スコティッシュ・トラッド
スコットランドのフィドル・パイプ伝統音楽。
どんな音か
スコティッシュ・トラッドはハイランド・パイプ、フィドル、ボタン・アコーディオン、クラルサック(小型ケルティック・ハープ)、そして無伴奏の声を核にした、スコットランドの舞踏と歌の伝統である。器楽の中心はリール(4/4)、ジグ(6/8)、そしてスコットランド固有のストラスペイ(4/4のスコッチ・スナップ、短-長の逆転リズム)の三つの舞踏形式で、これらを複数まとめて一続きに演奏する「セット」構造が骨格になる。声楽側にはハイランドのゲール語圏で発達した二つの様式がある。まずwaulking song(プリット・ア・ベール、Puirt à beul)、これは女性たちが織り布(ツイード)を叩いて縮絨する労働歌で、テーブルを囲んで布を叩くリズムに合わせて歌う。もう一つはmouth music(口の音楽)で、フィドルやパイプの旋律を歌詞のない音節で歌う「楽器の代わりの声」の様式だ。
聴きどころ
初めて聴くなら
入り口はNiel Gowの『Niel Gow's Lament』(1784年作曲、彼が亡き妻のために書いたスロー・エア)で、Alasdair Fraserらの現代フィドラーの演奏で聴くのが良い。次にSilly Wizardの『The Valley of Strathmore』(1981)、速いリールと遅いストラスペイが対になっていて、スコッチ・スナップが出てくる瞬間のリズムの手触りが体感できる。無伴奏歌唱ならJulie Fowlisのゲール語アルバム(2005)、waulking songが現代スタジオ録音で聴ける貴重な資料だ。ハイランド・パイプの独奏はGordon Duncan、そして現代ではKris Drever(ボーカル)/Aidan O'Rourke(フィドル)/Martin Green(アコーディオン)のトリオLauが新しい標準を作っている。
代表アーティスト
- Niel Gow
- Battlefield Band
- Silly Wizard
代表曲
- Niel Gow — Niel Gow's Lament (1784)
- Silly Wizard — The Valley of Strathmore (1981)
生まれた背景
スコットランドの音楽伝統は、ゲール語文化圏のハイランドと諸島(ヘブリディーズ諸島、シェトランド、オークニー)、そしてスコットランド語(スコッツ)圏のローランドで性格が違う。ハイランドは氏族社会と結びついた儀式的なピーブロック(ceòl mòr、「大音楽」の意)とダンス音楽(ceòl beag、「小音楽」の意)の二層構造を持ち、諸島側は無伴奏の女性合唱によるwaulking songが独自の伝統として残る。
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ローランド側はフィドル音楽が中心で、18世紀のNiel Gow(1727-1807)、後にJames Scott Skinner(1843-1927)らが作曲/演奏で標準的レパートリーを整備した。19世紀後半のハイランド追い立て(Highland Clearances、地主による小作農の強制移住)で伝統の担い手が半減したが、20世紀にCecil Sharp、Alan Lomaxらの民族音楽学者が体系的な採録を残し、1966年設立のTraditional Music and Song Association(TMSA)が国家的な保存機構となった。
音楽的特徴の詳細
楽器ハイランド・パイプ、フィドル、クラルサッハ(ハープ)、アコーディオン
リズムリール、ストラスペイのスナップ音、スロー・エア
発展
1745年のジャコバイト乱後の禁制を経て19世紀に復興。フィドル奏者Niel Gowらが舞踏曲集を整備した。20世紀後半にはBattlefield BandやSilly Wizardが現代的演奏を確立。
出来事
- 1746: バグパイプ・タータン禁制(後解除)
- 1784: Niel Gow曲集刊行
- 1781: Highland Society of London創設
- 1980年代: Celtic Rock興隆
派生・影響
Cape Breton fiddle、Old-timeの基盤の一つ。アメリカのBluegrass旋律にも影響。
日本との関係
日本のケルト音楽ブーム(1990年代)はアイリッシュに集中したため、スコティッシュ・トラッドは相対的に薄い認知だが、いくつかの入り口がある。まず映画『ブレイブハート』(1995、監督メル・ギブソン)のサントラでハイランド・パイプが日本の映画館スケールで鳴った。次にラグビー・ワールドカップ2019年日本大会で、スコットランド代表戦の観客席で『Flower of Scotland』が歌われ、スコティッシュ・トラッドの一端が日本の観客に届いた。国内でハイランド・パイプを演奏する数十名のパイパーが集まる日本パイプバンド協会が活動しており、明治の唱歌『蛍の光』の原曲がスコッツ民謡『Auld Lang Syne』であることも、この伝統との深い接点を示している。年末年始に日本人が耳にする『蛍の光』は、実は18世紀のロバート・バーンズの詩に付けた古いスコッツ民謡だ。
豆知識
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