica Yeyé — Peter Rock (1965)
