ケルト・メタル
ハイランド・パイプ、ホイッスル、フィドル、ゲール語詞をメタル・リフに載せる折衷ジャンル。Eluveitie(スイス)とCruachan(アイルランド)が二本柱。
どんな音か
ケルト・メタルは、フォーク・メタルの中でもアイリッシュ/スコティッシュ/ガリア語圏のケルト音楽語彙(ハイランド・パイプ、ホイッスル、フィドル、バウロン、ハーディガーディ、ゲール/ガリア語詞)を意識的に取り込む一群を指す。メロディック・デス・メタルまたはブラック・メタルの高速リフの上に、伝統楽器がリード楽器として乗る編成が典型で、テンポは180-220BPMが多い。編成は8-9人と大所帯(通常のメタル・バンドの倍)で、ステージ上に伝統楽器奏者3-4人が並ぶ視覚的インパクトも売りの一つ。アイルランドのCruachan(1992結成)、北アイルランドのWaylander(1993結成)がジャンルを立ち上げ、スイスのEluveitie(2002結成)が古代ケルト(ガリア)言語での作詞という異色の路線でジャンルの国際的認知を決定づけた。
生まれた背景
起点は1992年ダブリン結成のCruachanで、リーダーのKeith Fayが初期にはブラック・メタル寄りだったサウンドを、アイリッシュ・フォークとの融合へシフトさせ、1995年『Tuatha na Gael』でジャンルの原型を作った。同時期に北アイルランドBelfast近郊Downpatrick結成のWaylanderが1993年に結成され、ケルト神話をコンセプト化した作風で並走した。英ヨークシャーのSkycladは1990年結成でヴァイキング・メタルとフォーク・メタルの中間にあり、ケルト・メタル固有の一団とは区別されるが、フォーク楽器をメタルに導入する方針の先駆けとして位置付けられている。2002年結成のスイスのEluveitie(グラウビュンデン州クール)は決定打で、Chrigel Glanzmannを中心とする8-9人組が、消滅言語ガリア語(古代ヘルウェティア族の言語で、紀元前後に話され現在は誰も母語としない)で歌詞を書き、Anna Murphyのハーディガーディ、Nicole Ansperger/Meri Tadićのフィドルを常設編成に加えた。
聴きどころ
Eluveitieの『Inis Mona』(2008)は入門曲として設計が完璧で、Chrigel Glanzmannのグロウル・ボーカル、Anna Murphyのクリーン・ボーカル、そしてハーディガーディ(中世ヨーロッパの手回し弦楽器、フランス語でvielle à roue)、ホイッスル、バグパイプが同じフレーズを異なる音色で交互に運ぶ設計だ。この楽器交代を追うのがこのジャンルの聴き方の核心で、ケルト・メタルは「メタルを聴きながら伝統楽器の音色図鑑を作る」ような体験になる。Cruachanの『Tuatha na Gael』(1995)は初期作なので、まだブラック・メタル寄りの粗さが残り、伝統楽器との融合が実験段階だ。
発展
2002年結成のスイスのEluveitie(グラウビュンデン州クール)は決定打で、Chrigel Glanzmannを中心とする8人組が、消滅言語ガリア語(古代ヘルウェティア族の言語)で歌詞を書き、Anna Murphyのハーディガーディ、Nicole Ansperger/Meri Tadićのフィドルを常設編成に加えた。2008年『Slania』所収の『Inis Mona』(古アイルランド語で『マン島』の意)がYouTube1億再生を超え、ジャンル史上最大のシングル・ヒットとなった。
出来事
- 1992年: Cruachan結成
- 1995年: Cruachan『Tuatha na Gael』
- 2002年: Eluveitie結成
- 2008年: Eluveitie『Slania』(Inis Mona)
- 2019年: Eluveitie『Ategnatos』英チャート15位、ドイツ12位
派生・影響
フォーク・メタル、メロディック・デス・メタル、ヴァイキング・メタルの隣接。ケルト・ロックとは編成の速度と歪みの深さで別ジャンル。
音楽的特徴
楽器ディストーション・ギター、ベース、ドラム、ボーカル(スクリーム+クリーン)、ティン・ホイッスル、ハイランド・パイプ、フィドル、バウロン、ハーディガーディ
リズムメロデス系の高速リフ、ケルト・ジグ由来の6/8跳ね、時にリールの4/4を電化
代表アーティスト
- Cruachan
- Waylander
- Eluveitie
代表曲・古典
Tuatha na Gael — Cruachan (1995)
Reawakening Pride Once Lost — Waylander (1998)
Inis Mona — Eluveitie (2008)
A Rose for Epona — Eluveitie (2012)
日本との関係
日本でのケルト・メタルの認知は、2010年代のLoud Park(千葉幕張のメタル・フェス)にEluveitieが2010年、2012年、2015年と複数回出演したことで確定した。特に2015年の来日公演では、彼らの伝統楽器がステージ上に並ぶ視覚的インパクトが日本のメタル・ファンに強い印象を残した。日本のフォーク・メタル系バンドUnlucky Morpheus、Light Bringerらが2010年代半ばにケルト楽器の導入を試みた際、Eluveitieが直接の参照点となっている。国内のケルト音楽愛好者(ケルト・フュージョン系のリスナー)とメタル・ファンが交差する場としてもEluveitieは機能した。
初めて聴くなら
入り口はEluveitieの『Inis Mona』(2008)、ジャンル全体で最もキャッチーで、伝統楽器の多層性が最も明快に聴ける。次に彼らの『A Rose for Epona』(2012)、Anna Murphyのクリーン・ボーカルが前面に出た曲で、ケルト・メタルの叙情性が体感できる。Cruachanの『Tuatha na Gael』(1995)は歴史的な起点として。Waylanderは『Reawakening Pride Once Lost』(1998)。メタル・ファンでケルト音楽が気になっていた層と、ケルト音楽ファンでメタルに近寄っていなかった層の両方に効く音楽で、深夜、大音量、ビール片手が向いている。
豆知識
ガリア語は西暦500年頃までにガロ・ロマンス系の言語(現代フランス語の祖先)に置き換わって消滅した言語で、現在の話者はゼロ、記録もフランス・スイスに残る数百の碑文が主な資料だ。Eluveitieがガリア語で作詞できているのは、ボーカルのChrigel Glanzmannがチューリッヒ大学で古典言語学を専攻し、ラテン語の記録と比較言語学の手法で歌詞を再構築しているからだ。厳密には「復元されたガリア語」で、実際の話者が聞いても理解できるかは不明だ。バンド名『Eluveitie』はエトルリア文字で書かれた紀元前3世紀の碑文に現れる語で、『ヘルウェティア人(現在のスイスに住んでいたガリア人部族)』を意味する。カエサル『ガリア戦記』の冒頭に登場するあのヘルウェティア族だ。
