ケルト・パンク
アイリッシュ・トラッドとパンクを1982年のThe Poguesが融合させたディアスポラ・ロック。
どんな音か
ケルト・パンクは、アイリッシュ・フォーク・リバイバルの英語バラッドとダンス・チューンを、パンクロックの2〜3分の疾走ビートとディストーション・ギターに乗せたスタイルを指す。ティン・ホイッスル、ボタン・アコーディオン、マンドリン、バンジョー、ボーランなどのトラッド楽器がドラムキットと歪んだギターと並ぶのが編成上の特徴で、歌詞は移民、酒、労働、家族、時に政治的アイデンティティを扱う。テンポは140-180BPMのパンク領域で、サビの合唱は酒場のシンガロングそのままだ。「トラッドを大音量で愛する」若い世代が始めたジャンルで、原理主義的な伝統派からは長らく異端視されていた。
生まれた背景
1982年、ロンドンのキングス・クロスで結成されたThe Poguesが決定的な起点だった。ロンドン生まれ北アイルランド系のシェイン・マガウアン(元パンク・バンドThe Nipple Erectors)が、パンクの初期衝動でアイリッシュ・バラッドを歌い直すというアイデアで、1984年のデビュー盤『Red Roses for Me』からThe Poguesはロンドンのアイリッシュ・パブと英パンク・シーンを同時に飲み込んだ。1987年のクリスマス・デュエット『Fairytale of New York』(Kirsty MacCollとの共演)はイギリスクリスマス・チャートの定番として毎年チャートインを続け、イギリスで最も愛されるクリスマス・ソングの世論調査でほぼ毎年1位を獲得している。
聴きどころ
The Poguesのシェイン・マガウアンの歌唱は「うまい下手」の物差しでは測れない、パブでの語り部の声そのものだ。歯が抜けたようなくぐもりと、時々異様に澄む瞬間の対比が彼の武器だった。Dropkick Murphysの『I'm Shipping Up to Boston』は、バンジョーとティン・ホイッスルとオートチューンなしのシャウトが同じ帯域を争う音圧勝負で、4分間で3回サビが繰り返される単純な構造が完璧に機能する。Flogging Mollyはより速く、フィドルとアコーディオンがリード楽器として前に出てくるので、パンクよりもトラッドの疾走感に近い。
発展
1996年結成のDropkick Murphys(ボストン、労働者街Quincy出身)は米国側の首魁で、映画『ディパーテッド』(2006)に採用された『I'm Shipping Up to Boston』はNFLボストン・レッドソックスの選手入場曲としてスタジアム音楽になった。ロサンゼルスのFlogging Molly(1997結成、ダブリン出身のデイヴ・キング率いる)は、より速いテンポと哀感で三本柱を完成させた。オーストラリアからはThe Rumjacksが2000年代後半に加わり、ケルト・パンクはトランス太平洋のディアスポラ・ジャンルになった。
出来事
- 1982: The Pogues結成
- 1987: The Pogues『Fairytale of New York』
- 1996: Dropkick Murphys結成
- 2005: Dropkick Murphys『I'm Shipping Up to Boston』
- 2006: 映画『ディパーテッド』サントラ
派生・影響
米ハードコア・シーンのフォーク・パンク寄り系譜(Against Me!など)にも影響を残した。
音楽的特徴
楽器エレキギター、ベース、ドラム、ティン・ホイッスル、ボタン・アコーディオン、マンドリン、バンジョー、ボーラン、ボーカル
リズムパンクの疾走4/4、ジグ由来の6/8跳ね、ワルツ、シンガロング型のサビ
代表アーティスト
- The Pogues
- Dropkick Murphys
- Flogging Molly
代表曲・古典
Streams of Whiskey — The Pogues (1984)
A Pair of Brown Eyes — The Pogues (1985)
Fairytale of New York — The Pogues (1987)
Drunken Lullabies — Flogging Molly (2002)
If I Ever Leave This World Alive — Flogging Molly (2004)
I'm Shipping Up to Boston — Dropkick Murphys (2005)
代表曲・現在
Rose Tattoo — Dropkick Murphys (2013)
日本との関係
日本ではThe Poguesが1980年代後半のパンク好きに小さく認知され、1990年代に来日公演を果たしている。2000年代以降、Dropkick Murphysが映画『ディパーテッド』(2006、監督スコセッシ)で使われたことで一気に日本の映画好きに広まった。国内ではケルト・パンクの精神的継承者としてThe Beltane(1999結成の京都のバンド)、ザ・チェリー・コークス(1993結成の大阪のバンド)が活動を続けており、後者はThe PoguesやDropkick Murphysの日本公演で前座を務めた実績を持つ。ケルト・パンクは日本のロカビリー/サイコビリー系ライブハウス文化と親和性が高い。
初めて聴くなら
最初はThe Poguesの『Fairytale of New York』(1987)、これは12月に聴くと二倍効く。次に『Streams of Whiskey』(1984)、The Poguesの初期衝動が最も剥き出しになった曲だ。Dropkick Murphys『I'm Shipping Up to Boston』(2005)は日本人にも聴き覚えのある一曲。Flogging Molly『Drunken Lullabies』(2002)、ケルト・パンクのアンセム型として完璧な設計だ。パブでの生ライブが理想だが、家で聴くなら金曜の夜、ビール片手にスピーカーで鳴らすのが正しい作法。
豆知識
シェイン・マガウアン(1957-2023)はロンドン、ケント州タンブリッジ・ウェルズ生まれで、母がアイルランドから帰省中に生まれたため実は英国籍のアイルランド人だった。彼は2023年12月に65歳で亡くなり、その葬儀はティペラリー州のニュンナ大聖堂で行われ、Nick Cave、Bono、Johnny Deppらが参列した。Dropkick Murphysのバンド名は、1930年代にボストンで実在したケン・マーフィーというアイルランド系ボクサー(通称Dr. Dropkick Murphy)の名前を頂いたもので、実は音楽とは無関係の由来だ。『I'm Shipping Up to Boston』の歌詞はWoody Guthrieが未発表のまま残したメモをDropkick Murphysが原詞に付曲したもので、いわば大西洋を挟いだフォークとパンクの合作である。
